中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発が世界で加速している。そこで気になるのが、「具体的に生活がどう便利になるのか?」「どのような影響が出るのか?」ということだ。
欧州連合(EU)が2020年10月に発表したレポート「Report on a digital euro(デジタルユーロ構想)」によると、紛失や不正利用から永遠に開放されたり、お金の管理が楽になったりといったメリットが考えられる。
CBDCの“発行形態“は、エンドユーザー(消費者)が自分専用のCBDC口座を所有する「口座型」と、暗号資産のように利用する「トークン型」の2つが検討されている。また“決済手段“は「デジタルユーロウォレット」「銀行アプリ」「バーチャルカード」の3つが検討されている。
今回はデジタルユーロを使った4つのシナリオを考えてみた。登場する人物はあくまで架空だが、「こんなふうに便利になるかもしれない」という想像としてご覧いただきたい。
デジタルユーロ 4つのシナリオ
シナリオ1──ハッキング被害にあい不正送金されたが無事払い戻された
オランダに住んでいる会社員のシュルツさんがハッキングの被害にあい、CBDC用の口座から500ユーロ相当のデジタルユーロが不正送金された。だが被害届を出したことで、不正に送金されたデジタルユーロは記録を追跡し、即座にシュルツさんの口座に払い戻された。
メリット1 紛失や不正利用の被害から開放される
なぜ払い戻しを受けられたのか。
CBDCは中央銀行の預け金が裏付け資産となっている。デジタルユーロならば、取引内容や所有者、送金先などの情報がECBのシステムに記録される。
銀行やPayPal(ペイパル)などのオンライン決済でも、同様の払戻補償を受けることはできるが、手続きが複雑だったり、調査や払い戻しに時間がかかる。また被害が発覚した時には、すでに不正送金先の口座から引き出されており、金融機関が被害額をカバーするケースが多い。ECBによると、ユーロ圏における不正取引の被害総額は、2015年、2016年と2年連続で18億ユーロ(約2230億8394万円)に達した。
しかしCBDCは中央銀行に保護されているため、預金者も取扱銀行も被害を被ることはないと考えられる。さらに財布を持ち歩く必要もないため、現金やカードのように落として紛失するようなリスクはない。
シナリオ2──現金・クレカで支払った知人より請求額が少額で済んだ
ドイツに住んでいるフォーゲルさんとボックさんが、一緒にベルギーへ旅行することになった。フォーゲルさんは現金とクレカ、ボックさんはデジタルユーロウォレットを持って行った。
滞在中に1000ユーロ(約12万3938円)相当をクレカで支払ったフォーゲルさんは、帰国後、1000ユーロ+クレカの手数料3%として20ユーロ(約3718円)の請求書を受け取った。ボックさんも同じぐらいのお金を使ったが、デジタルユーロウォレットで支払ったため、手数料はわずか0.1%=1ユーロ(約123円)だった。ボックさんは浮いた手数料で、少額からできるアプリ投資を始めた。
メリット 手数料が低く金利を気にせずに使える
CBDCの手数料はクレカや他の決済法のそれよりはるかに低い。手数料の支払いを先送りしたからといって利息が取られることつかない。「塵も積もれば山となる」ということわざ通り、節約した分を投資などで賢く増やすこともできる。
シナリオ3──海外在住の娘に送金。リアルタイムで受け取れた
フランス在住のロベールさんは、スペインに住んでいる大学生の娘に、毎月仕送りをしている。銀行の国際送金は手数料が高く、送金が完了するのに数日待たなければならない。PayPalなどのオンライン送金はスピーディーだが、一定の金額を超えると手数料がかかる。ハッキングやサイバー詐欺なども心配だ。
そこでロベールさんはCBDCの銀行アプリを使って、デジタルユーロで送金することにした。CBDCで送金すれば、このような面倒なプロセスを省略できるため、ロベールさんは少ない手数料で安全に送金でき、ロベールさんの娘はほぼリアルタイムでCBDCを受けとることができた。
メリット 安全・低コスト・スピーディーに国際送金できる
銀行間の送金に時間とコストがかかるのは、クリアリングハウス(清算・決済機関)や複数の銀行の介入を必要とするためだ。
たとえば、A銀行の口座からB銀行の口座に振り込む際、通常の送金方法ではA銀行が送金者の口座から振込額を引き落とし、送金の詳細をクリアリングハウス経由でB銀行に委ねる。詳細を受けとったB銀行は、依頼された金額を受取人の口座に入金する。海外送金ではここにコルレス銀行と呼ばれる中継銀行なども加わるため、時間とコストがかさむ。
CBDCならそうした手数料があまりかからない。着金まで何日もかかるということもない。
シナリオ4──毎月厳しかった会社の資金繰りが好転した
イタリアに住んでいるブルーノさんは、勤務先の会社で経理を担当している。社員は経費や予算を乱用しているつもりはなかったものの、なぜか毎月の資金繰りは厳しかった。明確な理由は分からない。しかしデジタルユーロを利用しはじめてからはお金の動きが分かりやすくなり、動きもリアルタイムで追跡できるようになった。管理がしやすくなったことで経理処理はスムーズにでき、前年や前月、別項目との分析・比較もしやすくなり、次第に会社の資金繰りも好転していった。デジタルユーロの便利さを体感したブルーノさんは自分の家計の管理にもデジタルユーロを役立て、毎月、節約できるお金が増えた。
メリット お金の流れの透明性が高まり管理がしやすくなる
会計・経理処理を丁寧にやっていても、「なぜかお金が残らない」ということは起こり得る。しかしデジタルユーロなら、いつ、どこで、どのように使用されているのかなどの情報を、CBDCの法人口座からリアルタイムで追跡できるようになり、透明性が著しく向上する。分析もしやすくなれば、見落とされていたちょっとした問題点に気づくこともできるため、お金の使い方を見直せるのだ。
CBDCには問題点もある
今回考えてみた4つのシナリオは、あくまで前述のレポートを元に描いた想像図であり、必ずこの通りになるという保証はない。しかし、少なくとも近いものになるのではないだろうか。ECBの理事会は実証実験を繰り返し、2021年中旬にデジタルユーロ・プロジェクトを開始するか否かを決定する。こうした便利な生活を実現できるかもしれないCBDCの実現が迫っている。
たしかにメリット、いい点ばかりではなく、現金やクレジットカードなど従来の決済手段にもよいところはあるし、CBDCにもデメリット・限界はある。想定される問題点についてもしっかりと議論を深め、より安心しておカネという道具を使うためのCBDCを実現して欲しいものだ。
文:アレン琴子
編集:濱田 優
画像:brownfalcon, winnyu /Shutterstock.com