NFT(非代替性トークン)は、インターネットとブロックチェーンに次いで人生で3番目に大きな出会いだ──GMOインターネットグループ代表の熊谷正寿氏は6月の記者会見でこう話した。
北米や欧州、東南アジアで急成長しているNFTビジネス。日本でもビッグテック企業が今年、NFTを発行・取引できるプラットフォームの運営を開始し、プロ野球チームや音楽家、YouTuber、アニメやゲームなどのIP(知的財産)ホルダーがNFTの活用を続々と始めている。
NFT(ノン・ファンジブル・トークン=非代替性トークン):ブロックチェーン上で発行される代替不可能なデジタルトークンで、アートやイラスト、写真、アニメ、ゲームなどのコンテンツの固有性や保有を証明することができるもので、NFTを利用した事業は世界的に拡大している。
GMOは日本最大級のインターネットコングロマリットとして、インフラ事業、広告・メディア、ゲーム、金融サービス、暗号資産(仮想通貨)取引サービスなどを展開しているが、8月にNFTマーケットプレース「Adam byGMO」をローンチさせた。
世界中でNFTのさらなる成長が期待される中、NFT市場の展望と事業戦略について、熊谷代表に聞いた。
IPホルダーの復権の場
──NFT市場は今後1~3年でどう成長していくと予想していますか?
熊谷代表:定量的に予測することは難しいですが、間違いなく劇的に大きな流れになっていき、世の中を変えていくだろうと思っています。
現在、NFTが注目されているのは、改ざん不可能で唯一無二の証明ができるものだと言われています。確かにそれはそうだろうと思います。それ以上に、スマートコントラクトで様々な課金のプログラムができるということが、僕が一番注目している点なんです。
今までの世界では、例えば本で考えますと、本を一時流通で買った場合、お金は書店と出版社、著者(著作権者)に支払われます。二次流通で、例えばブックオフで売ったら、書店や著作権者、出版社にお金が支払われることはないですよね。
二次流通でお金が入ってくるのは、その本を売った人とブックオフだけです。
この流通網をスマートコントラクトで設計しておくと、二次流通でも三次流通でも最初のIPホルダーにお金が支払われる仕組みができます。今までのインターネットで知名度は上がっても、収入を増やすことができなかったIPホルダーの方々の復権の場になるだろうと思っています。
ここが一番注目している点です。
例えば、アートであれば、二次流通はサザビーズやクリスティーズなどでのオークションだったわけです。そこで1億円や10億円の値がついたとしても、著作権者には支払われることはないです。アート作品を売った所有者とオークションハウスにお金が入るだけですよね。
スマートコントラクトで行われれば、永遠に最初の方々にお金が入ることになるわけです。これは世の中のお金の流れを変えることになります。IPホルダーに新たな収益源をもたらして、さらなる創作活動に資金が回ることになるわけです。
クリプト領域の小さい話ではない
──Adam byGMOが他のNFTマーケットプレースとの差別化を行う上で、重要な戦略とは何か?
熊谷代表:ビジネスでは当たり前の話ですが、コンシューマーにとっては、誰もが、いつでも、どのような通貨でも使えるものにしていきます。IPホルダーにとっては、どんな方でも、いまの使いやすい課金体系が管理しやすく設計します。
(NFTの取引決済において)クリプト(暗号資産)に限るのは馬鹿げた話です。クリプト領域の小さな話ではないです。多くの人はスマートフォンで生活をしたいと考えるでしょう。
例えば、僕のスマートフォンに入っているのは、銀行のデビットカード。あるいはアメックスのクレジットカードが入っています。ポケットの中には、お札と小銭が入ってます。これ、全てがスマホでいいじゃないですか。ですから、やがてすべてはスマホに入っていくでしょう。
その壮大な実験の一つがクリプトなんですよ。ブロックチェーンのテクノロジーなんです。歴史の流れから見て、僕らは6、7年前から暗号資産に参入しているわけです。
GMOの暗号資産取引サービス事業:GMOは2016年に、暗号資産交換業を運営するGMOコインを設立。ビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、リップル(XRP)など10種類以上の暗号資産を取り扱っている。
熊谷代表:通貨はそもそも石だったり、金の時代もありましたよね。それが紙と硬貨になって、カードになってきたり……最終的にスマホに入ってきてもいいじゃないですか。たぶん、そうなるんじゃないですか。
Adam byGMOでは、法定通貨だけ、あるいはクリプトだけの決済などという小さいことは考えていないです。なんでも、使いやすい決済ができるようにしていきます。
──スマートフォンであらゆるサービスを可能にするアプリ、いわゆる「スーパーアプリ」は、国内外で誕生してきています。GMOインターネットグループにおいて、NFTマーケットプレースはどのような存在になっていくのでしょう?
熊谷代表:僕らはインターネットのサービスインフラを提供して、結果として、多くの方々に使って頂くという考え方です。
僕ら(GMO)がコンシューマーに対して、例えば、LINEさんのような価値提案を行うことはないです。僕らはインターネットの裏方です。前面に出て、そのような価値提案をすることは、これからもないです。
LINEのトークンエコノミー構想:国内で約8900万人のユーザーを抱えるLINEは、トークンエコノミー構想を掲げ、子会社のLVCを通じて独自のブロックチェーン「LINE Blockchain」と、暗号資産の「LINK」を開発した。開発企業は、LINEのブロックチェーン上でアプリやサービスを運営することができる。LVCは暗号資産交換業者として、暗号資産の取引サービス事業も運営している。
アートの大衆化と取引の超高速化
──北米市場では、「NBA Top Shot」や「Bored Ape」など、NFTのヒット商品が注目を集めてきています。NFTブームの裏側で、いったい何が起きているのでしょうか?
熊谷代表:Bored Apeが流行していたりしてますが、あれは、クリプト業界の一部の方が投機目的に購入しているように見えます。例えば、アートという広い世界で考えると、アートが大衆化してきているという流れがあります。
昔は王様や貴族などの一部の人が、谷町としてお金をアーティストに渡して、アートの制作活動を支援していた。彼らは自分たちでアートを鑑賞して、楽しんでいたわけです。
やがて、イギリスでは大英博物館が、フランスではルーブル美術館ができて、一般の人も入場料を支払えば、アート鑑賞ができるようになった。これによって、アートは一歩、大衆化したわけです。
さらに時を経て、アンディ・ウォーホルのようなポップアーティストが登場してきます。シルクスクリーンの技法を使って、アメリカ社会を象徴するアート作品をつくって、大衆化しました。
シルクスクリーン技法:キャンバスにアクリル絵具で描くのではなく、カラフルな色彩で同じ図版を大量に生産する技法のこと。代表的なアーティストには、アンディ・ウォーホルやヒロ・ヤマガタがいる。
熊谷代表:今いちばん大衆化しているのは、グラフィティだと思います。スプレーの落書きです。バンクシーが代表的なグラフィティ・アーティストですよね。アートは大衆化の歴史を歩んでいるわけです。
投資した人はアートを趣味で持ったり、値上がりを期待して保有します。サザビーズやクリスティーズのオークションで売って、利益を得る投資家もいます。
アートの大衆化と投資の歴史が、NFTになってきているわけです。そして、誰もがアーティストになれるようになった。NFTを購入する人の行動を見ると、購入したNFTを自分のソーシャル用のアイコンに使って、飽きたら売却する。これが高速で行われています。
昔のアートの流通はもう少しゆっくり行われていたのです。NFTの取引高が急増しているのは、買った後にすぐに売る人が多くいるからです。アートの大衆化とアートの取引が、NFTによってものすごく高速化しているわけです。
NFTの取引高:ブロックチェーン分析会社のDappRaderがまとめたレポートによると、2021年第3四半期(7~9月)のNFTの取引高は107億ドル(約1兆2000億円)で、前四半期から700%以上も増加した。
熊谷代表:日本においては、どんなNFTの取引が増えるかは分かりませんが、NFT取引の高速化は見られるだろうと思います。僕らは黒子ですから、NFTのマーケットプレースを提供することに重点を置いています。きっと、人気を集めるものがうちのマーケットでも売り買いされるのでしょう。
海外企業を買収することはない
──マーケットプレースのAdam byGMOは、英語と中国語にも対応するとしています。今後、中国語圏や英語圏のユーザーを取り込み、海外事業を強化する上で、海外企業とのアライアンスやM&A(合併・買収)の可能性はありますか?
熊谷代表:あまり考えていないですね。独自で進めていく能力があると思っています。M&Aというより、僕らは仲間づくりと呼びますが、この仲間づくりというのは簡単ではないです。
言語や生活習慣の違いもあり、海外の会社を買収して、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーションの略語で、M&A後の統合プロセスを指す)の難しさがありますよね。現に、PMIがうまくいっている企業を見たことがないですね。
僕はプロ経営者として、インターネット事業を20年以上やってますけど、海外企業を買収した日本企業で、PMIを上手にやってこられているところを見たことがないです。
中国語と英語のウェブサイトをオープンすれば、多くのことができます。現地に進出するようなビジネスモデルではないですよね。ただ、1億2000万人の日本市場に比べて、中国語圏や英語圏の市場は比べ物にならないほど大きいわけです。
国単位で商売をするというインターネット企業があるのなら、それは間違っていると思います。言語圏で商売をしているのです。
──国内では今年、複数のNFTマーケットプレースが創設されました。楽天は2022年にNFT事業に参入すると発表しています。改めてマーケットプレース事業を運営する上で、大切なこととは何でしょう?
熊谷代表:早く良いもの(マーケットプレース)を作り上げて、多くのユーザーと多くのIPホルダーに利用して頂くことが正しい戦略です。それはどのマーケットプレースでも同じでしょう。
あらゆるNFTコンテンツが、どのマーケットプレースでも取引できるようになるだろうと思います。
|インタビュー・テキスト・構成:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑