デジタルトークンという形であらゆるモノの価値がブロックチェーン上で取引される社会になろうとしている。アートやトレーディングカードは、その唯一無二の価値を証明するNFT(非代替性トークン)として、今では国境を越えて取引されている。
ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)をはじめとする暗号資産(仮想通貨)は、過去10年でその市場規模を拡大させてきた。すべての暗号資産の時価総額は300兆円を超え、ビットコインを一国の法定通貨とする国も現れた。
北米では、ブロックチェーン上に搭載されたスマートコントラクトが、金融機能の自動制御を実現し、銀行や証券会社がこれまで行ってきた一部の業務を必要としないDeFi(分散型金融)が生まれ、その市場に流れ込む資金は急増。
日本の大手金融機関もブロックチェーンを活用したフィンテックの開発を加速化して、金融の部分的な「破壊」と「創造」を進めている。その代表的なものがデジタル証券だ。不動産や株式、債券、企業などが持つ資産をデジタルトークンに紐づけ、そのトークンを気軽に取引できるプラットフォームを開発し、若い世代を惹きつける新たな金融商品が生まれようとしている。
有価証券に紐づくデジタル証券は、セキュリティトークンと呼ばれる。スマートフォンをタップして、あらゆるトークンを売買できる社会へとトランスフォームしようとしている中、デジタル証券は企業と個人の活動をいったいどう変えていくのだろうか?
三菱UFJ信託銀行は、ブロックチェーンを活用してデジタル証券の発行・取引を管理できるプラットフォーム「プログマ(Progmat)」を開発した。同行のデジタル企画室長の田中利宏氏と、Progmatのプロダクトマネジャーを務める齊藤達哉氏に、日本の「トークン金融」の近未来について聞いた。
飛行機、新幹線をトークンで所有する
──デジタル証券というものが気軽に、日常的に取引される社会をどうイメージしたら良いのでしょう。
田中氏:個人が簡単に買えるということになると、やはりスマホ経由で完結できる世界だろうと思います。誰もがスマホで買えるとなると、金額もより民主的なものになるでしょうね。100円、10000円というところからスタートできていないと、おもしろくないです。
対象となる資産はもちろん、企業の株式や債券、不動産というものもありますが、いずれは今までになかったような商品がデジタル証券として取引されるようになるだろうと思います。
──株や債券、不動産以外の資産もデジタルトークンで売り買いされるようになるのですか?
田中氏:例えば、企業が保有する飛行機や新幹線、自動車なども企業資産ですよね。個人はそれぞれの好みで、企業の資産に裏づけられたデジタル証券(トークン)を購入できるようになります。色々なモノが小口化されて運用されていくわけです。
今はコロナで苦しいけれど、旅客需要はこれから強くなっていくと予測して、飛行機や新幹線、ホテルなどの資産に裏づけられたデジタル証券を買おうと考える人も出てくるでしょう。
企業が資産化している資産をもっと活用しようとする動きは、これから出てくるだろうと思います。資産を保有することは企業にとっては、お金がかかります。企業からすると、資金を調達しないといけないですし、全ての資産を持ち続けなくても良いと考える企業は増えてくると思っています。
僕たち、MUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)は、法人のお客様ににデジタル証券を使った(資金調達)方法を提示していく一方で、小口化されたデジタル証券(トークン)をおもしろい運用商品として個人のお客様に提供していくわけです。
今のところ不動産が主ですが、これからはあらゆるアセット(資産)のトークン化を追求できるのではないかと考えています。
2023年に始まる新たなマーケット
──次世代に向かって、銀行が、MUFGがさらに変わっていくと思える話ですが、日本の金融界はどこまでデジタルトークンの活用を本格化させるのでしょう?
齊藤氏:証券分野が大きく変わろうとすると、投資家保護の考えがその変革のスピードをスローダウンさせかねないですよね。保守的になるのは、日本のカルチャーでもあるのかもしれません。
金融以外の業界の人たちが、違ったアプローチで証券業界を変えようとすることは大事です。一方で日本のカルチャーを踏まえると、金融の世界にいる人たちが自己変革で変えていく方が、結果的には近道になるような気がします。
2023年には、多くの人たちが、不動産のみならず多様な資産をトークンという形で、投資上限額もなく、普段利用しているアプリで購入できる世界を始められるようにしたいと考えています。
MUFGだけで実現はできないです。例えば、航空機や船舶、新幹線などのアセットを持っている企業と、個人と繋がることのできるチャネルを提供する企業とのネットワークが重要になるだろうと思います。
そういった企業と幅広く永年にわたるつながりを持つMUFGは、企業の皆さまにとって、安心感をもってトークンを利用したアイデアを相談できるパートナーと感じてもらえるのではないかと思っています。
2023年:三菱UFJ信託は2019年に、セキュリティトークンの社会実装を目指してST(セキュリティトークン)研究コンソーシアムを設立。野村証券やSBI証券と協業を発表しているほか、大和証券や三菱UFJモルガン・スタンレー証券、SMBC日興証券などの国内証券大手やネット証券各社を含め、70社以上の企業がこのコンソーシアムに参画している。
また、2023年度にプログマ(Progmat)を活用したセカンダリー(二次流通)市場の確立を目指し、SBIグループが主導する「大阪デジタルエクスチェンジ(ODX」や証券各社のほか、野村総合研究所(NRI)やNTTデータ、経済産業省など多様な顔ぶれが並ぶワーキンググループを設置し、三菱UFJ信託が事務局を務めている。
未上場企業の株式もトークンで買える?
──デジタル証券は2023年には流通するとのことですが、私たちのような個人投資家は、例えば、未上場企業の株式もセキュリティトークンで購入できるようになるのでしょうか?
田中氏:未公開株を対象にした案件が、(MUFGに)持ち込まれていることは確かです。やはり流動性がない市場に対して流動性を供給するという意味からすると、セキュリティトークンを応用することは策としては、ありだと思います。
マーケットがどれだけ拡大していくのか、投資家にとってそれが魅力的なアセットに見えるかだとかを考えると、我々の戦略の中では一つのターゲットではあります。
しかし、未公開株を、例えば、今年度中にセキュリティトークンとして出しますよということにはなり難いと思います。セキュリティトークンかどうかとは無関係に、投資家保護の観点から、証券会社が一般の個人投資家に未上場株を販売することは、自主規制で制約されているためです。
プライオリティとしては、後順位になるのではないでしょうか。
鉄道会社の株より、鉄道車両そのものを持つ
──企業が保有する資産・インフラを、個人がデジタルトークンとして保有しながら、利用する世界はとてもユニークですね。
齋藤氏:トークン化によって、「投資」の概念と「利用」の概念を一体にした面白い商品を創りたいと思っています。トークンを保有していると、投資主としてのリターンもありますが、それだけだと味気ない気がします。
日本では不動産投資が人気ですが、単に賃料収入だけを期待するのでは面白味に欠けるのかもしれません。保有していて、使いたいときに使えるという「手触り感」みたいなものが重要なのかなと思います。
単に有価証券をセキュリティトークンとして保有しているだけでは、投資家の体験的には、従来の不動産投資とさほど変わらないですよね。今より投資先が増えるだとか、投資単位が小さくなるとか、誰かに譲渡しやすくなるという進化はあると思いますが、投資商品としておもしろいかというと、そうでもないように感じます。
動産が分かりやすいと思います。例えば、車です。車の所有権みたいなものをトークンで持っていて、その車をオーナーとして利用もできますが、使わないときは誰かに譲ることができるとか。物体があるアセットをトークン化すると、そのアセットの役割や価値が経済の中でより機動的に、流動的になっていくだろうと思います。
デジタル証券というものは金融インフラの話ですが、そのようなデジタルインフラを使っていかにおもしろい金融商品を作ることができるかが、一番重要になってくると思います。逆に、おもしろい商品を作らなければ、デジタルトークンの本質を生かすことができなくなりますよね。
田中氏:例えばですけど、電鉄会社の株式や社債よりも、車両を所有したいと思う人たちは多くいると思うのです。車両の部分的な所有権をトークン化して、無料特急券や割引券が付与されるような仕掛けをトークンに組み込めば、魅力的なアセットバックのデジタル証券(セキュリティトークン)を作ることは可能ではないでしょうか。
スタジアム、映画作品にトークン投資
田中氏:自分が保有している車両を利用して箱根の温泉に行こうだとか、その沿線に住もうだとかという心理も働いてくるかもしれません。トークンが、企業と個人との結節点をふくらませていくのではないでしょうか。
もう一つのたとえ話ですが、東京ドームのセキュリティトークンがあるとして、そのトークンに年間座席チケットが付与される設計になっていれば、読売ジャイアンツの一定のファンにとっては魅力的なトークンになるかもしれないですよね。企業にとっては、資金も集まりやすい。
映画の世界でもトークンが生かされるかもしれません。映画制作会社の株式とは別に、映画自体のトークンが発行されるようにしたら、「この監督の作品だったら、映画自体を所有したい」と思うファンも多くいるでしょうし、仮にそれがキラーコンテンツになれば、トークンの価値も上がるでしょう。映画制作のための資金調達方法も多様化されますね。
裏づけ資産があって、おもしろみがあって、ワクワクするような1万円くらいなトークンを、スマホでタップして購入できる世界が、セキュリティトークンの未来の姿なのかなと思っています。
革新的技術で創造的に破壊する
──デジタル証券が流通する近未来に向かう中で、金融機関の役割はどう変化していくのでしょう?
齊藤氏:我々がProgmatやコンソーシアムでやっている「新たなインフラ創り」は、信託銀行に対する保守的なイメージからすると、ギャップを感じるのかもしれません。
ただ、信託銀行に身を置いて推進している立場から見ると、実は我々信託銀行が昔からやってきたことの延長線上にあります。つまり、新たな金融商品を生み出して、安定的に取引するために下支えするインフラを提供するという役割です。
数年以内に、トークン化によって「投資」と「利用」の概念が一体になった世界で、トークンをやり取りする場は、銀行や証券会社だけではなくて、多くの個人の方々が普段使っている決済アプリやEコマースアプリのほか、金融以外の企業が運営しているそれぞれのアプリに溶け込んでいく世界が訪れます。
銀行がアプリを作って牛耳っていく世界は流行りません。これまでの信託銀行のミッションと同様、商品を生み出して様々な企業が繋がるためのインフラは提供していきますが、そこの上には多くのプレイヤーがオープンに乗っかって、トークンになったアセット(資産)をやり取りできるようにしていくということです。
これまでと違うのは、アプローチの方法が革新的な技術を前提にしているということですが、信託銀行の立場から「創造的に破壊」するのが最も効率的だと考えて取り組んでいます。
|インタビュー・テキスト・構成:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑
|取材協力:菊池友信