本稿は、ブロックチェーン技術カンファレンス「NodeTokyo」や若手主体のブロックチェーンコミュニティ「CryptoAge」のオーガナイザーである大日方祐介氏による原稿から一部を転載、再構成・加筆したものです。CoinDesk Japanのエディトリアルポリシーに基づき、本稿は特定の仮想通貨またはブロックチェーンプロジェクトの経済的価値を推奨するものではありません。(CoinDesk Japan編集部)
すべてはイーロン・マスクの一言から始まった
きっかけは、突然の一言でした。イーロン・マスクが「イーサリアム」とツイートすると、11万人以上の人が「いいね」と反応しました。
イーロン・マスクといえば、電気自動車企業テスラや宇宙開発企業スペースXの創業者として世界を代表する起業家であり、Twitterのフォロワーは2,600万人を超えます。
意図も脈絡もなく、ただ一言だけ述べた「イーサリアム」は、時価総額ではビットコインに次ぐ規模の仮想通貨です。スマートコントラクトと呼ばれる自動執行される永続的なプログラムを走らせることができ、さまざまな分散型アプリケーション(Dapps)を作れるプラットフォームとして知られています。
その投稿に反応したのは、イーサリアム考案者のヴィタリック・ブテリン。19歳のときに「イーサリアム」を考案した、まさにその人です。
「10月のDevconに参加しましょう 🙂 (You should come to our Devcon in October :))」
Devconは昨年は3,000人以上が参加した、イーサリアム財団が毎年主催する世界最大規模の開発者カンファレンスです。イーロン・マスクも答えました。
「イーサリアムで何を作るべきですか?」
すると、ヴィタリックは「My top picks……(僕のいちばんのオススメは……)」と、いくつかユースケース(事例)を連続でツイート。そのやり取りを見ていた私が日本語に要約をしてツイート、さらにブログを書いたところ、800件を超えて「いいね」されるなど、非常に大きな反響がありました。
実際に、ヴィタリックが提示した13のアイデアは、ブロックチェーン領域で何かに挑戦しようとしている人にとって非常に有益です。より詳しい解説を加えましたので、ぜひ参考にしていただければと思います。
- 金融システム
- アイデンティティ
- 登記情報
- DAO(分散自律組織)
- マイクロペイメント(少額決済)
- 個人データ市場
- クリプトエコノミクス
- クリプトエコノミクス×マイクロペイメント
- 新たなマーケットデザイン
- ステッカー・バッチ
- メッシュネットワーク
- 信用システム
- 分散型ドメインネームサーバー
1. 金融システム
「決済や価値の保存、より高度な保険といった領域などを含めた、グローバルにアクセス可能な金融システム(A globally accessible financial system, including payments, store of value, also more advanced stuff like insurance)」
一つ目のアイデアは新たな金融システムの提案であり、ブロックチェーン領域でもホットなテーマになりつつある、いわゆるDeFi(Decentralized Finance:分散型金融)やOpen Financeと呼ばれる仕組みです。
DeFiの代表的なものに、イーサリアムをはじめとした暗号資産を担保としてデポジットすることで、「DAI」(米ドルに対して価値が固定されたステーブルコイン)を受け取れるMakerDAOがあります。MakerDAOの仕組みは、法定通貨ではなく暗号資産によって担保されています。また担保資産の時価が下落すると、証拠金取引におけるロスカットのように自動的に資産を売却するアルゴリズムが設定されています。自律的にDAIの価値が固定される仕組みです。
ヴィタリックは保険サービスの例として、イーサリスク(Etherisc)によるハリケーンガード(HarricaneGuard)を挙げています。自分の住所と掛金を設定すれば、特定地点での風速がハリケーンレベルに達した場合に、給付金が支払われる仕組みを実現しようとしています。
2. アイデンティティ
「アイデンティティ:”Fecebookログイン”から、”イーサリアムアカウントでログイン”、で仲介者なし。そしてWeb of Trust(信用の輪)も…(Identity: “sign in with Facebook” -> “sign in with an ethereum account, no intermediaries”. Also web of trust…)」
「Facebookログイン」は現在、さまざまなウェブサービスで使われており、実質上のウェブアイデンティティになっています。わざわざ新たに会員登録する必要がなく便利である一方で、個人情報をFacebookという一企業に預けていることになります。もし何らかの理由で自分のアカウントが利用禁止になったり、Facebook自体がダウンする、あるいは情報流出などが起きた場合、サービスの利用に大きな支障が出る可能性があります。
ヴィタリックのアイデアは、ウェブにログインする際にFacebookのような第三者を介することなく、イーサリアムのアカウントを使ってデジタルアイデンティティを実現できるのではないかというものです。
3. 登記情報
「あらゆる形式の登記情報は、セキュリティを保ちながら容易に承認できるよう、ブロックチェーン上で公開されるべき(All sorts of registries should publish on chain for security and easy verifiability)」
学位のような登記情報を証明する必要が生じた場合、場所によっては出身校まで行き手数料を払って証明書を発行するなど、多くのプロセスが必要です。海外にいたならば途方もない労力がかかるでしょう。ブロックチェーンをグローバルな登記簿のように活用できたら、そのような労力を削減できます。世界中どこの公的機関でも参照できるような登記情報を実現しよう、というのがヴィタリックのアイデアです。
先日、シンガポールの教育省大臣が2019年から国内の教育機関の卒業生向けに、イーサリアムのブロックチェーン上で卒業証明書を発行するとの発表がありました。これはシンガポール政府も関わっているOpenCertsというプロジェクトです。
さまざまな登記情報がブロックチェーンで管理できれば、行政のプロセスも大幅に改善し、公証人のような長年続いている仕組みも変わっていくかもしれません。
4. DAO(分散自律組織)
「人類の新しい組織形態の実験、たとえばMolochDAO(Experimenting with new forms of human organizational structure, eg. @MolochDAO)」
DAO(ダオ)はDecentralized Autonomous Organizationの略称で、日本では「自律分散型組織」と訳されています。中央の管理者がいなくても、組織内にステークホルダー(利害関係者)が自律的に行動するインセンティブが整えられており、自然にエコシステムが維持されていく仕組みです。
ビットコインの仕組みをイメージすると理解しやすいかもしれません。ビットコインの経済圏には中央の管理者がいませんが、マイニング報酬というインセンティブがあるため、自律的にマイナーが計算能力を提供して取引の承認を行います。イーサリアムをはじめとした多くのプロトコルは、この自律分散型組織になることを目指して設計されています。
ヴィタリックが例に挙げたMoloch DAOは、イーサリアム関連の有望な開発プロジェクトに対して資金を適切に提供することを目的としており、イーサリアムコミュニティの中でも注目されるプロジェクトの一つです。その仕組みは、スマートコントラクト上に「ギルドバンク(Guild Bank)」と呼ばれるETH建の仮想ファンドを設定し、メンバー間の投票により資金の提供先を決めるというものです。
5. マイクロペイメント(少額決済)
「ペイメントチャネルを通した、あらゆる少額決済ユースケース(All sorts of micropayment use cases via payment channels…)」
ペイメントチャネルとは、複数回の細かな取引をブロックチェーン外で処理して効率的にトランザクションを行う、少額の決済に適した仕組みです。たとえばビットコインにおけるLightning Network(ライトニングネットワーク)があります。
事例としては、アダルトコンテンツに対して数分単位のライブストリーミングにも都度課金を行えるようにしているSpank Chainなどがあります。少額決済を組み込むことで、コンテンツ課金の収益機会が広がります。
6. 個人データ市場
「プライバシーを保護しながら機械学習させるための個人データ市場(たとえば、私にXを支払うなら、私の個人データ(Zによって自分のものだと証明されている)に対して、関数Yを実行させることを許可する…)(Markets for personal data for privacy preserving machine learning (you pay me X, I let you homomorphically execute function Y on my data that’s been attestated to by Z…)」
現状、多くのサービスの裏で機械学習プログラムが走り、個人の行動など各種データが縦横無尽に取り込まれています。しかし、すべてのプライバシーが保護されているかというと、そうではありません。
そこで「Xを支払ってくれれば、プログラムYを自分のデータに対して読み込ませてOK」とユーザー側が許可する仕組みにすれば、プライバシーが保護されたまま個人データの市場を作ることができます。
7. クリプトエコノミクス
「ソーシャルネットワークにおいてスパムを防ぐためのクリプトエコノミクス(Cryptoeconomics for spam prevention in social networks)」
現在のSNSでは“荒らし”など、一部ユーザーの問題行動がたびたび起こります。たとえばTwitterで特定の人に対して罵詈雑言を浴びせる、Facebookでフェイクニュースを流すなどの行為は、もはや日常茶飯事です。ところが、これまでのSNSにはユーザーからの「いいね」など非経済的インセンティブの仕組みしかなく、そうした行為に対しては、中央で管理する組織が対処するしか方法がありませんでした。
そこで仮想通貨(暗号資産)とSNSを組み合わせることで、「経済的価値が得られる(もしくは不適切な行動が行われると損なわれる)」という直接的なインセンティブを働かせ、自然とユーザーの行動が良い方向に向かうようにデザインしようというのがクリプトエコノミクスの考え方です。つまり、クリプトエコノミクスは「経済的インセンティブに基づいた、ステークホルダーの行動コントロール」と言い換えることができます。
ここで述べられていることのより深い議論は、2018年2月にバンコクで行われたイーサリアムミートアップでヴィタリックが話していた内容であり、こちらにまとめています。
8. クリプトエコノミクス×マイクロペイメント
「良質なコンテンツの発信者に報酬を与えらえるようなクリプトエコノミクス×マイクロペイメントのスキーム(Cryptoeconomics / micropayment schemes to reward publishers of good content)」
グーグルアドセンスから収益を得るブロガー、ユーチューブにおけるユーチューバー、ライブ配信サービスにおけるライバー(動画配信者)など、現在でもコンテンツを発信することで収益を得る人たちはたくさんいます。
さらにクリプトエコノミクスとマイクロペイメントを組み合わせて、良いコンテンツを発信した人に対してユーザーが直接に投げ銭するなど、より自律的に良いコンテンツを増やしていけるような方法をヴィタリックは提案しています。日本ではALIS、海外ではSteemitなどが取り組んでいる領域です。
9. 新たなマーケットデザイン
「バッチオークション 、組み合わせオークション、自動マーケットメイキングなど新たなマーケットデザインの実験場(たとえば、Uniswap)Testing ground for new market designs, eg. frequent batch auctions, combinatorial auctions, automated market makers (eg. http://uniswap.exchange )」
トークンのトレードにおいて、さまざまな取引手法を創出するための土台を作るというアイデアです。
例としてイーサリアム上でERC20トークンの自動交換プロトコルを開発しているUniswapの名前が挙がっています。私もUniswap創業者のHayden Adamsと何度か会ったことがありますが、優秀な若手開発者でUniswapをサイドプロジェクトとして1年ほど前から取り組んでいました。つい2019年4月、Coinbaseのファウンダーと元Sequoia Capitalのパートナーによるブロックチェーン特化ファンドParadigmが1億円規模の投資を行っています。同じ領域のプレイヤーにAirSwapなどもあります。
10. ステッカー・バッチ
「ステッカー・バッジ(Stickers/badges)」
赤い羽根募金ではお金を寄付した人が赤い羽をもらえます。同じように、ユーザーが寄付したことをブロックチェーンに記録して、そのアカウント上にステッカー・バッジ(Stickers/badges)が増えていくというアイデアです。
ヴィタリックは適切な形でこの仕組みができあがれば、すぐに数十万円単位の寄付をすると公言しています。
11. メッシュネットワーク
「インターネット接続向けのP2Pマーケットプレイス / インセンティブ設計されたメッシュネットワーク(p2p marketplace for internet connections / incentivized mesh networks)」
仲介者なしで途切れることなく「ウェブホスティングやメッシュネットワークを走らせ続けよう」というアイデアです。13のアイデアの中で、いちばん壮大で野心的な試みかもしれません。
実際に、世界中のコンピュータが参加するP2Pマーケットプレイスを作り、分散型のネットワークを実現しようというプロジェクトが出てきています。有名なものにファイルストレージのFilecoin、クラウドコンピューティングのGolemなどがあります。世界に浸透するまでに時間がかかると思いますが、非常に壮大なビジョンです。
12. 信用システム
「難民など現状恵まれてない人のためのアイデンティティ、評価、信用システム(Identity, reputation and credit systems for those that currently have few resources (eg. refugees))」
難民や移民のように個人の証明が難しいがゆえに、社会的にさまざまな制限を課されている人たちがいます。日本で生まれ育った私たちにはイメージしにくいと思いますが、戸籍や信用情報は特定の国や市町村、会社などに属していなければ証明することが非常に難しいものです。
そこで、3番目のアイデアである登記情報と同じように、ブロックチェーンをユニバーサルな戸籍台帳として活用できれば、個人証明の問題を解決できるのではないかというアイデアです。事例としてイーサリアム財団の宮口礼子さんらが初期から支援している、EverIDなどがあります。
13. 分散型ドメインネームサーバー
「現状のDNSを代替できるような分散型DNS(たとえば、ENS)(Decentralized DNS alternatives (eg. http://ens.domains/ )」
現状のインターネットのドメインネームサーバー(DNS:ドメイン名をIPアドレスに変換するサーバー)の仕組みを、分散型で実現しようというアイデアです。
例に挙げられたENSはEthereum Name Serviceの略称で、現状はランダムな英数字で構成されているイーサリアムウォレットアドレスを、[ xxxxxx.eth ]のように短い文字列で登録できるようにするプロジェクトです。
以上が、ヴィタリックが提示した13のアイデアです。ご意見や感想あれば、Twitterなどを通じてコメントを寄せてください。
編集:小西雄志、久保田大海
写真:Heisenberg Media