「あなたのソリューションは、ベイス・オブ・ザ・ピラミッド(低所得者層)にどうやってアクセスするのか?」──エスワティニ(旧スワジランド)のノムセボ・シェロン・ハデベ(Nomcebo Sherron Hadebe)財務相が質問した。
「携帯電話をたまにしか充電できず、電力供給がきわめて不十分な農村部のコミュニティーのことを話している。我々のターゲットは、携帯電話を持ち、日常的に使っている人たちだけではない」
世界中で7億7000万人がまだ電力を利用できない状況で暮らしていることを考えると、Alliance for Financial Inclusion(AFI)が主催した2020年のAFI Inclusive Fintech Showcaseの決勝での審査員からのこの質問は、厳しいが的を射たものだった。
この質問は、携帯電話を持ったすべての人に金融ツールへのアクセスを提供するオープンソース・ブロックチェーン「セロ(Celo)」を開発したスタートアップ企業「cLabs」のアンカ・ボグダン・ルス(Anca Bogdan Rusu)氏に向けられたものだった。
人生を変え、収入を得るチャンス
質問に対してアンカ氏は、ソリューションは15ドル(約1600円)の安価なスマートフォンを使ってテストしていると説明した。
「トカ(Toca)」と名付けられたこのソリューションは、携帯電話向けアプリケーションで、ユーザーはAI(人工知能)をトレーニングするといった細かい作業を行い、ステーブルコインのcUSDで報酬を受け取ることができる。
こうしたスマートフォン・アプリが経済発展から取り残されたコミュニティーに対して、人生を変え、収入を得るチャンスとなることは間違いない。例えば、AIをトレーニングする細かい作業は、2023年までに240億ドル(約2兆5000億円)規模の市場になると予測されている。
私が拠点を置いているフィリピンでも、そうした可能性を目の当たりにしており、暗号資産(仮想通貨)を使ったゲームアプリが、新型コロナウイルスのロックダウンで自宅に閉じ込められている職を失った人たちに、ひと月に最大で400ドル(約4万1000円)を稼ぐ手段を提供している。
テクノロジーの有効性とアクセシビリティ
だがアンカ氏は、最貧困層が使えるかという質問に対して率直だった。
「このソリューションは、そうした状況に最適化されていない。我々が重点を置いているのは、『このタイプの仕事を行うにはノートPCかデスクトップPCが必要』という状況から『安価なスマートフォンさえあればOK』という状況に変えること。必要なデータ容量や電力は非常に小さいが、それでもまだ必要だ」
つまり、セロのソリューションは、最貧困層には手が届かないものだというハデベ大臣の指摘は正しかった。そうした人たちは、世界の人口で最も大きな部分を占めている。
テクノロジーの有効性はアクセシビリティに依存する。
つまり、テクノロジーのメリットはテクノロジーが手に入る場合にのみ有効であり、デジタルエコノミーが進展するにつれてデジタル・デバイド、いわゆる「技術格差」によって取り残された人にとっては深刻な懸念が生まれる。
デジタル・デバイドは80を超える新興国・発展途上国の中央銀行、規制当局からなるAFIメンバーにとって最優先課題だ。
ケニア発の金融アプリ「エムペサ」
エムペサ(M-Pesa)はこの分野の代表格。このケニア発のモバイル・マネー・ソリューションは、何十万もの人たちを貧困から救い出し、フィンテックがより良い未来をもたらす事例として、何度も取り上げられている。
エムペサは、アフリカで広く普及しているが、その理由の1つは、インターネットが不要で、数日ごとの充電で済む従来の携帯電話で利用可能なことにある。貧しい国々の人たちにとって、これは、スマートフォンを上回る魅力となっている。
AFIショーケースの目的は、世界にとっての次のエムペサを発掘すること。審査員として私には、金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)に向けたAFIの9つのテーマを参加者がどれくらい満たしているかを評価することが求められた。
※金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン):すべての人々が金融サービスを利用できるようにすること。具体的には、銀行口座を持たない、あるいは十分な銀行サービスを受けられていない人々にインターネットなどを活用して金融サービスを提供すること。
また女性を応援するものか、気候変動に取り組んでいるか、そして現状では新型コロナウイルス対応に貢献しているかも考慮する必要があった。
スマートフォンは必須か
明らかにスケーリング(規模拡大)でき、さらにきわめて重要なこととしては、AFIが目指していた、規制当局とイノベーターとの対話を促進できる有望な候補者を私は探していた。
今回は、プレシード・スタートアップから、マスターカードといった金融サービス大手まで、60以上の参加者が集まった。
中小・零細企業に低コストで運転資金を提供するデジタル・エコシステム、金融リテラシー向上のために金融機関と連携し、データ分析を活用したエドテック・プラットフォーム、非公式部門の労働者が退職金を貯めることを支援する年金システムなど、多様で、ターゲットもユニークなソリューションが決勝に進んだ。
決勝進出者はそれぞれ、何らかの電力源を必要とするテクノロジーを活用しており、そのほとんどはスマートフォンに対応したものだった。
ハデベ大臣の質問はフィンテックについてのプレゼンテーションの文脈では、やや不公平なものかもしれないと私は感じた。
世界の課題に取り組むために
AFIの政策分析責任者のロビン・ニューンハム(Robin Newnham)氏は、スマートフォンは従来の携帯電話よりも手が届きにくいと繰り返した。だが、彼は楽観的だった。
「15ドルのスマートフォンは、ものすごいペースで普及しており、端末のコストは近い将来、大きな障害にはならないだろう」とニューンハム氏は述べ、サハラ砂漠以南のアフリカでのソーラーパワーの普及の進展が、農村部での電力のコストと信頼性を改善していくだろうと付け加えた。
だとしても、今回の経験で最も印象的だったことは、アンカ氏がハデベ大臣の厳しい質問を快く受け入れたことだ。特にセロは、今回で2回目となるショーケースの決勝まで残った、初の、かつ唯一のブロックチェーンベースのプロジェクトだった。
狭い環境の中で、我々ブロックチェーン・ファンは自らの立場や目的を説明するために必死に努力することは滅多にない。
いつものコミュニティーから外に出て、おそらくこのテクノロジーを理解しない(理解する必要のない)、まったく異なる問題や優先事項を抱えた人たちにブロックチェーンについて語ることは非常に難しい。
ブロックチェーンが世界の最も難しい問題のいくつかを解決できると心から信じているなら、我々は、その恩恵を受けていないハデベ大臣のような人たちともっと多くの時間を過ごすべきだ。
リア・キャロン-バトラー(Leah Callon-Butler)は、アジアの経済発展におけるテクノロジーの役割に焦点を置くコンサルティング会社、エンファシス(Emfarsis)のディレクター。
|翻訳:山口晶子
|編集:増田隆幸、佐藤茂
|画像:セロのユーザー(Celo)
|原文:Will the Next M-Pesa Be a Blockchain App?