私はおそらく、ビットコイン(BTC)を通貨として使う世界でも数少ない人間の1人だろう。給与をビットコインで受け取り、お店での支払いでも可能な限りビットコインを使う。家賃やクレジットカードの請求など、高額の支払いの時にのみ、ビットコインを法定通貨と交換して対処している。
ここ数年で、私はテニスコーチにビットコインでの支払いを受け入れるよう説得した。一方で、暗号資産(仮想通貨)ウォレットを開設するように大家を説得することには、失敗を続けている。
さらにヨーロッパ各地のバーでも、大きな損失を被りながら、暗号資産での支払いをしてきた。私にとって暗号資産は、日々の金融活動のナラティブであり、それ以上のものではなかった。
2月、ロシアがウクライナに侵攻して以来、暗号資産は戦争のナラティブとなった。話題の中心は、次のようなものになってしまったのだ。
・ウクライナ政府がビットコインやNFT(ノン・ファンジブル・トークン)を使っているのは、どういうことなのか?
・暗号資産で寄付をする人たちの意図は、適切なものなのか?
・暗号資産がウクライナ難民にお金を届けるのに最も簡単で速い手段であるとしたら、制裁回避のためのツールにもなるのだろうか?
開戦以来私は、そのような質問に非常にリアルな形で答えなければならなくなった。しかし、視点は完全に真逆なものだ。ロシアの家族や友人に送金するために、どうやって暗号資産を使えるのか?と考えなければならなくなったのだ。
ここ8週間ほど、私はヨーロッパで暮らしながら、暗号資産の助けも借りて、祖国と金銭的なつながりや交流を維持している。
最初に言った通り、ビットコインを通貨として使う方法には馴染みがあるのだが、銀行が制裁対象となり、世界から完全に遮断されてしまった人たちに送金するために使ったことはなかった。
経済的に追い詰められたロシア国民
誤解しないで欲しいのだが、ロシアによる軍事作戦をサポートするために暗号資産を使うことを論じる記事ではない。暗号資産が、戦争の間違った側にいて、急速に閉じられていく国とお金のやり取りをするための限られた方法の1つであることが判明した、という話をしたいのだ。
ロシアにいる人たちは、全員がプーチン大統領による戦争を支持している訳ではない。しかし、欧米諸国による経済制裁と、ロシアによる制裁対抗措置によって四面楚歌となった国を去ることができないために、彼らは経済的な独立を失い、取り付け騒ぎを防止するための措置によって、預金を引き出したり、使うことができなくなっているのだ。
必要なビザと十分な資金を持ち、ワクチンを接種して出国できたロシア人たちも、慣れない異国の地で、キャッシュカードは使えなくなり、オンラインでも預金にアクセスできずに、経済的に窮地に追いやられている。
出国したとしても、ロシアに留まったとしても、資産は鍵のない金庫に閉じ込められてしまったかのようなのだ。
ロシア国民はおおむね、そもそも裕福ではない。大切に保管された何十億ドルもの資金を持つ、ごくわずかなオリガルヒ(新興財閥)は例外だ。ロシア国民の大半は、アメリカの貧困ラインにも満たない給与しか受け取っていない。ロシアの二大都市モスクワとサンクトペテルブルクでの平均年収は約2万ドル。それも、非常に高度な技術を持った専門家の場合だ。
このような経済的要因の恐ろしい組み合わせによって生み出された、金融の真空状態を、暗号資産が埋めてくれている。戦争が始まって以来、国内外にいるロシア人とのお金のやり取りをするのに私が頼ったのは、暗号資産だ。
この短い記事で、ウクライナの人たちの苦しみについて触れることはしないが、だからと言って、ロシア国民の経済的苦しみが、彼らの苦しみより大切だと思っている訳ではない。ただ、私が知っていることを伝えようとしているのだ。
身近な人を確かに助ける
友人や、そのまた友人から、暗号資産に関するアドバイスを求める声を多く受け取っている。アメリカの銀行口座を持った、暗号資産に精通した人間として、彼らにとって私は、金融専門家なのだ。
トルコの大手暗号資産取引所が1日ダウンして、暗号資産ATMが動かなくなってしまった時にも、友人からアドバイスを求められた。友人がロシアで運営する会社が、フリーランサーにペイパルを使って報酬の支払いをできなかった時には、私が法定通貨で代わりに支払いを行い、その分をダイ(DAI)で受け取った。
友人が家賃の支払いで助けを必要としていた時には、ビットコイン取引プラットフォーム「ローカルビットコイン(LocalBitcoins)」を使って、私のBTCをルーブルに変えて助けた。
押収される前にロシアの銀行からドルを私に送金する必要があった友人には、その分のUSDコイン(USDC)を彼女に渡そうと計画した。この場合には残念ながら、アメリカの銀行に送金しようとしたということで、ロシアの銀行が送金を取り消し、彼女の口座は閉鎖された。
戦争が始まってからの2カ月間で、それまでにないほど、暗号資産のメリットについて語ってきた。暗号資産による送金の仕組みを説明するために、金融関連の語彙を増やそうと、ロシア語を調べなければいけないこともあった。バイリンガルの人は、第2言語で「ステーブルコイン」を何と言うか知っているだろうか?「ピアツーピア」は?「ガス代」は?
暗号資産の実際的な有用性
それなのに私は、暗号資産に懐疑的なのだ。暗号資産が通貨の未来だと信じることも、ブロックチェーンが世界を変えるテクノロジーだと信じることもなく、私は暗号資産業界で働くことができている。暗号資産が「機能する」状態である現在でも、問題は山積みだ。
暗号資産は、大義のために役立つのだろうか?ロシアとウクライナの戦争が始まる前にも、暗号資産は十分な給与を受け取っていないロシアの友人たちを不思議な形で助けていた。
1人は、ほとんどバスケットボールの知識もないのに、人気NFTコレクション「NBA Top Shot」でかなりの大金を稼いだ。別の友人は、デザイン系の学位を活かし、人気のNFTを作っている。かつて仕事をしていたデザイン系のあらゆるプロジェクトから、地理的にブロックされているため、これは彼にとって非常に大切な収入源となっている。
ロシアは、銀行サービスを利用できない人たちに暗号資産が金融サービスを提供する、一例となっているのだろうか?
少なくとも私が言えることは、暗号資産は適切な時に、適切な場所で、ロシアの友人や家族を大いに助けてくれているということだ。将来的に、暗号資産が何をしてくれるかは分からない。戦争の成り行きは不透明だ。明日、ましてや来月には、ロシア国民がどんな経済状況に直面しているか、誰にも分からない。それは、暗号資産の行方も同じことかもしれない。
私にできることは、微力ながらもロシアの同胞を助け続け、「暗号資産の未来」について布教活動をするようなことはせず、他国との間でのお金のやり取りという、実践的なユースケースに専念することだ。
これは、ホドル(HODL:長期保有)の話でも、他の人にビットコインを使わせるよう勧める話でも、価格が月に届くほど高騰する話でもない。暗号資産が、とても具体的な形で、驚くほど有用である実例を伝えているのだ。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:How to Send Money to the Wrong Side of the War