高頻度取引(High-Frequency Trading=HFT)は、資本市場の中でも最も難解で、たびたび誤解される要素の1つだ。マイケル・ルイス氏の著作『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』で一般によく知られるようになったこの取引は、スピード、技術革新、秘密と同義である。
HFTクオンツファンドは、投資エコシステムの中でも最も不可解な組織の1つであり続けている。HFT企業をめぐる難解さは、この分野における競争の激しさ、チャンスの短さ、そして、一度よく知られてしまったら、急速に是正されてしまう可能性のある短期的な市場の非効率性によって決定づけられている。
しかし、暗号資産、具体的には分散型金融(DeFi)がHFTのルールを書き換えることができたらどうだろう?壮大な話に聞こえるかもしれないが、DeFiに関して言えば、実は実用的なのだ。
株式、コモディティ、通貨、デリバティブのいずれの資産クラスでも、ダークプール(見えない流動性)への接続性やオーダーフローフィード、アルゴリズムステーブルコインなどの広まっているその他の要素など、同様のインフラでHFT戦略は機能する。
ブロックチェーンプロトコルに基づくDeFiは、HFT戦略のダイナミクスを変化させるフィンテックだ。既存のHFTの原則に挑むが、既存の業界に新たな側面も与えてくれる、新しいルールを伴ったHFT戦略の新たな遊び場となる。
バグではなく特徴
HFTはしばしば、資本市場のインフラと、特定の金融商品の仕組みに潜む非効率性の副産物と捉えられる。
では、HFTや裁定取引などの一部のバリエーションを、主要な特徴と考える新たな金融インフラが生まれたらどうだろう?
ユニスワップ(UniSwap)やスシスワップ(SushiSwap)、バランサー(Balancer)などのDeFiの自動マーケットメーカー(AMM)が、これに当たる。流動性プールにおける価格を適切な水準へと回復するために、裁定取引をメカニズムとして活用しているのだ。
AMMが実行する取引メカニズムは、市場公正価格を回復するのに、多くの変換を必要とする可能性があるため、資本効率性は低いが、確かにHFTに異なる側面を加えている。AMMなどの新たな金融の手段の中核に、HFTの仕組みを組み込むというアイディアは、DeFiにおける革新的なコンセプトだ。
フラッシュローンは、HFTを主要なユースケースとして作られたようだ。1つの取引で大量の資本プールをリクエストできることは、最初から大量の資本プールを必要とせずに、様々なタイプのHFT裁定取引戦略を可能にするための鍵となる。AMMとフラッシュローンを統合することで、人気のHFTボットとなったフラッシュスワップなどのプロダクトが可能となった。
プライベートプールインテグレーター、アルゴリズムステーブルコイン、DeFiインデックスなどのその他のDeFiプロトコルは、HFTのシナリオに理想的であるように思われる。DeFiの世界においては、HFTは想定されるものであり、場合によっては歓迎すらされるのだ。しかし、それは異なるタイプのHFTだ。DeFiはHFTのダイナミクスを、スピードだけが重要ではない環境へと変えたのだ。
もはやスピードだけではない
その名前の通り、取引スピードは常にHFTテクニックの特徴であった。そのことは、メリットであると同時にデメリットでもある。HFT市場は、根本的な技術革新よりも、スピードにおける小さな優位を獲得することを中心として進化してきたからだ。
DeFiの場合には、取引スピードは非常に大切ではあるが、HFT戦略の成功のための唯一の要素と言うにはほど遠い。DeFiのプログラム可能でオンチェーンという性質は、HFT戦略の成功と失敗を決定づける新たな側面をもたらす。
DeFiにおけるHFTと、伝統的資本市場の構造の間には、多くの違いがあるが、DeFiにおけるHFT戦略のデザインと実行に新たな側面を加える要素を5つ見ていこう。
ブロックタイムスピードという要素
DeFiにおけるHFTの最もシンプルな定義は、すべてのブロックで取引を実行する戦略だ。伝統的市場においては、HFTの優位を制限するために人気の高いソリューションの1つに、取引遅延の導入がある。DeFiにおいてはそれが、インフラに最初から備わった能力なのだ。
取引透明性という要素
一人が実行しようとしている取引を全員が見ることができ、同様に競争相手の取引を見ることができる場合、どのようにHFT戦略を組み立てれば良いのか?
透明性が、伝統的資本市場と比較した場合のDeFiにおけるHFTの性質を変える。トレーダーは、攻撃的な競争を前後に実行したり、代替戦略と競い合うような他の戦略を伴う激しい攻撃のためのDeFiネイティブの仕組みを構築しなければならない。
コストという要素
裁定取引をする人たちが取引の入札を行う、悪名高き「プライオリティ・ガス・オークション(Priority Gas Auction:PGA)」は、イーサリアムブロックチェーンのガス代の高騰、そしてその結果としての、バイナンス・スマート・チェーンやソラナ(Solana)、ポリゴン(Polygon)など、他のブロックチェーンランタイムの普及の広まりと結びつけられる要因の1つである。
HFTの観点から言えば、戦略は特定の取引の裏にあるアルゴリズムのロジックだけではなく、それに関わるコストも検討する必要がある。多くのシナリオにおいて、完璧に実行可能なHFT取引が、取引実行にまつわるコストのために経済的な実行可能性を失うこともあるのだ。
MEVという要素
MEV(マイナー抽出可能価値)はここ数年、DeFiで最も議論されるコンセプトの1つとなっている。『Flash Boys 2.0』という論文でフィル・ダイアン(Phil Daian)氏らが最初に名付けたMEVは、特定のオーダーにおけるブロック内に取引を配置できる能力に基づいて、マイナーが得ることのできる利益のことを指す。
MEVは、暗号資産経済学における重要なコンセプトであり、DeFiにおけるHFT戦略に大いなる意味を持つ。ブロックにおける最終的な取引の配置の決定のために、マイナーの経済的利害に依存することによって、MEVはDeFiにおけるHFT戦略に制約を課す。
単純明快だ。完璧に上手くいく可能性のあるDeFiのHFT取引が、マイナーが別の裁定取引者に有利な順番で取引を配置したせいで、損失を生むこともあり得るのだ。
さらに、MEVは完全に不明瞭なもので、あらゆる取引は、経済的利害がHFT戦略とは相容れない可能性のある参加者に依存することになる。最近では、フラッシュボッツ(Flashbots)やアーチャーダオ(ArcherDAO)などのプロトコルが、MEVの影響を緩和するために、より透明性があり、定量化できるダイナミクスを生み出そうとしている。
基盤となるプロトコルという要素
伝統的資本市場においては、HFTトレーダーは長年にわたって確立されてきた異なる各資産クラスをまたいで、比較的一貫したインフラを相手にする。DeFiの世界では、新しいプロトコルやランタイムを伴って、常に変化しているインフラに対処する必要がある。常に変化する安定しないインフラは、DeFiにおけるHFT戦略に困難を投げかけると同時に、市場に参入する新しいプロトコルが非効率だとすれば、新たな機会の波を生み出す。
HFTのための新たなアリーナ
DeFiは、HFT分野で革新を引き起こす可能性のある、最高に奇抜な技術的進化の1つを象徴している。新しい金融プロトコル、ブロックチェーンランタイム、そして一流の要素としてプログラム可能性を伴う新しいインフラによって、DeFiはHFT戦略にとって理想的な環境となっている。
しかし、DeFiにおけるHFTは、従来型資本市場とは異なる。ブロックタイムスピード、コスト、透明性、MEV、基盤となるプロトコルの性質などの要素が、DeFiにおけるHFTに異なるダイナミクスをもたらす。
DeFiにおけるチャンスを十分に活かすためには、HFT戦略は実行スピードだけに頼り続けることはできない。DeFi分野独特の特徴に合わせて作られた技術革新を活用する必要がある。DeFiにおけるHFTは、単にフラッシュボーイズのHFTではない。より透明性があり、技術的に複雑で、そして率直に言って、知的により興味深い。
ヘスース・ロドリゲス(Jesus Rodriguez)は、暗号資産向け市場情報プラットフォーム、IntoTheBlockのCEOである。主要テック企業やヘッジファンドなどで、指導的役割を果たした経験も持つ。活発な投資家、講演者、作家であり、ニューヨークのコロンビア大学で客員講師も務めている。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:DeFi Is the Next Frontier of High-Frequency Trading