イーサリアムは、現在、「イーサリアム2.0(後にコンセンサス・レイヤーに改称)」と呼ばれる大型アップグレードを実施しています。2020年12月に初期フェーズを開始し、今後数年かけて完了する見込みです。
イーサリアムのネットワーク上での取引に必要なイーサ(ETH)は、すでに暗号資産(仮想通貨)の時価総額ランキングで2位となっています。
イーサリアム2.0は、イーサリアムの次世代版であり、業界関係者にとって大きな注目の的となっています。また、拡大を続けるNFT(ノン・ファンジブル・トークン)やDeFi(分散型金融)市場の受け皿としてのブロックチェーンという立ち位置をイーサリアムが今後も保持できるのかも、イーサリアム2.0の進捗にかかっています。
今回は、イーサリアム2.0とその目玉となる機能の一つであるステーキングについて解説します。
イーサリアムとは
イーサリアムは2013年に創設者のヴィタリック・ブテリン氏によって最初に考案され、2015年に正式にローンチしました。
暗号資産業界におけるイーサリアムの最大の功績は、スマートコントラクトの発明です。スマートコントラクトは、ブロックチェーン上であらかじめ決められた契約を自動的に実行する仕組みです。
スマートコントラクトのおかげで、イーサリアムのブロックチェーン上で、分散型アプリ(dApps)の開発が進みました。dAppsでは、スマートコントラクトで決められたルールに基づき、管理者の仲介なしで、ユーザー同士が直接やりとりを実行できます。
インターネットを通じて世界中のユーザーがdAppsをイーサリアム上で使うポテンシャルを念頭に、イーサリアムはしばしば「ワールドコンピューター」と呼ばれます。
スマートコントラクトは、2021年にブームとなったNFT(ノン・ファンジブル・トークン)やDeFi(分散型金融)の要でもあります。イーサリアムが、NFTとDeFiの受け入れ基盤として大きなシェアを獲得している理由は、スマートコントラクトの先駆けである点が大きいでしょう。
イーサリアムからイーサリアム2.0へ
驚異的な成長を遂げているイーサリアムが直面しているのが、スケーリング(規模の拡大)の課題です。多くのアプリケーションやユーザーが集まった結果、取引の「渋滞」が発生し、手数料に該当する「ガス代」が高騰するという問題が発生しました。
また、ブロックチェーンの取引記録の承認に必要な合意形成に大量の電力がかかります。地球温暖化への意識の高まりとともに、環境問題に対処することが求められています。
次世代版イーサリアムである「イーサリアム2.0」とは、端的にいえば、スケーリング課題と環境問題を解決するソリューションなのです。
初代のiPhoneと最新のiPhoneを比較すると分かりやすいかもしれません。初代のiPhoneはアプリを提供できますが、ローディングに時間がかかりました。対照的に最新のiPhoneは、ローディングのスピードが改善し使い勝手も格段に良くなりました。初代のiPhoneに相当するのがイーサリアム、最新のiPhoneに相当するのがイーサリアム2.0と整理すると良いかもしれません。
イーサリアム2.0とステーキング
イーサリアム2.0の特徴には、「ステーキング」と「シャーディング」の2つがあります。まずは、「ステーキング」を理解する上で必要な知識であるPoWとPoSという2つのコンセンサスアルゴリズムの違いについて解説します。
PoWとPoSの違い
イーサリアム2.0とイーサリアムの大きな違いの一つに、コンセンサスアルゴリズムと呼ばれる取引記録の承認に必要な合意形成の方法の変更があります。現在のイーサリアムは、PoW(プルーフ・オブ・ワーク)と呼ばれるコンセンサスアルゴリズムを採用しています。一方、イーサリアム2.0では、これをPoS(プルーフ・オブ・ステーク)と呼ばれるコンセンサスアルゴリズムに変更します。
PoWは、時価総額1位のビットコイン(BTC)が採用しています。ビットコインなどPoWのネットワークに参加するコンピューター(ノードと呼ばれる)は世界中に分散していますが、それらのコンピューター同士が取引記録の検証作業で競争をする仕組みになっています。
具体的には、条件を満たすハッシュ値を探すという演算競争で、一番早く解を得たコンピューターが報酬をもらえる仕組みになっています。この報酬をめぐって、世界中の企業がマイニング施設の建設や機器購入に巨額マネーを投じています。
演算の解をめぐるマイニング競争には大量の電力が必要となります。このためPoWというコンセンサスアルゴリズムは環境に悪いという見方があります。
対照的にPoSは、環境フレンドリーなコンセンサスアルゴリズムと言われています。実際、イーサリアム財団は、PoSに移行した場合PoWで使う電力消費量の99.95%を削減できるという試算を発表しました。
なぜでしょうか?
PoSにはマイナーが存在しておらず、代わりにバリデーターが取引記録の検証を行います。一定の仮想通貨をPoSのネットワークで長期保有(ロック)することで、バリデーターがブロックを検証・承認する権限を獲得する仕組みです。これにより、PoWで見られたようなマイナー同士の競争がなくなり、電力の消費量が大幅に削減されることになります。
ただ、PoWとPoSは一長一短で、必ずしもPoSがPoWの欠点を補った進化版であるとは言えません。確かに両者はライバルとしてよく比較されますが、どの価値観を大切にするのかという哲学的な論争に発展し、答えが出るものではありません。
例えば、PoSはバリデーターとして参加するために一定額の仮想通貨が必要(イーサリアムの場合は32ETH)であるため、「資金力のある企業や個人しか参加できないのではないか」という批判の声があります。また、PoWに比べてネットワークへの参加者が分散化されずネットワークの堅牢性は低下するという見方もあります。
また、その時の社会状況も大きく影響するでしょう。
例えば、2022年2月現在、SDGs(持続可能な開発目標)が世界的に国や企業の目標として掲げられています。そうした状況では、何かとPoSに注目が集まりがちになるでしょう。イーサリアム2.0は、世間的に強い追い風を受ける中で立ち上げを迎えられるかもしれません。
ちなみに、ビットコインのコミュニティでPoWの環境問題を克服する動きがみられます。北米を中心に再生可能エネルギーを使ったマイニングを模索する動きが出てきており、ビットコイン・マイニング協議会によると、すでに世界のマイニングの56%が再生可能エネルギーを利用しています。
ステーキング
PoSでは、対象となる仮想通貨を一定量保有(ロック)してブロック生成プロセスに参加することで報酬を得ることができます。仮想通貨をロックしブロック生成プロセスに参加して報酬を受け取る行為を「ステーキング」と呼びます。
イーサリアムのPoSの場合、先述の通り、32ETHをロックしないとステーキングはできません。ただ、前回の記事で書いた通り、仮想通貨取引所を経由する場合は、遥かに低い量のETHでステーキングをすることが可能です。また、ステーキングの代行サービスであるステーキングプールを通じて参加する方法もあります。
イーサリアムのステーキングには、少なくとも二つの大きなメリットがあると考えられます。
一つ目は、「インカムゲイン」という新しい仮想通貨への投資手段をもたらす点です。
これまで仮想通貨は、「キャピタルゲイン」という保有していた資産を売却することによって得られる売却益を目当てにした投資が大半でした。これに対してステーキングは、資産を保有することで安定的・継続的に受け取れる利益である「インカムゲイン」をもたらします。
しかも、現在のステーキングによる報酬は単利で4%以上で、日本や米国をはじめとする先進国では銀行預金で得られる利息よりはるかに大きいです。現在、日本のメガバンクにおける普通預金の金利は0.001%です。
上記の利率は、今までにステークされたETHの量とバリデーターの数に応じて変わる仕組みになっています。仮想通貨取引所を経由するステーキングの場合、仮想通貨取引所ごとに利率が変わる可能性がありますので、それぞれご確認ください。
もう一つは、イーサリアムの未来である「イーサリアム2.0」に貢献できる点です。
イーサリアム財団はステーキングという行為を「イーサリアムエコシステムにとっての公共財」と呼んでいます。
具体的には、バリデーターとして取引記録をブロックとして処理したり他のバリデーターの作業を検証したりしますが、同財団は、こうしたステーキング行為によってネットワークのセキュリティが保たれると解説しています。
執筆時点(2022年2月16日)で、イーサリアム2.0に向けてステーキングされたETHの量は、9,885,984 ETH(約3兆6000億円)。
バリデーターの数は29万以上、APR(単利)は4.9%です。
ロードマップ
イーサリアム2.0へのロードマップについて確認しましょう。始まりは、2020年12月1日のフェーズ0でした。
フェーズ0(2020年12月1日)ステーキング開始
フェーズ0では、ビーコンチェーン(Beacon Chain)がローンチし、ETH保有者がバリデーターになってステーキングができるようになりました。
ビーコンチェーンは、ETH2.0の基盤となるチェーンで、主にバリデーターの調整役を担います。具体的には、バリデーターのノードを特定のシャードチェーンにランダムに割り当て、ノードが誠意を持って行動するように管理します。
もしバリデーターのノードがオフラインになったり取引の承認をしないなど悪意を持った行動をすれば、ロックしたETHを没収します。
スマートコントラクトが実装されていないためフェーズ0における機能性は限定的です。
ビーコンチェーンのローンチには、1万6384のバリデーターが最低32ETHをステーキングする必要がありました。これが達成されたのは2020年11月24日で、ビーコンチェーンのコードが正式に立ち上がったのが2020年12月1日です。
「The Merge」 メインネットと統合(推定2022年)
イーサリアム財団によりますと、次の段階として予定されているのが「統合(The Merge)」です。
これまでバラバラに存在していたイーサリアムのメインのネットワークとビーコンチェーンが結合し、1つの統一されたネットワークが誕生します。これに伴い、イーサリアムのコンセンサスアルゴリズムが、PoWからPoSに完全に移行します。
シャードチェーン(推定2023年)
The Mergeの後は、シャーディングです。イーサリアム財団によりますと、2023年にシャーディングが導入されると推定されています。
具体的には、統合したイーサリアムのブロックチェーンが64のシャードチェーンに分かれ、PoSがビーコンチェーンだけでなく全てのシャードでできるようになります。
シャーディングとは、データベースを分割することで負荷を分散させる技術を指します。イーサリアムの場合、シャーディングによりイーサリアムのネットワークをさらに64の新しいチェーンに分割することで、取引処理能力向上を目指します。分割されたチェーンを「シャード」と呼びます。
それぞれのシャードは、独自のブロックチェーンとして機能し、それぞれバリデーターがランダムに割り当てられます。バリデーターは、各シャードで取引記録の検証・作成を行いブロックを追加します。
「ランダム」という箇所は重要です。ランダムでなければ、特定のバリデーターがシャードに割り当てられることになり、シャードを事実上乗っ取ってしまう危険があるからです。
シャードのおかげで、イーサリアムの過去の取引記録を分散して保管することができます。バリデーターは全体ではなく、各シャードの取引記録を検証すればよくなります。
今後の注目点
イーサリアムがイーサリアム2.0に完全移行するまでには、まだ時間がかかります。日進月歩で進む仮想通貨業界において、このスピード感でイーサリアムは大丈夫なのでしょうか?
注目すべきは、「イーサリアムキラー」と呼ばれるイーサリアム2.0に真っ向から勝負を挑むブロックチェーンの動向です。カルダノ(ADA)やソラナ(SOL)、アヴァランチ(AVAX)、ポルカドット(DOT)などの「イーサリアムキラー」たちが、DeFiやNFTの領域でイーサリアムからシェアを奪う動きがすでに見られています。
仮想通貨リサーチ企業Messariの2021年10月のレポートによりますと、DeFiの預かり資産額(TVL)のシェアで、イーサリアムは1年前は100%でしたが、現在は66%ほどまで下がりました。
現在イーサリアムは開発者のリソースとユーザーベースで他を圧倒しています 。しかし、イーサリアムは「イーサリアムキラー」からどこまでシェアを守れるのでしょうか?
イーサリアム2.0の進捗と合わせて、今後の注目ポイントになるでしょう。
|テキスト・構成:クラーケン・ジャパン
|画像:クラーケン・ジャパン