ビットコインでリッチになった人に自動車を売り込もう!──これは私からの自動車メーカーへのアドバイスだ。
広告コピーはもう準備してある。
「真のビットコインナーは未来に備え、満足は後回しにする。苦労して稼いだお金を派手なおもちゃに使わない。堅実で信頼できるファミリーカーを好む」
私は(人気TVシリーズの敏腕広告マン)ドン・ドレイパーではない。ファミリーカーを作る自動車メーカーが、私のアドバイスに耳を傾けることはないだろう。米電気自動車大手のテスラは違う。すでに似たようなことをやっている。
ビットコイン決済を始めたテスラ
テスラはビットコイン決済を開始した。イーロン・マスクCEOが2月初めに行った約束を守ってみせた。ビットコインへの信頼を強調してマスク氏は3月24日、受け取ったビットコインは米ドルに換えず、そのまま保有すると話した。
一般的に、ビットコインをモノやサービスの代価として受け取る事業者は、すぐに米ドルや他の法定通貨に交換する。価格のボラティリティと、仕入先がビットコインを受け入れる可能性の低さを考えると当然だ。一方、テスラはビットコインを「ホドル(HODL)」するとマスク氏は主張する。
ホドル(HODL)は、ビットコインにまつわるスラング(俗語)で、強気相場での利益確定、あるいは弱気相場での損切りをせず、ビットコインを保有し続けることを意味する。
かつてオンラインフォーラムの投稿者が「hold(保有)」を誤って「hodl」と書いたことが始まりで、恐怖や不確実性、疑念に直面したときの強い決意という意味が含まれている。
イギリスの小説家で詩人のラドヤード・キップリングの言葉を借りれば、ホドラーとは「まわりの人すべてが冷静さを失い、あなたを批判している時でも、冷静さを保つことができる」人のことだ。
今年、テスラの15億ドルの資産をビットコインに投資したマスク氏は、明らかにホドラーだ。この1年でビットコインは700%近く上昇した。ビットコインの発行量に上限がある仕組み、インフレ懸念、そしておそらく新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンがもたらした退屈さが、個人投資家とテスラのような機関投資家の投資を促した。
テスラの電気自動車が売れるたびに、同社のビットコイン残高は増える。それをマスク氏が喜ぶことは間違いないだろう。だがマスク氏の狙いはそれだけではないと私は見ている。
むしろ、ビットコイン決済は主目的ではないにせよ、少なくとも一部は、巧妙なマーケティング戦略だろう。
ピザの代金は6億ドル
第一に、テスラがビットコインで購入する人に対して、値引きなどの特典を与えていない。もし主目的がビットコインを獲得することなら、ディスカウントなどを行うだろう。そしてテスラは明確に、ビットコイナーがビットコインを手放すことに抵抗を感じることを理解している。
ビットコインは、時間とともに価値が高まるよう設計されている。供給上限は2100万ビットコインと定められている。つまり、人気が高まるにつれて、高級EVなどをビットコインで購入することは、長期的には買い手にとって痛手となる。
ビットコイン価格は短期的には激しく変動するが、長期的に見れば、おおむね時間とともに上昇しており、長期保有を促している。2010年にピザの代金として1万ビットコインが支払われたことを覚えているだろうか? 1万ビットコインは今、約6億ドル(約660億円)に相当する。
またアメリカでは、暗号資産(仮想通貨)は税務上、財産として扱われる。つまり、1ドルでビットコインを買い、価値が2倍になって、1ドルの利益が生まれたら、内国歳入庁(IRS)に申告し、税金を支払わなければならない。アメリカ政府が1ドルの申告漏れを追求するかどうかはわからない。だが、暗号資産による利益でテスラ(価格は約430万円〜約1600万円超)を買うような人は、税務当局の監視の目にさらされると考えるべきだろう。
買い手がそうしたハードルを乗り越えたとしても、テスラのビットコイン決済は簡単ではない。すでに伝えたとおり、テスラをビットコインで購入する際には、決済を「約30分」で完了させる必要があり、それを過ぎると価格は無効になり、新たな価格をリクエストしなければならない。テスラは正確な数のビットコインしか受け付けず、間違ったアドレスに送られたビットコインの払い戻しはしない。
つまり、ビットコインを大量に持っていたとしても、法定通貨で支払う方が合理的だ。
ビットコイナーへのメッセージ
ビットコインのカルチャーを受け入れることで、マスク氏はビットコイナーから多くの売り上げをあげることができるだろう。たとえ、決済が米ドルで行われるとしても。テスラが受け取るビットコインは、おまけのようなものだ。
24日のツイートでマスク氏は、ビットコインネットワークの状況を知るために第三者に依存するのではなく、テスラが自らノードを運営していることも明らかにした。
上級ユーザーにとっては、ノード運用は最善策と考えられているが、これは同時にメッセージでもある。「私もあなたたちの一員だ」と。
このメッセージはテスラとマスク氏のブランドイメージを、暗号資産コミュニティに活気を与える独立した個人、特にビットコイン信奉者と密接に結び付けている。
もちろんマスク氏のメッセージについては、好意的ではない解釈もある。テスラにとって不都合なニュースから注目を逸らそうとしているという見方だ。
米CoinDeskが2月に伝えたとおり、テスラのビットコイン投資の発表は、中国当局が品質と安全性の問題についてテスラに回答を求めていると発表したときと同じタイミングだった。今回のビットコイン決済の発表も、都合が良いことにアメリカの規制当局がテスラの自動運転技術を精査しているという報道の直後だった。
テスラによるビットコインのホドル(長期保有)は、冷徹なPR活動であり、マーケティング戦略だ。物事を単純に捉えてはならない。仮にマーケティング戦略だったとしても、うまくいくかどうかはわからない。だが、広告会社が考えた戦略よりも優れていることは間違いない。
|翻訳:山口晶子
|編集:増田隆幸、佐藤茂
|画像:テスラCEOのイーロン・マスク氏(Creative Commons)
|原文:Elon Musk’s Bitcoin Marketing Coup