2月4日、北京オリンピックが開幕する。中国政府は技術力を世界に見せつけるべく、CBDC(中央銀行デジタル通貨)の発行に向けて準備を進めてきた。現在、デジタル人民元「e-CNY」は、選手や報道陣も利用できるようだ。
CBDC(中央銀行デジタル通貨):(1)デジタル化されていること、(2)円などの法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行されること──の3つを満たすもの。(日本銀行より)
先行する中国を追うように、欧州中央銀行(ECB)も「デジタルユーロ」の発行に向けて準備を進める。日本でも、CBDCの発行について、黒田日銀総裁が2026年頃には判断できるという見解を示した。
国内外の動向について、国内大手企業など74社・団体が加盟するデジタル通貨フォーラムで座長を務める元日本銀行の山岡浩巳氏に聞いた。
巨大プラットフォーマーへのけん制
──北京冬季五輪に合わせて、CBDCであるデジタル人民元がスタートした。
山岡座長:中国にとってもエポックメイキングだといえる。コロナ禍の影響で旅行客は限られるものの、選手団や報道陣が来る。中国がインフラ整備に取り組んでいることを、世界中に発信できる良い機会だと捉えているはずだ。
──中国政府は今後、CBDCの利用拡大をどう進めていくと予想しているか。
山岡座長:一気に普及を広げようとは考えていないだろう。デジタル人民元を推し進める大きな動機は、巨大プラットフォーマーへの牽制だ。具体的には、アリババの「アリペイ」やテンセントの「WeChat Pay」が想定されている。
中国市民はこうした巨大プラットフォーマーのデジタルマネーをすでに利用している。無理やりデジタル人民元を普及させようとして、むしろ不平不満が出ることは避けたいはずだ。
海外向けにはインフラ整備の取り組みを見せながら、国内においては自然体で徐々に浸透を図っていくスタンスを取るだろう。
ドル覇権に対抗する中国
──米中の覇権争いが続く。CBDCの実施有無が通貨の強さに影響を及ぼすか。
山岡座長:デジタルによって便利になれば、競争力が高まる。デジタル人民元は中国の取り組みの中のごく一部だが、人民元のプレゼンスを高めていくことは非常に重要なポイントだ。
理由として、中国は多くの一次産品において世界でナンバーワンの輸入国になっていることが挙げられる。14億人の人口を抱え、市民は急速に豊かになってきている。つまり、これから数十年間で相当な量の一次産品を輸入し続けなくてはならない。
人民元建ての取引を増やせるかどうかは、中国の経済安全保障に大きく関わることになる。この流れから、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)バスケットに加わったり、クロスボーダー決済システムを高度化したり、様々な取り組みを行っている。
デジタル人民元だけに目を奪われず、中国当局の取り組みを総合的に捉えていくことが重要だ。
日銀・黒田総裁の発言
──他国・地域から見ると、中国の動きはかなり先行している。
山岡座長:欧州は、昨年の夏から2年間かけて発行の是非を決める。決定後、準備に最低3年がかかる。つまり、単純計算すると最短でも2026年の発行になる。先日、イングランド銀行もほぼ同じスケジュールを出した。
黒田日銀総裁の2026年という認識は、ごく常識的なものだろう。なぜなら、それまでには欧州・英国が発行するかどうかを決めているからである。
中国も対外的には「正式に発行するかどうかはまだ決めてない」と言っている。しかし中国は、発行するかどうかは決めていないにも関わらず、これだけ大規模に実験していることは面白い点である。
事実、国民に抽選で3000円程度のデジタル人民元を配って使ってもらっている。さらに、公務員に対する支払いの一部をデジタル人民元で支払っている。他国で同様のことを実施しようとすれば、相当な立法措置が必要になる。こうした点は、各国も注目しているところだろう。
ビットコインの禁止令
──中国はビットコインのマイニング事業を禁止した。暗号資産に対して厳しい規制が敷かれているが、今後の動向は。
山岡座長:中国当局は、投機に対する警戒感を強めている。暗号資産に関する投機を放置することが、政治的にも、世論の観点からしてもマイナスが大きすぎるという判断がなされたのだろう。規制が緩和される可能性は考えにくい。
習近平政権の政策を見ても、国民全体が豊かになろうという方向性を取っている。貧富の差の拡大や投機を野放しにすることが、世論としては得策ではないと考えられている。
仮に当局にマイニング産業を育てたいという意図があれば緩和の可能性もあろう。ただ、それでも敢えて禁止したことは、当局としてマイニング産業は不要と判断したことは明らかだ。
|取材・テキスト:菊池友信
|編集:佐藤茂
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