重要なポイント
- 業界関係者によると、コインベースは「自社専用」保険会社の設立を検討している。
- 2019年初め、保険会社のエーオン(Aon)は複数の仮想通貨企業と連携し、ケイマン諸島に専属保険会社の設立を開始した。
- 自社専用保険(キャプティブ)の仕組みは、企業がより手頃な価格でさらなる補償を手にする役に立つとエーオンは主張する。
- 仮想通貨向けの保険はいまだに少なく、大手取引所のクラーケン(Kraken)とフォビ(Huobi)は、盗難やハッキングによる損失を補填するためにコインを取り分けておくことで自家保険をかけていると述べる。
仮想通貨取引所大手のコインベース(Coinbase)は、保険大手のエーオン(Aon)の助けを借りて、規制に準拠した自社専用の保険会社を設立するための交渉を進めている。複数の業界関係者がCoinDeskに対して語った。
被保険者となる企業が完全に所有するかたちで「自社専用(キャプティブ)」保険子会社を設立することは、コストを削減でき、再保険(リスクを緩和するために保険会社が購入する一種の保険)市場へのアクセスを向上するための従来の方法だ。業界紙CPAジャーナル(CPA Journal)に2018年12月に掲載された記事によれば、フォーチュン500(Fortune 500)に名を連ねる企業のほとんどすべて、そして何千もの中規模企業はこの専属保険会社を保有している。
コインベースとエーオンは、この専属保険の仕組みが、仮想通貨取引所が利用できる保険の不足対策の一環になり得ると考えている、と業界関係者は述べる。コインベースは大半の取引所よりも幅広い補償を受けているが、たいていの場合仮想通貨取引所は、ハッキングや顧客の資産の消失に備えて損失をカバーするためのコインを大量に取り分けることによって自家保険をかけている。このアプローチの抱える問題点は、しっかりとした仕組みが存在しないことであり、保険用資金を他の目的に利用したいと考えたり、実際にはどれくらいの備えができているのかが曖昧になる。
一方で、自社専用(キャプティブ)保険を利用すれば、保険用の資産は隔離されて、規制に従い監査された母体に保管されており、企業が再保険市場からさらなる保険を獲得するのにも役立つ。自社専用の保険会社はその親会社のみを補償するもので、競合は対象にならない。
コインベースの自社専用保険設立の検討に関して、エーオンもコインベースもコメント控えた。エーオンは、匿名の顧客のために業界初の仮想通貨専用の保険を2019年にすでに設立したことは認めた。エーオンによると、このケイマン諸島にある専用保険には、ホット(オンライン)ウォレットのハッキングを補償する「犯罪」向けの保険と、オフラインでコールドストレージに保管されている仮想通貨を補償する「正貨」関連の保険がある。
コインベースとエーオンは以前にも連携を行なったことがある。2019年4月、エーオンはコインベースのホットウォレット向けの約2億5500万ドル(約276億円)の補償を手配する手助けをした。コインベースは、顧客の資産の2%のみをホットウォレットに保管しているが、2017年の上げ相場の絶頂期には、250億ドル(約2兆7000億円)の仮想通貨を保有していた。
エーオンは、いくつかの仮想通貨関連顧客が自社専用保険を検討していると述べ、バミューダやいくつかの主要なアメリカの「オンショア・ドミサイル(on-shore domicile=キャプティブ設立地)」が間もなくケイマン諸島に続くだろうと加えた。
「補償能力が不足しており、市場に出回っているものでは満足せず、代わりとなるソリューションに期待を寄せている取引所もあります」と、エーオンのマネージングディレクター兼金融機関業務担当リーダーのジャクリーン・キンタル(Jaqueline Quintal)氏は語り、次のように続けた。「まずは従来型の保険をある程度購入して、そこからキャプティブ保険を含む代替的な仕組みを検討するというのが、多くの取引所の辿る道だと思います。そういった交渉がますます増えてきています」
キャプティブ保険
キャプティブ保険とは、企業が自社を補償するために設立し、完全に所有している保険会社だ。再保険市場への直接のアクセスを可能にし、投資媒体としても機能する自家保険に代わる規制に準拠した保険形態だ。
商業保険市場での保険料が高すぎたり、企業のリスクを補償する保険引受人が存在しない場合に、資本の申告と準備金要件によって自家保険を正式なものにする形でキャプティブ保険が用いられる。
単なる自家保険ではなくキャプティブ保険を利用する利点について、キンタル氏は次のこう話す。
「会社が自家保険を使用する場合には、いかなる損失も100%補償する責任を引き受けることになります。それに比べてキャプティブ保険は、企業が保険や再保険にアクセスする手段を提供しつつ、ただ資本を取り分けておくよりも正式な方法で、自家保険をかけた損失額に対してあらかじめ資金を出しておくのです」
より正式で規制を受けたアプローチを取ることは、市場により多くの補償能力を生み出すことに貢献し得ると、キンタル氏は言う。「会社の保険プログラムをより管理できることで、キャプティブ保険はリスクファイナンシングの価格を徐々に引き下げることもできます」と続けた。
エーオンのキャプティブ・インシュランス・マネージャーズ(Aon Captive Insurance Managers)でマネージングディレクターを務めるウォード・チン(Ward Ching)氏によれば、仮想通貨企業であっても、キャプティブ保険は請求に備えた準備金の大半を法定通貨で保持しなければならないが、余剰(予期しない請求に備えた追加の資産)に関しては、仮想通貨を使うことができる可能性はある。
また、ケイマン諸島のキャプティブの投資活動に仮想通貨を含めようという議論もある、とチン氏は述べた。
「計算をして、資産クラスとして仮想通貨を組み込むことが規制命令を満たし、建設的で安全な方法で財政上の柔軟性をもたらすことをドミサイル(法域)の規制当局に理解してもらうことが重要です」と、チン氏は言う。
自家保険
大手仮想通貨取引所の多くが、ハッキングや損失に対して単に自家保険を掛けているだけだというのは周知の事実だ。
これまでの問題は、仮想通貨の保険は法外に高い値段で、あまりに限定的、そして実際に請求をするとなると恐ろしく複雑であるという点であった。それに対して仮想通貨企業は、損失に対処するためにコールドストレージで自社コインを保管するという方法に甘んじてきた。
サンフランシスコに拠点を置く仮想通貨取引所のクラーケン(Kraken)は、独自の保険用資産を保持していることを認めてきた。クラーケンのCEOジェシー・パウエル(Jesse Powell)氏は、CoinDeskの取材に対してこう述べている。
「貸借対照表は要するに保険資金とも呼ばれるものです」
クラーケンは「1億ドル(約108億円)を超える資金」を備えている、とパウエル氏は述べる。顧客にコインを返還する必要がある場合に公開市場でコインを買わずに済むように、その大部分はビットコインであるという。
同様に、シンガポールに拠点を置くフォビ(Huobi)も2018年2月、セキュリティー侵害に備えた保護メカニズムとして、「フォビセキュリティー準備金」と呼ばれる2万ビットコインの資金を取り分けた。さらなる対策として、ネイティブトークンを買い戻すために四半期ごとに取引手数用の20%を取っておくことで「保護資金」を蓄えている。
「保護資金と準備金を足すと、4億ドル(約430億円)を超える備えがあります」と、フォビのグローバルセールス・企業向け業務のヨーロッパ・アメリカ担当責任者のジョシュ・グッドボディ(Josh Goodbody)氏は言う。
パウエル氏は、仮想通貨企業に提供される保険の現状に対して批判を口にする人物だが、同氏はクラーケンが長年にわたり「馬鹿げて不愉快なほど」の価格で保険の見積もりを受けてきたと語る。
「とにかく良い条件での保険が無いのです」とパウエル氏。「1年につき資産の10%で契約してくれて、本当に意味のある補償内容を手にすることができるとは思います。しかし、そんな保険料を払う人がいるとは思えません」
グッドボディ氏も同様に、フォビが保険の検討においての経験を積んできたと説明する。実際同氏は、いくつかの保険会社が売り込んできた何億ドル分もの補償がどのようにホットウォレットに適用されるのかを疑問視し、「極めて複雑で、ただし書きや細則にあふれたもの」になるだろうとしている。
代替案
パウエル氏によれば、仮想通貨取引所は自家保険への取り組みに関していい加減になりがちだという。
「多くは基本的に貸借対照表上にそういう資金があって、それを投資したり、運営のためにそれに手をつけたりしています」とパウエル氏は説明する。「私が知る限り、それらの資金が分離されて、あたかも本物の第三者保険業者のように、異なる場所に保管されているとする会計報告や、明白な書類のようなものを提供した人はいません」
それでも、独立したキャプティブ保険会社を設立することにどんな意義があるのかは理解しがたいと、パウエル氏は言う。
「同じ会社のポケットの間で資金を動かしているだけのような感じがします。消費者に対する保護を高めることにつながるとは思えません。結局は同じ資金なのですから」とパウエル氏は述べる。「保険ブローカーで直接得ることのできる契約より優れたものになる理由が理解できません」
フォビのグッドボディ氏はより楽観的な見解を持っており、エーオンの計画を「極めて興味深く、市場にとって大いにプラスになる」と評した。
イーサリアムベースのネクサス・ミューチュアル(Nexus Mutual)やエーオンのパートナーであるイーサリスク(Etherisc)といった保険業界の革新的企業の中には、個々のキャプティブ保険会社の設立だけにとどまらず、仮想通貨の緊急時用資金をまとめて再保険のシステムにプールすることを提案している。
パウエル氏もこのアイデアは業界にとってより多くの価値をもたらす可能性があるように思えると同意したが、現実的がどうかという点に疑問を投げかけた。
「協同組合のような感じで、取引所同士でグループ保険のような契約をすることはおそらくできるでしょう。しかしそうなると、競合にすべてを監査されることになります。皆がそんなことを許すほど愚かではないし、猜疑心を持ちすぎているように思います」とパウエル氏は話す。
エーオンのチン氏も、仮想通貨の自家保険をまとめて統合することには「理屈として明らかに一理ある」と同意した。問題はこれらの企業の内情が非常に異なる点にあると、同氏は指摘し、こう述べた。
「リスク許容度も、資本構成も、セキュリティーのメカニズムも異なっています。調和が取れるまでは、キャプティブ保険をまとめるのは難しいでしょう。不可能と言っているわけではありません。スムーズにはいかないということです」
翻訳:山口晶子
編集:佐藤茂
写真:コインベースCEOのブライアン・アームストロング氏(CoinDesk提供)
原文:Coinbase Is in Talks to Launch Its Own Insurance Company