2021年のフィンテックで起きること──Fintech協会沖田会長

2015年設立のフィンテック協会の代表理事会長が2020年、交代した。就任したのは1997年にサイバーキャッシュ設立に参加、その後もベリトランス、SBIリップルアジア、マネータップなどで決済事業を手掛けてきた沖田貴史氏だ。現在はナッジの代表取締役としてチャレンジャーバンク設立を目指している。設立時から代表を務めた丸山弘毅氏(インフキュリオン・グループ代表取締役)から会長職を引き継いだ沖田氏に、日本のフィンテックを取り巻く環境と2021年の見通しについて聴いた。

日本のフィンテックサービス・エコシステムが急拡大した過程で生じた課題

コロナ禍のさなかの2020年10月に新たにFintech協会の代表理事会長に就任した沖田氏は、この1年を「コロナウイルスの感染が拡大した結果、計らずもイノベーション、デジタル化の追い風になった」と振り返る。

多くの企業の株価が急落した3月のコロナショック、4月の緊急事態宣言など、春先は多くの産業・企業で相当な混乱が起き、あらゆる活動が止まってしまった。沖田会長は「本来フィンテックは、従来型のやり方が通用しないところで活躍してきたが、コロナはインパクトがすさまじすぎた。2020年はフィンテック(のスタートアップ)というより銀行など伝統的な金融機関がふんばった印象」と評価する。

日本のフィンテックエコシステムは、協会の拡大に比して大きくなってきた。Fintech協会の活動はもともと、2014年にカジュアルなミートアップとして始まり、翌15年に設立。当初は20程度のスタートアップ中心にメンバーが集っていたが、それから5年経つ現在に至るまでに、大企業や金融機関なども次々と参加、会員社数は400を超えている。

Fintech協会Webサイト

この数年の協会および日本のフィンテックの環境変化について沖田会長は、「数年前は(フィンテックの)サービス事業者も利用者も、テクノロジーに詳しい人ばかりでした。サービスをつくる側はテクノロジーの玄人、利用者はアーリーアダプターで、協会のメンバー企業もそうでした」とした上で、「ここ数年で協会の規模が拡大したように、フィンテックの利用者が一般に広がりました。特にキャッシュレス決済、PayPayなどのようなアプリ利用者も含めれば、フィンテックのユーザーはすごく多くなった」と話す。

協会の拡大とフィンテックの急速な浸透の過程を経て、沖田会長が懸念しているのは、「リテラシーに大きな差が生じている」ことだという。そこで協会では、知識や情報を伝達するために、協会内外に向けた発信に注力しつつある。たとえば隔月で会長定例会見を始めた。組織が大きくなると、情報を積極的に発信しなければ、会員すべてに行き渡らなくなり、とかく「何をやっているのか」「何のために集っているのか」という共通認識が薄れてくるからだ。

また、オンラインカンファレンスの「FINTECH JAPAN」(フィンテック ジャパン)のようなイベントもその一環といえるかもしれない。11月に3日間にわたって開催したこのイベントには、延べ数千名が視聴したという。こうしたイベントも継続して開催して「知ってもらうための活動」を続ける考えだ。

平井大臣
FINTECH JAPAN2020には平井大臣がビデオメッセージを寄せた

古くて新しい問題「安心・安全」のために

Tero Vesalainen / Shutterstock.com

リテラシーを高める必要性があるのは、金融・フィンテックにとって「安心・安全」が非常に重要と考えるからだ。金融における「安心・安全」は“古くて新しい問題”だが、フィンテック分野で最近特に注目されたのは、ドコモ口座問題だろう。2020年9月、NTTドコモの「ドコモ口座」を悪用して、他人の口座からお金を引き出すという事件が相次いだ問題だ。

沖田会長は、「『ドコモさんだから安心して使えるよね』というユーザーは多かったはずです。この一件をセキュリティの専門家が見れば、どこが悪かったということは言えるでしょうが、本件の責任を追求したいわけではありません。それよりも協会としては、本件を教訓として今後に役立てることが大事です」と話す。

Fintech協会の動きは早かった。この問題が発覚後すぐ、会員企業へ既存のサービスのセキュリティ水準の確認や顧客保護態勢の強化などについて要請を伝達。さらにAPI・セキュリティ分科会を改組・分離して、セキュリティに関する専門の分科会を設立したほか、メディアなどに向けてeKYCの勉強会も開催している。

ただ沖田会長は「安全な仕組みをつくったところで安心とは言えない」とも話す。沖田会長は1990年代からインターネットビジネスに関わっているというが、当時、インターネットは「怖い」ものだったという。数年前の「スマホ」もそうだった。いずれも理由は単純で、「知らない」「見えない」「触ったこともない」ものだったからだ。沖田会長は「フィンテックも同じ。安全は必要条件だが十分条件ではない。安心してもらうためにも、『知ってもらうこと』が必要だと考えます」と説明する。

2021年の金融・フィンテックはどうなる?

来る2021年、フィンテック分野での注目の動きは何だろうか。「コロナ禍の中でも国会などでは議論が着々と進んでいて、注目されるのは資金決済法、割販法などいくつかありますが、最も注目されるのは新仲介でしょう」。

資金決済法は、改正案が2020年国会で可決・成立した。現状、100万円超の送金は銀行しかできないし、銀行は開業に免許が必要だが、この改正法が施行されると、登録制の資金移動事業者でも100万円超の送金が可能になる。

また割賦販売法では、クレジットカード会社などが利用者の与信枠を決める際に人工知能(AI)やビッグデータの分析を使えるようになる。事前に与信の審査手法や管理体制などの基準をクリアして経済産業大臣の認定を受け、延滞率などが基準を超えなければ、法律で定めていた計算式を使わずに済むようになるのだ。

そして注目の新仲介業だ。2020年6月、金融商品販売法の改正案が国会で成立したことで、「金融サービス仲介業」が創設されることになった。これは、銀行・証券・保険などの金融機関と利用者の間に立って、サービスや商品を仲介する役割のことだ。

これまでにも仲介業は存在していたが、金融機関の業態ごとに登録が必要だった。銀行の「銀行代理業者」、証券の「金融商品仲介業者」、保険会社の「保険募集人(保険仲立人)」といった具体だ。さらに、仲介業者は基本的に委託元である金融機関が決まり、その会社の商品やサービスを取り扱うのが普通だった。

これについて沖田会長は、「これまでの仲介業は“売る側の代理”だったわけですが、新しい仲介業は“買う側・投資家の代理”です。これは「コペルニクス的転回」と言える」と強調。そして、「この新仲介業の誕生で、チャレンジャーバンクがさらに増え、便利になる可能性がある」と指摘する。

沖田会長も、自身が代表を務める株式会社ナッジで設立をめざしているというチャレンジャーバンクは、ここ数年欧米で次々に誕生したサービスで、ネオバンクと並んで“店舗を持たずにバンキングサービスを提供する事業者”のことを指す。

一般には、にネオバンクは銀行ライセンスを保有せず、既存の銀行と連携してサービスを提供。チャレンジャーバンクは自らも銀行ライセンスを保有し、かつバンキングサービスをSaaS型で提供できる機能(BaaS=Banking as a Service)を持っている。

店舗を持たずにスマホなどをユーザーとの接点として持つチャレンジャーバンクのサービスが生まれることで、「アリババのスーパーアプリのようなものが日本でもできるようになるし、さらにそれをこえた仕組みが日本から生まれる可能性もある」と沖田会長は期待する。

沖田貴史氏(写真:森口新太郎)
沖田貴史氏(写真:森口新太郎)

2021年は新しい制度や改正法が施行されるなど、規制が緩和されユーザーの利便性拡大は期待できる年になりそうだ。しかし、新しい制度が始まり、異業種の金融参入がさらに進むなどすれば、有象無象が入ってきて制度の主旨が損なわれるような事態は懸念されないのだろうか。

この点について、「たしかに主旨を理解していない事業者が入ってきて制度がダメになるのは避けたい。しかし、あまり厳しくすると誰も参入しなくなってしまう。要はバランスの問題でしょう。それに制度は作って終わりではありません」と指摘する。

その上で「行政の審議委員をやったこともあって、行政側にやさしい見方と言われるかもしれませんが、日本の金融経済行政はよくやってくれていると思います」と話す。暗号資産法制を例に挙げて、「世界に先駆けて制度をつくってくれたし、金融庁、経産省は産業のことを本当によく考えてくれている」と評価する。

そして、「新しい制度を官民一体できっちり育てていくことが大事です。まずは官が制度・ルールをつくってくれたので、今度は民がそれを使っていい商品・サービスを生む。そして必要に応じて改正をするなどして、官から民にバトンが渡されるわけですから、民間として法制の主旨を踏まえてしっかりやるのが理想」と加える。

ブロックチェーン技術は成熟、これから浸透する可能性は高い

クリプト・ブロックチェーン分野については、「私はブロックチェーンの会社を離れましたが、技術的には成熟してきている。熱狂の時期、幻滅の時期という通過儀礼もこなし、いよいよ使われるフェーズにきていると思う」と分析する。

そして、「ブロックチェーンは目的ではなく手段ですが、まず知ること、やってみることが大事。最初の段階で、『ブロックチェーンをやりたい』という人・企業に『ブロックチェーンをやりましょう』とこたえるのは必要なことでした。それはインターネットでも同じ段階がありました」と説明、「多くの企業がブロックチェーンのPoC(概念実証)に取り組みました。PoCは手段の目的化とも言えるものですが、普及のためには必要な段階ではある。各社がPoCをやったおかげで、ブロックチェーンに触れた人の数は増えたはずです」と意義を説明する。

さらにオープンAPIの事例を引き合いに、「この1-2年でAPIの解放が進み、主要なフィンテックサービス事業者が、銀行とAPIでつながってきました。そうして『そのAPIで何をやるか』という議論も起きている。まずできることをやって、何に使うかを後で考える形もあり得る」とも付け加えた。

Fintech協会は業界・企業の利益代表ではない

金融機関、金融業界を破壊する存在と形容されたフィンテックだが、日本ではファイナンスとテクノロジーのそれぞれが、お互いに支え合い、刺激しあい、時にはパイを奪い合いながら、エコシステムを形成し、ユーザー・投資家の利便性向上を実現してきた。

その中心的な役割を果たすFintech協会の意義について沖田会長は、「一般に業界団体は特定の制度業種の自主規制団体で、銀行なら全銀協、証券、暗号資産にもある業態ごとに存在します。そうした団体も必要ですが、Fintech協会は特定の業界・企業の利益代表ではありません。それでは何の代表かというと『ユーザー・社会』です」と話す。

「インターネットの本質によるパワーシフトが金融にやってきた。つまりフィンテックは金融領域のパワーシフトです。その中で協会は、ユーザー、そして社会を主語に持って活動をしていきたい。そのためにも、あらゆる業種の組織や個人が参加する“横串し”の組織でありつづけたいと思っています」

沖田貴史氏(写真:森口新太郎)
(おきた・たかし)一橋大学在学中に米国CyberCash社の日本法人サイバーキャッシュ(現ベリトランス)の立ち上げに参加し、2015年まで代表取締役CEO。2012年econtext ASIA社(デジタルガレージ傘下)を共同創業。16年にSBI Ripple Asia代表取締役に就任、ブロックチェーン技術の日本・アジアでの実用化に貢献。その間、米国Ripple社などユニコーン企業の役員も歴任。金融審議会専門委員、SBI大学院大学経営管理研究科教授なども務めた。

インタビュー・構成:濱田 優
写真:森口新太郎