今年中にも、日本で新たなデジタル通貨が発行される。3メガバンクや電通など74社・団体が加盟するデジタル通貨フォーラムが手掛ける「DCJPY(仮称)」である。日本円と価値が連動するもので、広義のステーブルコインと考えられる。
海外では、ステーブルコインの存在感が増している。テザー(Tether=USDT)の時価総額は約8.5兆円(1月31日時点)にのぼり、USDコイン(USDC)も拡大を続ける。しかし、法制度の壁でどちらも日本に進出していない。
主要ステーブルコインの規模:テザーの流通規模は、ソフトバンクグループやKDDIの時価総額に匹敵する。USDコインを運営するCircleによると、2年間で10,000%成長。2021年、ブロックチェーン上の決済額は約2.5兆ドルに達し、日本のGDPの半分程度まで膨らんでいる。USDコインの流通額は約500億ドル(約5.7兆円)で、セブン&アイ・ホールディングスの時価総額を上回る。
金融庁は1月、金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」報告書を公表した。ステーブルコインの法的な考え方が示され、日本でもステーブルコインの発行が近づいたという声がある一方、業界関係者からは規制が厳しすぎるという指摘も出ている。
デジタル通貨フォーラムで座長を務める元日本銀行の山岡浩巳氏は、DCJPYについて「ステーブルコインとは呼びたくない」と話す。デジタル通貨を活用し、“オールジャパン”で目指す社会と国内外の法制について聞いた。
──DCJPYはステーブルコインなのか。
山岡座長:私はステーブルコインとは呼びたくない。ステーブルコインの定義がはっきりしていないからだ。ステーブルコインというと、暗号資産の範疇に入るものを想定される方もいる。DCJPYではまず、銀行預金をより便利なものにするために新しい技術を使おうとしている。
ステーブルコインに当たるかどうかという観点では、イングランド銀行が昨年6月に報告書を公表し、ステーブルコインの4つの類型を示している。ここでは、銀行が発行するステーブルコインや、銀行預金を100%裏付けとするステーブルコインも例示されている。ここまで定義を広げるならば、DCJPYもステーブルコインに含まれるだろう。
実際、テザーやUSDコインのようなものだけをステーブルコインと呼ぶのかという問題もある。「我々はステーブルコインである」と言いながら、実は裏付け資産を持たないものもある。DCJPYは、そうしたものとは一線を画したい。
USDコイン(USDC):米ドルにペッグするステーブルコインで、裏付け資産(リザーブ)は、現金と短期米国債で構成されている。発行は、米サークルとコインベース(Coinbase)が共同設立した企業が行っている。
テザー(USDT):2014年にローンチされた最古参のステーブルコインの1つ。裏付け資産は、現金同等物やコマーシャルペーパー、社債などで構成されている。Tether社が運営している。
──裏付け資産はどうするか。100%保全するように設計しているのか。
山岡座長:技術的な面では、まずは預金の100%裏付けによる発行を考えている。これは、預金をそのまま高度化する「預金のハイテク化」とも考えることができる。
預金と同等の信頼性を確保できるように作っている。また、DCJPYの一つの大きな狙いは、銀行の資金仲介に影響を与えないという点である。
──利用者メリットは。
山岡座長:例えば、サプライチェーンマネジメントで有効だ。スマートコントラクトを活用し、モノの流れと支払いを一体化することによって、大きなコスト削減効果が得られる。他にも、脱炭素化・カーボンニュートラルへの活用などが挙げられる。
「部品をカーボンニュートラルで作ってください」といったニーズが今後、大きくなるだろう。しかし、個々の企業にとって、自社の生産活動に伴うカーボンフットプリントを全て記録することは大変なコストになる。
この点、例えばDCJPYでグリーン電力だけを選んで購入する機能を付加すれば、取引記録を支払い側から捕捉して記録を蓄積できる。
これにより、これからの時代にとって重要となるカーボンニュートラルの証明を、自動的に実現できるかもしれない。このように、ブロックチェーンを使って様々なところでコストを削減し、付加価値を創出できるだろう。
デジタルによって産業の付加価値のために、業務フローや事務プロセスなどのエコシステムの効率化・合理化に貢献する。その中から収益を得ていけるインフラを作りたいと考えている。
──テザー(USDT)などの著名なステーブルコインは日本に参入できるか。また、日本の法制度はどう対応するか。
山岡座長:それは金融庁が判断することで、私からは民間の立場からの意見となるが、日本の法制を考えると、他国と比べて簡単ではない。
問題となるのは、日本の資金決済法上の暗号資産の捉え方。この中では、円やドルなどのソブリン通貨建てでないものが暗号資産とされる。テザーは誰の負債でもないが、一方で米ドルにリンクしていると公言している。したがって、どの規制にかかるのかが必ずしも明確ではない。
今後、ステーブルコインの規制監督を巡る議論が進んでいく可能性はある。ただ、現行制度の下では、テザーのようにソブリン通貨建てを標榜しつつも誰の債務でもないものは、規制監督上の位置付けが不透明になりやすく、このことが慎重な世論にもつながりやすい。
|取材・テキスト:菊池友信
|編集:佐藤茂
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