パレスチナ自治区ガザに対するイスラエルの空爆が続く中、パレスチナ人に向けて援助資金を送ろうとする試みの一部が、「ベンモ(Venmo)」によって妨げられたり、保留されている。
ベンモはペイパルが保有する、アメリカで人気の個人送金アプリだ。イスラエル・パレスチナ紛争をめぐる問題は複雑で、それについてこの記事で触れることはしない。
しかし、今回の送金をめぐる問題は、ベンモやペイパルなどの送金サービスに内在する金融検閲のリスク、そしてデジタル化によって金融ツールの影響力がさらに広範に及ぶ中、防護柵を設計することの難しさを浮き彫りにしている。
ベンモがブロックした送金
「パレスチナ救済」あるいは関連する言葉のついた送金を拒否、あるいは一時的に保留されたユーザーたちがSNSに投稿したことで、ベンモの方針が明らかとなった。
ベンモは送金をブロックしたことを認め、国際的テロやその他の犯罪に向けた金銭的サポートを阻止するためのアメリカの制裁関連の法律を、その理由に挙げた。米メディアのビジネスインサイダーによれば、米財務省外国資産管理局(OFAC)が管理する制裁リストには、「パレスチナ救済」や同様の言葉を含む名称の複数の団体が含まれる。
このような選り分けは明らかに憂慮すべきものだ。ガザ地区の状況は非常に切迫している。ニューヨーク・タイムズによると、イスラエルの空爆により少なくとも212人が死亡、多くの建物が崩壊し、電気システムやその他の基礎的インフラも損害を受けた。何十年に及ぶ制裁と孤立のため、ガザ地区のインフラや不可欠な設備はすでに、今回の空爆開始前から劣化していた。
自分たちの手の届く範囲をはるかに超えた紛争によってもたらされる厳しい影響に苦しむ人たちに、人道的援助を差し出したいと思うことは、道徳的に物議をかもすべきではない。欧米の市民感情に見られる、より大きなシフトの中、パレスチナ人への金銭的援助は著しく増加しているようだ。
それでも、パレスチナへ救援金を送ろうとする個人は、デジタル化、グローバル化の進む私たちの社会が直面する、より広範な問題を浮き彫りにするような理由から、大きな壁に直面している。
「自称」支援団体
Islamic Relief、オックスファム、国境なき医師団など、長い歴史と評判を持つ多くの支援組織がパレスチナで活動しており、寄付先の候補としては優れている。しかし、パレスチナやその他の地域において、「支援」をかたる組織が寄付金を医療や食料援助に使う代わりに、武装集団への資金提供に利用しているとする報告もある。そのために、「Palestinian Relief Society」など、少なくともアメリカ政府によれば名称と実態にズレのある組織が、OFACの制裁リストに掲載されている。
そのような欺きは新しいものではなく、武装集団は資金確保のために他にも多くの戦略を持っている。しかし、SNSの時代は、人道支援をうたった寄付集めや、資金確保のためのその他の詐欺を深刻化させている。
私たちは現在、遠く離れた場所で起こっている悲劇をかつてないほどに知ることができ、金融テクノロジーにおける革新のおかげで、ボタンをクリックするだけで何か行動を起こすこともできる。メインストリームの消費者向けのサービスを使って、携帯電話から世界の一部の地域の個人に、直接送金することすらできるのだ。小切手を書き、支援組織に郵送するという、面倒でミスが起こりがちなプロセスに比べれば、大きな前進だ。
しかし、このような進歩は、もろ刃の剣であることも分かってきている。心を動かされて支援したいと思った遠くの人の本当の動機、さらには身元を確実に知ることは、いまだに困難または不可能な場合もある。誤解を恐れずに言えば、義援金の悪用は、本当は存在しないガンのためにクラウドファンディングを利用して、集まったお金で旅行に行ったり家を買うよりも悪質だ。
誰が「善」と「悪」を決めるのか
ベンモをめぐる今回の問題に関して特に不思議なのは、ユーザー自身が入力したデータを利用して(ユーザーは選り分けを回避するために、タグを変更できる)、問題がある可能性のある送金を選別している点だ。特定の受取人をブロックしているのではない。それは、OFACの制裁を遵守するための方法としては非常に不備があり、悪用され得るものだ。
ジョージワシントン大学のウィリアム・ラフィ・ユーマンズ(William Lafi Youmans)教授は、送金申し込みの際に別の用語を利用するだけで「送金禁止を回避するのは非常に簡単である」ことを示してみせた。これこそまさに、誠実な動機を持った寄付者が簡単に門前払いを食う一方、犯罪者たちは容易に回避できるような、穴だらけの選別方法だ。
しかし、この問題において、ベンモに関しても、より一般的な場合に関しても、明白に優れたアプローチをまだ誰も提案できていない。暗号資産はしばしば、犯罪者に力を与えているとして悪評を被ってきた。(ランサムウェアの急増に伴い、初めて、この評判が明らかにその通りとなっているのかもしれない)
しかし、より幅広い視点に立てば、より速いスピード、使いやすさ、あらゆる支払い経路の細かさは、悪用だけでなく善にとっても新たなチャンスを生む。
大きな規模で善を維持し、悪を阻害するには、ベンモが利用していると思われるAIシステムを含めた、厳しく広範な監視と、ユーザーを特定し、そのアクティビティをトラッキングするための絶え間ない努力が必要となる。それは明らかに、人々のプライバシー、そして究極的には、自分のお金を使いたいように使う自由にとっては大きな打撃だ。ベンモの場合で明らかになった通り、そのようなシステムは行き過ぎやエラーを犯しがちだからだ。
さらに深刻な問題は、誰が「善」と「悪」を決めることができるのかという点にある。例えばOFACのリストは、アメリカの政治的利益を促進するために使われている、極めて政治色の強いものだ。本当に悪質な人々を罰するのに非常に効果的ではあるが、グローバル金融システムに誰が参加できるのかについて、最終決定権を持つものではない。
暗号資産の強み
政府、あるいはOFACのリストのような政府の指令を遵守しなかった場合に責任を問われる企業によって支払いシステムが管理されている場合には、監視や検閲をめぐるそのような厄介な決断は、避けて通れない。
ビットコインや同様の暗号資産は、そのような圧力に直面することはない。法的に責任を持つ個人や組織とは関連がないからだ。同時に、ベンモが顧客を検閲したのと同じように、暗号資産の支払いを阻止することは、技術的に不可能だ。
他のメリットと並んで、このような防護柵の欠如のためにビットコイン(BTC)は、制裁のせいで圧倒的に非銀行利用者層の多いガザ地区の一般市民にとって極めて便利なものとなる。ガザ地区の住民は法定通貨すら持たず、日常的には主にイスラエルの新シェケルを利用している。
しかし、ここでも「もろ刃の剣」問題が浮上する。
ハマスが暗号資産で調達する資金
現在進行中の戦闘で、約20人のイスラエル人を殺害したパレスチナ武装勢力のハマスは、暗号資産を資金調達に利用している。2019年にはある専門家が、ビットコインマイニングでハマスの予算は19万5000ドル増加したと推計した。従来型メディアが犯罪者やテロリストによる暗号資産の利用を強調し過ぎるのは確かだが、実際に起こっているのも本当だ。(ちなみにハマスは軍事行動だけでなく、ガザ地区において社会事業も行なっている)
善と悪を選別する本当に効果的な手段が存在しない中、ベンモによる選別や彼らが利用している政治色の強い基準が象徴するようなずさんなコントロールよりは、中立的な金融インフラの方が好ましいかもしれない。デジタル時代以前には、紙幣やその他の無記名証券がそのような中立的インフラであったが、将来的に同じ役割を果たせるのは、暗号資産しかない。
最後に、パレスチナの人たち向けの食料、医療、避難所にまつわる緊急支援に関心がある人には、パレスチナで救援活動を行う評判の良いNGOの優れたリストがこちら(英語)から確認できる。
デイビッド・Z・モリス(David Z. Morris)は米CoinDeskのコラムニスト。
※本稿において意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、coindesk JAPANの見解を示すものではありません。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Venmo’s Censorship of Gaza Payments Makes Case for Neutral Platforms