ビットコインを法定通貨にするというエルサルバドル大統領の提案は、先進国の関係者の間では当然とも思われる困惑と懐疑をもって迎えられた。
イギリスのBBCに出演した米ウィラメット大学法学部のローハン・グレイ教授は、こう指摘した。
そのような動きに出る国家は、自国の政策分野に対する自治権と統制権を、通貨に期待される役割を果たしてきた実績を持たないネットワークに明け渡すことになる。同ネットワークは、不安定で、説明責任を持った主体が不在のまま価格安定性と流動性安定性をもたらすという。
しかし、今回の提案は、価格や流動性が比較的安定した状態を享受する国々に暮らす恵まれた人たちの目に映るほどには、クレイジーなものではないのかもしれない。少し大局的な視点で見てみよう。
かげりを見せる米ドルの威力
エルサルバドルのような国々は、自国の通貨システムへの信頼において苦戦してきた。とりわけエルサルバドルは、他に同じような国がない訳でもないが、すでに2つの公式通貨を持っている。自国で発行されるコロンと、米ドルだ。形式的には、どちらも公にも民間でも使えることになっているが、国民は実際には、米ドルを商業に使い、コロンは「テーブル飾り」として使っていると、現地のビットコイン支持者は話す。
アメリカ以外の国が米ドルを採用し、経済を「ドル化」する理由は、米ドルの方がより安定していて、信頼できると考えられるからだ。なんと言っても世界的な準備通貨であり、世界中の中央銀行や企業の預金の大半、そして度合いは下がるが個人の預金の多くも占めているのだ。
アメリカは絶頂の時でもインフレ的な通貨政策を実施し、2008年の世界金融危機の時には、量的緩和などを利用した非常に実験的な通貨政策を実行してきた。現在では、中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が、金利を低く抑制するために国債を直接引き受け、購入しているが、それでもドルが国際的な準備通貨であることは変わらない。
米ドルの運営方法をめぐる現在の実験的な判断は、最終的に上手くいくかもしれないし、失敗するかもしれない。それはまだ分からない。
しかし、米ドルを自国通貨よりも予測可能なもの、価値を保つ可能性が高いものと捉えてきたエルサルバドルのような国々にとって、アメリカ政府の実験的な政策の継続は問題となる。
これらの国々は、比較的に安定していることと、通貨政策が予測可能であることから、米ドルに期待してきた。しかし、最近では自分たちではコントロールできず、自国の利益にはならない運営がなされる実験的な通貨と捉えるようになってきている。
そこで、ビットコインだ。
ビットコインへの期待
エルサルバドルのような国にとって、ネットワーク参加者の過半数の賛成なしには変更できない、固定された長期的方針を持つビットコインは、強力な米ドルに代わる魅力的な存在に映る。
先週末、米フロリダ州マイアミ市で開かれた「Bitcoin 2021」の業界会合で発表されたナジブ・ブケレ大統領の計画に対して、同会合に出席していた、ビットコイン決済を手がけるZap社のジャック・マラーズ最高経営責任者は、「前例のない拡張的通貨政策」への反応と捉えた。
Zap社はエルサドルバドル政府と連携している。マラーズ氏は、行き当たりばったりに紙幣を増刷することで、エルサルバドルなどの「新興経済に壊滅的な打撃を与えている」として、FRBを非難した。
マラーズ氏のマイアミでのプレゼンテーションに含まれていた、ブケレ大統領の提案からの引用によれば、「各国中央銀行は、エルサルバドルの経済安定に打撃を与えるような行動をますますとるようになっている」
「中央銀行から受けるマイナスの影響を緩和するために、中央銀行によってその供給を管理されず、客観的で計算可能な基準だけに従って、その供給が変更されるデジタル通貨の流通を認可することが必要になっている」と、引用は続いた。
米ドルとは異なり、ビットコインの供給は今も、来月も、100年後も、前もって正確にモデル化可能だ。約10分ごとに、決まった数の新しいビットコインが生まれる。4年ごとに、生み出されるビットコインの数は半減し、ビットコインの数が2100万を超えることはなく、その数に達するのは100年以上先のことだ。
これらすべてが現在分かっているということは、大きな意味を持ち、ドルを含めたいかなる政府発行の通貨とも著しい対照をなしている。
政府発行の通貨の抱える問題は、「誰が」コントロールしているかではなく、「誰でもが」コントロールできる可能性があるという点なのだ。
アメリカや大半の国々では、自国の利益になるように通貨を管理しようとベストを尽くす。少数のしっかりとした実績を持つ人たちの集団がコントロールしている。20年前、ブケレ大統領の前任者たちは、自らにはそのような仕事は任せきれないと考え、米ドルをコロンと並ぶ法定通貨とした。
そのように経済を「ドル化」することは、「自国通貨向けの我が国の通貨政策は、それ一つにすべてを任せられると思えるほどには信用できず、安定もしていない。そのため私たちはブラックマーケットに力を与えずに、人々が取捨選択できるようにするために、私たちの管轄外の通貨をサポートすることにする」と宣言しているのと同じことだ。
20年前には、そのような目的のために米ドルを使うのは合理的判断であった。主にアメリカの利益のために運営されていたが、他の通貨に比べれば、堅固で退屈、信頼できて、利用可能なオプションの中では最もマシなものであった。
未知の領域
現在、ドルは実験的な通貨政策の先頭を行っている。セントルイス連邦準備銀行のデータによれば、ドルの供給量は過去10年間で2倍以上に増加し、4月には20兆ドルになった。
その半分近い11兆ドルの増加は、新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的影響に対処するために、過去18カ月に加わったものだ。
こうして見ると、ビットコインの方がより「安定した」通貨のように見えてくる。どんな集団や人々の利益のためにも管理されてはいない。ただ存在するだけだ。
ビットコインのボラティリティが高いと言われる時、それは通貨政策のことではない。ドル建てでの現在価格のことなのだ。
国際的な準備通貨であるドル、そして他のあらゆる通貨も、短期的な政府のニーズによってその方向性が決められているように見せる世界において、それとは違うものの本当の価値とは何だろうか?
エルサルバドルにとっては、答えを出すために試してみる価値のある疑問であったようだ。私たちも皆、その答えを目にすることができるだろう。
アダム・レヴァイン(Adam B. Levine)は米CoinDeskのポッドキャストエディター。当記事で表明される見解は彼個人のものである。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:Bitcoin as Legal Tender? Why El Salvador’s Plan Isn’t as Crazy as You Think