ビットコイン(BTC)の生みの親サトシ・ナカモトはかつて、告発サイト「ウィキリークス」にビットコインを送らないよう、人々に警戒を呼びかけていた。
「ウィキリークスはスズメバチの巣をつついたような大騒ぎを引き起こし、その大群は私たちの方に向かっている」と、サトシ・ナカモトはオンラインフォーラムの「Bitcointalk」で語った。彼がビットコインプロジェクトから身を引く前の、最後の公開メッセージとなった。
銀行口座やクラウドファンディングプラットフォームから隔絶されたウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ氏が、BTCの寄付を呼びかけていたのだ。
これこそが、ビットコイン発明の時に念頭に置かれていた用途であるはずだった。分散型ネットワークのビットコインは、個人情報を公開する必要なく、金融当局からの検閲の心配もなく、デジタル資産の取引を可能にする。
カナダのデモ支援に集まるビットコイン
ウィキリークスへの寄付に関する懸念をサトシ・ナカモトが表明してから、10年以上が経つ。ビットコインは大いなる進展を遂げ、ビットコインネットワークは、確かにその使命を果たしている。
このことは、新型コロナウイルス関連の規制に反対して抗議デモを起こしているカナダのトラック運転手の一団をサポートするための資金調達の取り組みによっても、明らかとなった。
サトシ・ナカモトが前述の書き込み当時、生まれたばかりの金融ネットワークに関して懸念していたものが何であったとしても、それらは今や、確かに解決されている。
「HonkHonkHodl」と名付けられたクラウドファンディングプロジェクトのまとめ役たちは2月14日、カナダのトラック運転手グループ「オタワ・フリーダム・トラッカーズ・コンボイ」のために21BTCを集めるという目標を達成したと発表した。
クラウドファンディングプラットフォームのタリーコイン(Tallycoin)上では、今でも寄付が集まり続けており、その額は100万ドルに達しようとしている。
暗号資産取引所クラーケン(Kraken)の創業者ジェシー・パウエル(Jesse Powell)氏を含め、約5511人が寄付を行なった。これまでのところ、合わせて30万ドルにおよぶ2件の最大規模の寄付は、匿名で行われたものだ。
カナダでデモを展開するトラック運転手たちは、ウィキリークスよりもはるかに厳しい状況に直面している。カナダ政府は一時的に、アンチマネーロンダリングおよび反テロ資金供与のルールの範囲を広げ、彼らへの寄付(暗号資産を含む)を阻止しようとしているのだ。
カナダのトルドー首相は14日、これまで一度も使われたことのなかった「緊急事態法」を初めて発動した。フリーランド副首相は、銀行は裁判所からの命令なしでデモ参加者に関連する口座の凍結ができ、「誠実に」行動したことで訴訟から守られると説明した。カナダのトロント・ドミニオン銀行はすでに、口座凍結を開始したと報じられている。
「トラックがデモに使われているなら、そのトラックを所有する者の法人口座は凍結される。車両保険は一時停止になる。トラックを連れて家に帰りなさい」と、フィナンシャル・タイムズでエディターを務めたフリーランド副首相はデモ参加者に呼びかけた。「これは警告です」と。
ビットコインは、企業、警察、その他組織が途中で妨害できない形で、国境を超えた取引を可能にする。暗号資産での寄付が最初に呼びかけられたのは、中央集権型クラウドファンディングプラットフォーム、「ゴーファンドミー(GoFundMe)」が、デモにおける「暴力やその他の違法行為」を理由に700万ドル以上を集めたアカウントを閉鎖した後であった。
それでも、疑問は残る。例えば、ビットコインをデモ参加者に分配する最善の手段は何か?このデモを金銭的に支援したことで、寄付者、あるいは寄付の受け入れ手は刑事責任を問われるのか?クラウドファンディングのまとめ役がビットコインを持ち逃げすることは可能なのか?など。
ところで、テックメディア「ザ・ヴァージ(The Verge)」によると、クラウドファンディングサイト「ギブセンドゴー(GiveSendGo)が、データの流出が発生したと発表した。これによって、「写真やパスポートのスキャンを含め、デモへの寄付を行なった人たちに関する何ギガバイト分ものデータ」が流出した。
残るは、人間の問題
「このミッションに対する皆さんからのサポートはすばらしく、勇敢なトラック運転手たちは、オタワでデモを展開するために払った犠牲に対して寄せられた、すべてのサトシ(ビットコインの単位)に値する」と、寄付を取りまとめ、デモの記録を発表しているウェブサイト「Bitcoin Stoa」の運営者たちは語った。
寄付金は「食料、ホテル、法的サポートや燃料をはじめとする当面のニーズ」に使われることになっている。しかし、ビットコイン(あるいは換金されたカナダドル)をトラック運転手たちの手に実際に届けるための計画はないようだ。
トラック運転手たちの「希望」に応じて、クレジットカードの支払い、電子送金、銀行振込、ギフトカードなどを検討していると、まとめ役の人たちは語る。同ウェブサイトでは、「まだ決定はなされていない」としながらも、ハードウェアウォレットの「Opendime」を渡すことも提案している。
「ビットコイン資産は安全であり、すべての資産を週末までに、オタワの現場でトラック運転手たちにP2Pで渡すというのが、私たちの計画だ。さらに詳しい情報(透明性や検証可能性について)は、それが終わってから発表する予定」と、Bitcoin Stoaには書かれている。
「透明性と検証可能性」を後々約束することは、今に混乱と不透明感を生むことになる。しかし、「障害点」と「強制」の可能性を具体的に挙げ、「セキュリティ上の理由から、鍵の保有者を公に特定できないことが、大切と考えている」と、同ウェブサイトは主張する。
同ウェブサイトによれば、「資金調達委員会」は現在、「デモ当初から作られてきた様々なウォレットの資産を集約している」と語る。「一時的な(2/3)マルチシグウォレット」が作られ、「Freedom 2022 Human Rights and Freedoms」と呼ばれる「カナダで登録された非営利法人のディレクターと、信頼できるビットコイナー」によって管理される予定だ。
マルチシグウォレット:トランザクションの実行に複数の秘密鍵による署名が必要なウォレット。必要な秘密鍵の数は事前に設定でき、例えば2/3の場合には、3つの鍵のうち2つの鍵による署名が必要ということ。
コールドストレージ・ウォレットなどの「ハードウェア」も輸送中であり、「到着次第、委員会メンバー」が「5/7マルチシグウォレット」を立ち上げ、「運転手へ分配されるか、法的保護など、緊急の出費が必要となるまで」資産を保管する。
ビットコイン保持者の中には、寄付取りまとめの団体を介さず、自分なりの方法で直接寄付を届ける人もいる。直接ビットコインを送ることのできるデモ参加者の名前をツイートで聞いた人もいるほどだ。これはP2Pビットコインネットワークなら実行可能なオプションだが、広まることはないかもしれない。
カナダ国民が皆、このデモをよく思っているわけではない、という事実もある。数週間にわたって続く、3万5000〜5万台のトラック(史上最多とされる)が参加するこのデモは、カナダとアメリカを結ぶ最も交通量の多い道路を封鎖することによって、経済に影響を与え始めている。
私の知人のカナダ人は、(ビットコインだけでない)外国からの資金が「国全体にその意思を押し付けることに固執する非主流派のムーブメントに流れ込んでいる」ことに困惑している。
デジタル決済のための価値中立的な技術的ソリューションであるビットコインは、今回の問題をめぐって展開する社会的議論には関知しない。「Bitcoin Magazine」といったメディアは、「自然権および法的権利」を守る「自由志向の人たち」のムーブメントをビットコインが支えていることを示す記事を、喜んで発表している。
しかし、ゲーム理論の主張に関わらず、そしてこのムーブメントがどれほど分散型であっても、人間は機械ではない。ビットコインはいつでもどこでもお金を送れるというソリューションを提供したが、今のところ人間が、最後の懸念事項のままであるようだ。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:カナダの首都オタワで繰り広げられるトラック運転手たちのデモ(Bing Wen / Shutterstock.com)
|原文:Humans Are the Last-Mile Problem of Bitcoin Crowdfunding for Canada Truck Protest