エルサルバドルのビットコイン政策が失敗している理由

暗号資産(仮想通貨)業界の問題ばかりを取り上げ、暗号資産の長期的な可能性を誠実に伝える私を含めた人たちを攻撃することでキャリアを築いたイギリスの作家デイビッド・ジェラルド(David Gerard)と、私の意見が一致することはまれだ。

しかし、バグまみれのウォレット「チボ(Chivo)」を伴った、エルサルバドルのブケレ大統領によるビットコインプロジェクトのお粗末なやり方について、ジェラルド氏の最近の主張の多くには、私も同意する。

雑誌『フォーリン・ポリシー』に掲載されたジェラルド氏の記事の見出しのように「茶番」と呼ぶことはないが、「ブケレ大統領が、エルサルバドル国民にビットコインのあらゆる点を忌み嫌ってもらうことを目指していたならば(中略)チボはそのための実験として機能している」という彼の指摘に同意しないのは難しい。

エルサルバドル政府が、ビットコインを法定通貨にするという物議を醸した法律が9月7日に施行される前に、400ビットコイン(BTC)を買って以来、約25%もビットコインが値下がりしたのは残念なことだ。

そのような値下がりと、チボの不具合の継続、法律の厳しい側面、政府のやり方に批判的な人物の逮捕などが組み合わさって、エルサルバドル国民に分配されたビットコインで小さな「銀行取り付け」騒ぎが起きている。(身分証明書を提出してウォレットにサインアップした国民はそれぞれ、30ドル相当のビットコインを受け取ったが、その価値は大幅に下落した)多くのエルサルバドル国民にとって、後味の悪い経験となるだろう。

暗号資産についてポジティブな主張をしたら、自らのブランド力を弱めることになってしまうジェラルド氏とは異なり、政府や思慮深い業界リーダーたちには、事態を好転させるチャンスがまだ残っていると思う。

エルサルバドルの実験は、同国の貧困に悩む庶民にとって、継続的な力の源へと進化する可能性がまだ残されているのだ。

しかし、それには考え方の転換が必要だ。エルサルバドル国民に対して、彼らが新しいビジネスやエネルギー開発モデルへと参加することを可能にする、地元に力を与える分散型戦略の一環がビットコインなのだということを、積極的に示さなければならない。

ビットコインは長期的に、海外の貸し手からのエルサルバドルの通貨面での独立を支えることができる。さらに、「自己主権型通貨」という約束が、何十年にもわたって貧困層を利用し、酷使してきた左派および右派の政治的、経済的エリートに対する貧困層の利害を高めることができる。

問題は、ビットコイナーによる支配的な「マーケティング」メッセージは、それをまったく伝えられていないという点だ。

調子外れのメッセージ

好むと好まざるとに関わらず、アメリカやその他の先進国の中流階級の間でビットコイン普及を押し進める価値提案は、「保有してリッチに」なれるというものだ。

これは、その日暮らしで、手にできる余分なお金はすべて即座に使ってしまうような人たちに伝えるには、見当違いのメッセージである。「貧乏なままでいることを楽しむ」というスローガンが場違いな環境があるとしたら、それは世界最貧国の1つにおける日々の暮らしという厳しい現実においてであろう。

暗号資産ムーブメント全体に汚名を着せようと、小さいが声高な意見を繰り返してきたジェラルド氏が、「だから言ったじゃないか」と悦にいっているのが目に浮かぶようだ。

しかし、エルサルバドル(やその他の場所)の貧困層にとって、ビットコインは役に立たないと考えているとしたら、それは間違いだ。私は決してそんな風には考えていない。

重要なのは、ビットコインがエルサルバドルで、何の目的のために、どのように導入されるかだ。そこが、エルサルバドルにおけるメッセージと導入のデザインが大いに失敗した点である。

失敗の理由は、エルサルバドルのような国で人々が政府に持つ根深い不信感と、その結果としての彼らと通貨の緊張をはらんだ関係を考慮しなかったからだ。

エルサルバドル、エクアドル、ベネズエラで米ドルが使われるのには理由がある。私もかつて6年間暮らしたアルゼンチンが、1990年代を通じて事実上ドル化していたのにも理由がある。

これらすべての国において、世界の準備金通貨であるドルを国家での交換手段として使うのは最後の手段であり、ハイパーインフレと、不安定な為替レートの歴史がもたらした、制度の深刻な機能停止のサインである。国民が、政治信条に関わらず、自国リーダーと、彼らと協力する銀行を信頼して通貨の管理を任せられないという証なのだ。

アメリカのビットコイナーにとっては、米ドルは放漫なFRB(米連邦準備制度理事会)による罠のシンボルだ。しかしサルバドル国民にとっては、安全性や、政府による乱用からの逃避を象徴するものであり、正式なドル化によって、何十年もの慢性的なインフレに打ち勝った後、2001年から比較的価格が安定している理由なのだ。

1日に5.5ドルの貧困ライン未満の収入で暮らす、国民の25%に当たる最貧困層のエルサルバドル国民にとって、そして高額な手数料と窮屈な身元確認要件によって、銀行はわずかな預金を管理するのに役立たない存在である人たちにとって、安全性の最も明らかな表れは、紙幣にあるのだ。

そのような人たちに、政府にデジタル監視権力を与える可能性を持つ、不具合のある国営のチボウォレットを渡してみよう。そしてビットコインと呼ばれる奇妙な新通貨を30ドル相当あげると言っておきながら、そのウォレットの欠陥に対処しようと苦戦している間に、市場の動きによって、その価値から1日の給料分が消えてなくなってしまったとしたら?

エルサルバドル国民が今週、新しいチボのATMに列を作って並んでいるのは不思議だろうか?(Bitcoin Magazineさん、下のツイートにハートの絵文字が必要だったか疑問だ)

「エルサルバドルの#ビットコインATMに長蛇の列💛」

多くの人がビットコイン購入のために並んでいたとは考え難い。懐疑的な人たちが、家計の食費1カ月分に相当する確実な25ドルを、さらに値下がりする前に手にしようとしているように見える。

彼らが欲しがっていたのは、現金のドル紙幣だ。デジタルドルではないし、ビットコインでもない。長期的には、ホドル(保有)した方が良いと、私やあなたがどんなに信じていたとしても関係ない。

もちろん、皆が引き落とした訳ではない。ビットコインの回復に賭けた人たちも多くいるだろう。チボが接続できた幸運な人たちは、アプリ上でデジタルドルに変換したかもしれない。そうすれば、決済に使ったり、ビットコインやドル建てで送金や受け取りができる。エルサルバドルの実験はまだ、非常に初期段階なのである。

しかし、「月まで届くほどの値上がり」というナラティブを中心に築き上げられた期待が、市場の下落と技術上の問題によって打ち砕かれたという危険がある。問題は、価値提案そのものだったのかもしれない。

代わりのアプローチ

エルサルバドルへの売り込みは「ホドル(HODL)」ではなく「築き上げる(BUIDL)」であるべきだったのだ。トークンを分配する代わりに、市場での浮き沈みとは関係なく、日々の生活でどのようにビットコインを使い、個人の財産と、持続可能な繁栄を築き上げられるかを伝えるべきだった。

簡単に達成できる仕事は、チボを通じた、ビットコインまたはドルでの低コストでほぼ即時での送金の価値をより良く説明することにある。送金をしっかり実現させるには、アメリカや、エルサルバドルの人たちが住むその他の国々でのサービス提供業者との連携を必要とする。

しかし、チボはライトニング・ネットワークの低コストでほぼ即時の決済プロセスを使い、ユーザーのウォレットへドルやビットコインを送金するため、安価な送金の力をしっかりと証明することができる。

さらに大きな取り組みとしては、田舎で共同で所有する再生可能エネルギー発電所の開発の費用をまかなうビットコインマイニングプロジェクトの展開だ。エルサルバドルの豊かな地熱資源を生かすための小型地熱発電所や、太陽光発電、風力発電所などを支えるのだ。

国営の地熱発電所に接続されたマイニング施設を通じて、政府の財源のためにビットコインをマイニングする政府の「火山マネー」プロジェクトとは対照的に、エネルギーやその他のインフラの分散化という原則に沿った、ビットコインプロジェクトとする。地方コミュニティーに安定してビットコインを供給するだけではなく、地元経済発展の基盤となる、安価で持続可能な電力も供給するのだ。

そのような国家規模でのプロジェクトには、協調が必要となる。多くの地域で利益の出る活動を支配するギャングとの治安の問題の解決も必要となる。非政府の組織、そしておそらく外国政府が関与する必要もあるだろう。システムデザインと社会経済モデリングに基づいた、複雑な政策決定となる。

困難だが、実現可能だ。多くの人が信じる通り、ブケレ大統領の政府が国民から買い戻さなければならないビットコインの価値が近いうちに上がったとしたら、そのような未来に投資するためのリソースはたっぷりあるだろう。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Why El Salvador Is Botching Its Bitcoin Experiment