年間1兆円を超える資金をテクノロジー関連に投資する米銀最大手のJPモルガン・チェースは、およそ5年間で独自のブロックチェーンとその技術を使った情報プラットフォームを開発し、デジタル通貨を作りあげてきた。
同社は昨年、ブロックチェーンに関係するすべてのプロジェクトを運営する新ユニット「オニキス(Onyx)」を立ち上げた。情報プラットフォームは「Liink」、デジタル通貨は「JPMコイン」と名づけられ、JPモルガンのクリスティン・モイ氏とナヴィーン・マレーラ氏がそのグローバル展開をそれぞれ統括している。
JPモルガンは今後、既存の金融システムを建設的にディスラプトする取り組みを強めていく。coindesk JAPANは、在ニューヨークのモイ氏と、シンガポールのマレーラ氏をオンラインでつなぎ、オニキスがデザインする銀行プラットフォームについて聞いた。
JPMコインはユニバーサル銀行口座
──JPMコインの実用化が始まりました。グローバル企業がブロックチェーン上でJPMコインを利用して、クロスボーダー決済を開始したと聞いています。JPMコインは実際、どのように使われ、これからどう拡大させていくのですか?
クリスティン:5年前に私たちがブロックチェーン分野に参入した頃、そのテクノロジー自体はまだプロトタイプの段階でした。業界でこの技術を普及させるために、プロトコルの段階にあった技術を、ビジネス上の問題を実際に解決するようなプロダクトのレベルに引き上げる必要があったのです。
この5年でナヴィーンと私、チームメンバーとともに気づいたのは、実験を繰り返して、ビジネス上の正しい問題を見つけ、現実に適用するということです。そうしてできたのがJPMコインでした。また、実験に実験を重ねてできたのがLiink(リンク)でした。
ナヴィーン:JPMコインの目的は決済の代替手段になることです。これは既存の決済基盤や銀行システムの障害となっているものを取り除くことができます。
法人顧客に向けて私たちが提供したいのは、24時間365日、瞬時にお金を動かすことができるという体験です。「ユニバーサル銀行口座(universal bank accounts)」という概念です。
多国籍企業を考えてみてください。多国籍企業は各国のサプライヤーにお金を支払い、従業員に給与を支払うために、世界各国に異なる通貨で銀行口座を持ち、各国で資金を準備する必要があります。お金を毎日24時間いつでも、自由に動かせるような世界になった場合、ユニバーサル銀行口座、つまり、ひとつの銀行にひとつの通貨の口座を持つだけで、いつでもどこにでも送金をすることができるようになります。
資金管理という観点で見れば、世界各国の複数の銀行口座に資金を保持する必要がなくなります。これは企業の資金管理に革新をもたらすことになります。お金を動かすということにおいて、決済基盤やシステムから障害を取り除くことができれば、法人顧客にそのような機能を提供することができます。これが顧客に提供できる一つ目の機能です。
二つ目は、プログラマビリティという概念、つまりプログラム可能な銀行口座です。JPMコインはブロックチェーン上にある銀行口座です。では、ブロックチェーン上に銀行口座を置くことの利点は何でしょうか?
銀行口座をブロックチェーンに置く利点は、銀行口座自体にルールを埋め込むことができることです。例を挙げましょう。
IoTで取引、JPMコインで自動決済
ナヴィーン:実際にあったクライアント事例です。航空会社は燃料の納入の際に燃料供給会社に支払いをする必要があります。これは非常にシンプルな事例です。現在は、燃料の納入が完了したら、納入の完了を確認し、手動で料金を支払わなければなりません。
これがプログラム可能な銀行口座を持つ未来の世界では、IoTを通じて燃料が供給され、取引が完了したことを検出し、それに基づいて銀行口座が実際に支払いを実行することができるというわけです。手動で料金を支払う必要はありません。これらはプログラマビリティの特性で提供可能な機能です。
三つ目の要素は、マルチシグウォレット(マルチシグネチャー・ウォレット)、つまりどのようにピアトゥピアでの保証を提供するかです。古典的な例になりますが、バイヤーとサプライヤーではどうでしょうか。仕入先であるサプライヤーは、支払いに確実性がある場合に、商品の出荷を希望します。ところが買い手であるバイヤーは、サプライヤーが商品を出荷することが確実になった時点での支払いを希望します。
今日の貿易金融の世界では、L/C(信用状)のような文書、紙ベースのものを使っています。このやり方は長い間、変わってきませんでした。マルチシグウォレットを使えば、ピアトゥピアのエスクロー(第三者預託)がつくれると考えています。
つまり、買い手であるバイヤーの資金をバイヤーとサプライヤーの両者がアクセスできる、マルチシグウォレットに入金します。そして両者が合意したときにのみ支払いがなされるという仕組みです。
このように企業の資金管理の点から考えると、これらの商品は革新的であり、JPMコインは、このような革新的な商品や、銀行口座をブロックチェーン上に開設することの始まりだということがおわかりいただけるはずです。
JPモルガンも使う数十億ドルのコイン
クリスティン:JPMコインを法人顧客に提供するのと同時に、JPモルガンもJPMコインのユーザーとして、「日中レポ取引プログラム」を開始いたしました。オニキスのデジタルアセットプラットフォームのプログラムとして開始された、「日中レポ取引プログラム」です。
レポ取引とは、抵当貸付のようなものです。仮に佐藤さんが「100ドルを借りたい」と言って、私が100ドルを貸したとします。その代わりに、佐藤さんは、私に株や債券などで100ドル相当の担保を渡します。
数日間の100ドルの貸付と、お金が返金されたら担保を返すということを双方で合意します。一方にはJPMコイン、もう一方にはトークン化された証券を担保として持たせることが可能になりました。
これによりこのような貸付の取引の決済が瞬時に行なわれ、数時間内に取引償還まで行うことができるようになりました。たとえば、3時間の抵当貸付を利用して、為替取引の支払いを行い、午後に入金があれば、すぐに返金できます。
こうした取引は、決済と担保が別々のレールに乗っていたため、これまでオペレーションの効率化・自動化を実現させた上で、大規模に行うことができなったことです。
しかしながら、双方にブロックチェーン上にサブ台帳を置き、取引により自動的に瞬時に残高を移動させ、そのすぐ後にその残高を戻すことを可能にしました。このプログラムは最近稼動し始め、日々の取引で何十億ドルもの取引が実行されています。これはPoC(概念実証)のお金ではなく、実際のお金です。
中銀デジタル通貨と商銀デジタル通貨
──世界中の中央銀行は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)についての調査研究を進めています。オニキスもこうした中央銀行の決済ネットワークに注目しているかと思います。
ナヴィーン:私たちはそのプラットフォームの商業化や、実際の試験的な決済と商品化後の決済実行に向けた取り組みを進めています。パートナーであるシンガポールのDBS銀行やテマセクといっしょに、世界初の多通貨の商業銀行デジタル通貨(Commercial Bank Digital Currency )ネットワークの立ち上げに取り組んでいます。
CBDCは中央銀行が発行するデジタル通貨ですが、私たちがやろうとしているのは、商業銀行デジタル通貨のネットワークです。
ちょうど今日のお金のように、中央銀行がお金を持ち、商業銀行もお金を持ちます。中央銀行デジタル通貨と商業銀行デジタル通貨は、互いに補完し合うことになります。
中央銀行デジタル通貨(CBDC)においてはたくさんの動きがある一方で、私たちはこれを大規模に行うために民間の銀行として商業化をリードしていきたいと考えました。
シンガポールのウビン・プロジェクト
ナヴィーン:これがシンガポールの「ウビン・プロジェクト」の商業化で行っていることです。これの応用方法という観点でいうと、一つ目は多通貨決済です。
決済インフラについて考えてみると、国内決済に関しては多くの発展がありました。毎日24時間いつも稼動している決済システムや、RTGC(Real-Time Gross Settlement:即時グロス決済)などです。しかし、クロスボーダー決済にはいまだ障害が残っていました。
それぞれの国で24時間稼動する決済システムは存在しますが、誰がそれぞれの国内決済インフラを結びつけるか、ということです。私たちはその役目を担うのが「グローバルM1通貨ネットワーク」だと考えました。
私たちはが異なる決済インフラ同士をつなぎ、先ほどお話したような、毎日24時間いつでも決済サービスの提供が可能になります。企業と消費者がどこからでも、毎日24時間いつでも、瞬時に送金できます。これが一つ目の応用例です。
そして二つ目は外国為替市場です。近年、為替決済のリスクは増加する一方です。CLS(Continuous Linked Settlement)のようにPayment vs Payment(ペイメント・バーサス・ペイメント)で決済リスクを回避する、すばらしいインフラはありますが、カバーされている通貨は18通貨と限られています。
新興国通貨を決済する手段がない
ナヴィーン:新興国通貨の重要性が増しており、その取引が決済リスクを高めている現在、これらの通貨を決済する有効な手段がないため、決済リスクが高まっています。私たちが構築しているような多通貨ネットワークとプログラマビリティにより、Payment vs Paymentが可能となり、CLSでカバーされている通貨を超えて決済為替リスクを回避した決済を行うことが可能になります。これが二つ目の応用方法です。
三つ目の応用方法は、固有なプログラマビリティがあるという特性が、将来の経済活動において存在するであろう、マイクロペイメント(少額決済)やIoTペイメントなどを可能にします。
私たちは次世代決済方法をつくろうとしています。ここはイノベーション起こすべき領域であると確信しています。こうした決済方法はこの50年間ほとんど変わったことはありませんでした。
つまり、決済には銀行インフラが存在し、SWIFTが存在し、その間で行なわれる決済の性質は変わっていません。私たちがやろうとしているのは共通の台帳、業界が協力して共通の台帳を持てるインフラをつくることです。今までとは根本的に違うのです。多数のアプリケーションが実行できるオープン・プラットフォームとしてつくりたいと考えています。
そのためにもまずはレールを用意し、その上でフィンテック企業がそれを利用し、将来的には様々な実用例を作り出せるようにすることを考えています。おそらく数か月の内には発表できると思います。
後編:JPモルガンが再構築する国際送金──ビットコインはどうなる
|インタビュー・文・構成/佐藤茂