令和元年5月、非中央集権を理念に、スマートコントラクトとトークンエコノミーを活用した政策課題解決に向け活動する政治団体「トークントークン」が設立され、13日に日本で初めて「代表者がいない政治団体」として東京都選挙管理委員会に届出が受理された。
もっとも、政治資金規制法は代表者不在の政治団体を想定しておらず、最初の届出では門前払いにあい、無事届出が受理されて「代表者がいない政治団体」になった後も、法律上は代表者が存在し続ける矛盾が生じている。
いったいどういうことなのか、何を目指しているのか、トークントークンの設立者で、法律上の代表者でもある岡部典孝さん(40)に聞いた。
新しい技術と切り離せない「政治」
岡部さんの本業はブロックチェーン企業の役員で、学生時代から新しい技術の社会実装に取り組んできた。
「新しい技術をマーケットに投入しようとすると、規制緩和が必要になるなど、政治の壁にぶちあたることが多い。僕は会社では最高技術責任者(CTO)をしていたが、規制への対応で金融庁とやり取りすることも重要な仕事だった。法律のすき間を突いて技術を悪用する人も出て来るし、その結果規制が必要以上に強化されることもある。技術を社会実装するためには、もっと早い段階で政治への働きかけが必要だと思い、政治団体を立ち上げることにした」
管理者がいない非中央集権的な技術であるブロックチェーン普及を目的としている以上、政治団体を非中央集権的なやり方で運営することは譲れなかった。
ただし、政治団体は運営が自由な任意団体であるものの、設立届が選管に受理されなければ寄付を受けたり支出ができないと法で規定されている。また、法は設立届の受理の要件として、代表者と会計責任者、会計責任者の職務代行者の記載を求めている。
「非中央集権的な政治団体を運営しようとしているのに、代表者や会計責任者を置くのは、自己矛盾以外の何物でもない」
ここに、岡部さんの壁を越えるチャレンジが始まった。
改元と10連休が背中押す
政治団体の設立は、ずっと以前から頭にあったという。
2000年にはデジタルキャッシュをやりとりするオンラインゲームの運営に携わり、「デジタルキャッシュで得た利益の税金はどう計上するのか」と国税当局に照会したところ、「そんな問い合わせは初めてです」と言われた。
その後、人工知能(AI)囲碁を開発した時には、「AIが打った囲碁の棋譜の著作権はどこに帰属するのか」という問題が生じた。
「スタートアップで新しい技術に関わっていると、マーケットに送り出す前に将来の課題や規制の形が見えるけど、忙しいから放置してしまう。そして問題が起きてから慌てて動き出し、後手後手になる。問題に気づいたら発信して、政治に働きかけ環境を整備するべきだとずっと感じていた。でもなかなかできなかった」
そう話す岡部さんに今年、2つの機会が舞い降りた。
1つ目は、4月の株主総会で役職が「取締役CTO」から「取締役トークンエコノミー担当」に変わったことだ。
「CTOは技術全般を管轄するから、オフィスをあまり出られないし、まず会社のことを考えないといけなかったが、トークンエコノミー担当は概念の普及や啓発も業務に入るので、色々なことをやりやすくなった」
2つ目の機会は、改元に伴う10連休だった。
「連休中に政治団体設立に必要な手続き、法律を調べたり、規約を練ることができた」
政治団体名を「トークントークン」と定め、新しい時代を意識して改元当日の5月1日設立とした。政治資金規正法では「設立から7日以内に設立届を提出しなければならない」と定められているため、連休明けの7日、仕事の合間に東京都選挙管理委員会に届け出た。
受理と同時に代表自動辞任の“裏技”
設立届の代表者など役職者欄は空白。
「担当の方は興味を持って対応してくれたものの、総務省に照会した結果、受理されなかった」
それも織り込み済みだった岡部さんは、翌8日、10日にも都選管に出向き、総務省と協議してもらいながら、アドバイスを基に規約を書き直した。その結果、届出時は代表者が存在するが、「受理と同時に代表者、会計責任者(いずれも岡部さん)、会計責任者の職務代行者(岡部さんの妹)は全員自動的に辞任する」ことを規約に盛り込み、トークントークンの設立届は13日、都選管に受理された。
具体的には、以下のことを規約に盛り込んだ。
- 設立届提出までは代表者、会計責任者、会計職務代行者を置く
- 設立届が受理されたら全員自動的に辞任するように規約に定める
- その後、本会は代表者の定めのない権利能力なき社団として活動するよう規約に定める
- 報告書等を提出するために代表者や会計責任者等が必要になったら会員は誰でも代表者や会計責任者になって報告書などを提出できるように規約に定める
- 報告書等を提出したら全員自動的に辞任するよう規約に定める
辞任したくてもできない法の壁
設立届が受理され、岡部さん(と妹)は規約に従って自動的に辞任し、晴れて「代表者のいない政治団体」が成立した。岡部さんによると、日本で初めてのケースだという。政治資金規正法は代表者や会計責任者の変更にも異動届の提出を求めているため、岡部さんは設立届と同時に、役員辞任の異動届を選管に提出した。
だが、異動届は受理されたものの、現役員が辞任するだけで新たな役員を記載しない「異動届」に関しては、14日に都選管から「受理しない」方針が岡部さんに伝えられ、15日に郵送で戻ってきた。
つまり岡部さんは規約では代表ではないが、政治資金規正法上は代表という状況に置かれたことになる(妹も同様)。
いずれ仮想通貨での寄付も出てくる
岡部さんは14日、総務省選挙部政治資金課を訪問し、担当者と協議。自身の問題だけでなく、トークンエコノミー普及に伴い考えられる問題についても、議論した。
「今後、ビットコインやトークンを政治家に寄付しようとする人も絶対に出てくる。仮想通貨による匿名の寄付をどう扱うべきかなど、課題は山ほどあります」
17日には弁護士会館に赴き、東京弁護士会などに人権救済を申し立てた。
「政治団体は運営形式が自由な任意団体です。一方で政治資金規正法は、代表者を一人置くことを強制し、非中央集権を理念とする政治団体を差別している。これは憲法21条の結社の自由に反すると主張しました」
自分が寄付したい政治団体を形に
現在、トークントークンの会員は岡部さんと妹の2人だ。
「本当はブロックチェーンの普及に取り組む人と活動をしたいけど、少なくとも設立届が受理されるまでは、他人を巻き込むと迷惑をかけるかもしれない。設立届の受理には2人以上の役員が必要なので、妹に事情を話して協力してもらった」
今後は会員を増やし、政策提言にあたっても提言したい人が自由に内容をつくり、コインで投票し自動採用する形にするなど、ブロックチェーンやスマートコントラクトの仕組みを運営に取り入れていきたいという。
本業の役職が替わり、時間をつくりやすくなったとは言うが、それでも仕事をしながら規約を作り、選管や総務省、弁護士会館にほぼ1日おきに足を運び、さらには自分でプレスリリースを作成し、記者クラブに持って行って投函するなど、この取り組みに膨大な時間を費やしている。
岡部さんはその動機を、「特定の企業のためではなく、トークンエコノミー業界全体の発展のための政治活動は必要。そして自分だったらどんな政治団体に寄付をしたいかと考えたとき、スマートコントラクトベースで運営され、代表者や会計責任者がいなくても会計処理がすべてオープンになっており、誰でも会計処理ができるような姿だった」と話す。
トークントークンは規約に、団体の目的をこう記載している。
「本会は非中央集権団体を誰でも簡単に設立運営できるよう法改正し、その為の技術的、政治的、経済的、文化的障壁を解消することを2025年までの目的とする」
岡部さんは、「そのような政治団体の立ち上げを自分でやってみることで、非中央集権の団体を現行法でどのように運営するかの知見を蓄える、まずはそこからですね」と話した。
文・写真:浦上早苗(一部写真はshutterstock)
編集:佐藤茂