「土地を買っておけ。もう新しいのは作っていないんだから」という古い格言がある。しかしメタバースには、この言葉は当てはまらない。
作り出される希少性
人工的な希少性は虚構だ。疑いの余地もないほどに明らかで、退屈な指摘のように聞こえるかもしれないが、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)、暗号資産(仮想通貨)、バーチャルの土地などのデジタル資産の未来について考える時には、大切な認識だ。
実世界においては、不動産のような希少資産には、チャンスと制約が生み出す価値の高まりがある。
都市や産業の中心地が高価な不動産を「生み出す」のは、立地による効率性と力のためであり、投資家は密度を高め、高い建物を建てることで、土地のコストを相殺する。しかし、それにも限りがある。高い建物にはコストがかかり、密集し過ぎると渋滞が引き起こされるので、都市は建物の数を制限するからだ。
ブロックチェーンとデジタルエコシステムの世界には、真の制約が生む希少性を持つシステムも存在する。例えばイーサリアムのガス代(取引手数料)は、ネットワークの取引処理能力が限られているために、上方向に引っ張られる。
そのため、レイヤー2ネットワークやロールアップがイーサリアムを席巻するに伴い、そのような制約が緩和され、ガス代(およびイーサ価格)が著しく下がる可能性が大いにある。
しかし、バーチャル不動産の供給を制限などして、人工的に希少性を生み出すことはどんな問題を解決するのだろうか?バーチャル渋滞を緩和するのだろうか?想像上の学校に生徒が増え過ぎたのだろうか?そういったことではない。
ここでの希少性は恣意的で人工的なため、生み出される価値は同じではない、と私は考える。買い手や投資家たちは、バーチャル不動産の価格が、実世界の不動産価格と同じように振る舞うと想定することはできない。
人工的な希少性に価値がないと言っているのではない。独占性は、ある意味では価値を生み出す。上手く協力し合える、同じような志向の個人から成るコミュニティーを持つことからは、時に本当に便利な価値が生まれる。そして参入障壁は、未熟者や貢献する意思のない人々を排除できる。
バーチャルエコシステム「セカンド・ライフ(Second Life)」はその好例だ。10年以上存在しており、メディアでの盛り上がりはとうの昔に収まってしまったが、同社はここ10年間、一貫して土地を売買し、バーチャルな社会的体験やビジネス体験を運営してきた献身的なファンとユーザーベースを抱えている。セカンド・ライフは、大手ゲームエコシステムに比べれば非常に小規模だが、オンラインコミュニティーの持続的な力強さを思い出させてくれる。
希少性の2つのタイプ
このような例は、好調なNFTやバーチャル不動産エコシステムにどのような意味を持っているのだろうか?まず、希少性は実際的な問題を解決しなければならず、ただ単に存在する訳にはいかない。
次に、あるアイテムが本当に希少でない場合には、その価値提案は別の問題を解決する代わりとなるものだ。つまり、志向の似た人たちからなるコミュニティーを生み出し、コミットメントを示唆するような何らかの参入障壁を作ることである。
これら2つの希少性には、大きな違いがある。世界一流のサッカー選手は、ワールドカップの試合でゴールを決める時に、1着しかユニフォームを着ることはできない。この時着用していたユニフォームには、真の希少性がある。
完全にバーチャルなアイテムに関しては、チームはその試合の様々な場面を祝う「限定版」NFTを無限に生み出すことができ、ファンに売ることができる。真に規律のあるチームなら、販売量を制限するかもしれないが、ファンベースから得られる収益をできるだけ搾り取りたいという衝動は、決してなくならないだろう。
このような考え方は、希少性をベースとしたエコシステムが、どのようにしたら成功の可能性を最大限に高められるかを示唆している。資産価格が高い大規模コミュニティーが少数あるのではなく、ある程度の資産価格を伴った、小規模コミュニティーが非常に多くあるエコシステムだ。
人為的に希少な資産の価格は、真に希少な資産の価格とは異なって振る舞う、ということも意味している。真に希少な資産の場合、価格はアクセスを持つことの価値が突き動かす市場メカニズムによって決まる可能性が高い。しかし、人工的な希少性を持った資産の場合には、「希少な」資産が無限に供給されるために、価格には限りがあるかもしれない。
シンプルな例をとって考えてみよう。100万人の熱心なガーデニング愛好家のいる世界を想像してみて欲しい。10万人のメンバーにしか対応しないバーチャル不動産システムやNFTメンバーシップトークンでは、多くの人が除外されてしまう。
メンバーシップトークンの価格を高めるのに十分な需要はあるが、そのようなコミュニティーをより多くサポートするのに十分なくらいガーデニングを大切にする人たちもいる。そのようなコミュニティー立ち上げに制約はないのだから、遅かれ早かれ、多くの異なるガーデニングコミュニティーが生まれるだろう。
ある程度の投資をするほどにガーデニングを大切にする人は誰でも、そのようなコミュニティーの1つに居場所を見つけるだろう。コミュニティーによってその排他性は異なるだろうが、選択肢の広さと、新しいコミュニティー立ち上げの簡単さから、大半のメンバーシップトークンの値上がりには歯止めがかかるはずだ。真に自由な市場において供給が無制限の場合、市場均衡価格は常にゼロとなる。
しかし実際には、それほどシンプルではない。バーチャルメタバースにおいては、供給には真の制約はない。供給無制限による価格への下方圧力と、アクセスが制限されたメンバーシップというヴェブレン財的性質からくる価格への上方圧力が常に混在する。(ヴェブレン財とは、価格が高まるにつれて需要が高まる財)
NFTは大きな変化をもたらさない
ここで、最後の問題だ。NFTやバーチャル不動産システムを中心に作られた多くのオンラインコミュニティーの最終形態は、現在インターネットが機能する形とあまり変わらないように思われる。
現在、何百万ものウェブサイトやオンラインコミュニティーが存在する。その多くが、会費や参加指標といったその他のツールを使って、情報を読むだけで自分は投稿しない人やタダで使うだけで貢献しない人と、本当に貢献してくれる人とを選別している。NFTは、他の方法よりも良くこの問題を解決するだろうか?私にはそうとは思えない。
ブロックチェーンは、中央集権型仲介業者抜きで取引を処理したり、非常に効率的で透明性のある方法で希少なリソースを分配、追跡するなど、非常に限られた特定の問題を、非常に良く解決する。
しかし、コミュニティーのメンバーシップは単なる取引をはるかに超えたもので、大半の場合には、真に有限のリソースではない。ブロックチェーンベースのシステムが上手くいかないと考える理由はないが、これまでのところ最善の方法という訳ではなさそうだ。少なくとも私は、不動産に関して、実世界の方を選ぶことにする。
ポール・ブローディ(Paul Brody)氏:EY(アーンスト・アンド・ヤング)のグローバル・ブロックチェーン・リーダー。
※見解は筆者個人のものであり、EYおよびその関連企業の見解を必ずしも反映するものではありません。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:Metaverse Scarcity Isn’t Real