新型コロナウイルスの変異株への心配が和らぎ始め、再び長期的に計画を立て始められると思った矢先、平安と日常が戻ってくるという希望を打ち壊す不安な出来事が発生している。そこで非常に重要な役割を果たしているのが、通貨だ。
カナダでは自由党政権が、コロナ関連の規制に反対してトラックで国境や道路を封鎖したデモを終わらせるため、1998年に成立した緊急事態法を初めて発動した。
政府は銀行、金融機関、さらには暗号資産(仮想通貨)取引所に、デモ参加者へ資金を提供していることが疑われた個人・法人口座の凍結を命令。裁判所から命令を確保する必要なく、後に訴訟にさらされるリスクも無しにだ。
送金額が10カナダドルでも、10万ドルでも関係なく、1週間前に提供された合法なサービスに対する支払いであっても関係ない。対象となる口座に送金したら、自分の口座も凍結される可能性があったのだ。
緊急事態法の発動は解除されたが、デモをサポートしたことに対する制裁として、民主的政府が国民の資産を奪うことは、軽視されるべきではない。しかし、このようなカナダ政府の動きは、その後に起こったことの前にかすんでしまった。
2月末、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、アメリカやEUなどは、ロシアへの経済制裁発動を決定。政治指導者たちは、ロシアの中央銀行が持つ何千億ドルもの外貨準備を凍結することを決断したが、これはその規模でも厳しさでも、前例を見ない制裁だった。
外貨準備とは、中央銀行が自国の国際取引をサポートするために世界中に保有する米国債や、外貨建ての安全で流動性を持つ資産である。外貨準備なくしては、政府も民間セクターも、国内では作られていないソフトウェアから衣料品、大切な医薬品に消費財まで、モノやサービスを輸入することはできなくなる。
国家の外貨準備を凍結することは、その国を世界から切り離すことを意味する。制裁が長引くほどに、国家はますます孤立し、必須のモノやサービスが希少になってくる。政治的立場関係なしに、すべての国民に影響を与える極端な措置なのだ。
①自分のお金なのに
カナダとロシアをめぐる出来事の影響をすべて理解するには時期尚早だが、教訓を導き始めることはできる。まず、おそらく最もハッとするような教訓が、通貨は自国民にも、卑劣な敵に向けても使える武器なのだ、ということだ。
武器としての通貨には、より良いガバナンスが必要だ。官民関係なく、通貨発行者の持つ権力について、もっと考える必要がある。国家からステーブルコイン発行者まで、通貨の発行者は、私たちが合法で保有する通貨へのアクセスを制限する力を持つべきなのか?それはどんな状況においてか?
通貨発行者の権力をめぐる懸念は、デジタル通貨が最も大切な通貨であることに気づくと、さらに強くなる。ロシアとウクライナでATMの前に行列ができていることは、紙幣や硬貨は常にアクセス可能ではないことを思い知らせてくれる。タンスの中に常に現金を保管していない限り、厳しい情勢の中では、現金は瞬く間になくなってしまう。
結局のところ、私たちは自らの通貨の大半を実際には「保有」していないのだ。封鎖されたり、ハッキングされたり、盗まれたりする可能性のあるコンピューターの中のどこかで、私たちのために保管されているのに過ぎないのだ。
このコンピューターの回りに張り巡らされた技術的、制度的保護機能は、通貨の秩序と混沌を分ける際どい境界線である。これは中央銀行デジタル通貨(CBDC)、ステーブルコインから暗号資産に至るまで、すべてのデジタル通貨に当てはまる。
②プライバシー
2つ目の教訓。通貨の匿名性は誤った考えで、解決策ではない。カナダで起こったことを考えると、匿名の通貨こそがベストだと主張するのは簡単だ。しかし、それは誤りだ。このような状況において匿名の通貨は、介入の対象を広げ、全面的な禁止を実施する理由を政府に与えるだけだ。
だからと言って、監視国家の願望を叶えるために、完全に透明性を持った通貨が必要という訳ではない。デジタル金融の専門家デイビッド・バーチ(David Birch)氏が主張する通り、通貨の取引は部分的な身元確認が行われ、身元情報が保護されるシステムで実行されるべきだ。
分散型で匿名性のあるビットコイン(BTC)のようなコインは、法定通貨にはなり得ないと言うなら、通貨取引において、分散型で匿名のアイデンティティが許されるべきだ。
例えば、銀行口座の開設のために納税者番号や個人情報を提供する代わりに、あなたの身元情報の詳細を保管している分散型データベースが生成するコードを、銀行にデジタルに送ることができる。
自らの身元や、年齢や国籍、月収などの個人情報を証明する必要があるたびに、分散型データベースがあなたのアクセスを認証し、必要な情報を提供する。
しかし、データベースがあなたの身元情報をすべて提供するのは、例えば裁判所からの命令など、一定の条件が満たされた場合のみである。
③より優れた代替オプション
3番目に、暗号資産は、攻撃にさらされたり、自国の独裁政府の行動に同意しない一般市民のための抜け道も提供する。ロシアにいるのは安全ではないと感じるロシア人一家や、狂気じみた自国政府の行動の代償を支払いたくないと感じるロシア人のことを考えてみよう。もし手持ち資産の一部でも暗号資産で保有していたなら、逃げるチャンスがあるのだ。
もちろん、暗号資産にはボラティリティがあり、日常的な支払いに使うのは容易ではないし、幅広く受け入れられてもいない。しかし、スーツケースに金塊を詰めて戦時下の国を脱出したり、この戦争が長引いた場合に、数週間後にルーブルで支払いをしようとしたらどうなるか?このような場合には、暗号資産は他のオプションよりもマシなだけで良く、実際にそうなのだ。
④敵に抵抗するためのお金
最後に、暗号資産は主権国家にとっても価値があることを証明した。ウクライナ政府は、暗号資産の寄付という形の経済支援を求め、それを受け取った。暗号資産が強力な隣国に残忍な攻撃を受ける国に何らかの支援を届けられるなら、その社会的価値は、紛れもないものとなる。敵に抵抗するために、使うことができるのだ。
それだけではない。ロシアの外貨準備凍結が、外貨準備そのものの安全性と流動性への懸念を高める中、各国中央銀行が、準備資産の中に暗号資産を追加する時がついに来たと、考えるようになっているかもしれないのだ。
外国政府がコントロールする証券と、扱いの面倒な金塊との狭間で、結局のところ暗号資産が、最も合理的なオプションとなり得るのだ。
マルセロ・M. プラテス(Marcelo M. Prates)氏はCoinDeskのコラムニストで弁護士。通貨や支払いの未来を形作るのをサポートする研究者でもある。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:Monetary Weapons: 4 Lessons from Canada and Russia