Web3で学歴社会は無効化される?──元MITメディアラボ所長・伊藤穰一氏に聞く

Web3NFTがバズワードとなっている。しかし、日常生活にどのような影響を与えるかを実感する機会はまだ少ないかもしれない。そのなかで、「社会はいよいよ、学歴至上主義から脱却する」と断言するのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボで所長を務めた伊藤穰一氏だ。

Web3:Web3.0とも呼ばれ、ブロックチェーンなどのピアツーピア技術に基づく新しいインターネット構想で、Web2.0におけるデータの独占や改ざんの問題を解決する可能性があるとして注目されている。
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NFT(ノン・ファンジブル・トークン=非代替性トークン):ブロックチェーン上で発行される代替不可能なデジタルトークンで、アートやイラスト、写真、アニメ、ゲーム、動画などのコンテンツの固有性を証明することができる。NFTを利用した事業は世界的に拡大している。

Web3がなぜ、学歴社会を無効化させる可能性を秘めているのだろうか。また、個人の能力や資質がブロックチェーンによって証明される社会が到来したとき、私たちはいかにして生活すればよいのだろうか。

現在、デジタル庁に設置されている有識者会議「デジタル社会構想会議」のメンバーとして活動し、Web3を解説した『テクノロジーが予測する未来』を6月7日に上梓した伊藤氏にWeb3が与える影響を聞いた。

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──なぜ学歴社会が無効化されるのか。

伊藤氏:ブロックチェーンが履歴書の代わりになっていけば、修了証書などよりも深く、明確かつ正確に個人の能力・資質が伝わるようになる。Web3プロジェクトで使用されるワークツールでは、「どのプロジェクトで、どのロール(役割)で、どのタスクをこなして、どのようなトークン(報酬)をもらったか」が簡単に把握できる。

コミュニティの記録であり、自身の主観や楽観的観測をいっさい廃した客観的なプロフィールになる。これほど詳細で精度の高いプロフィールがあったら、履歴書に記された「学歴」や「職歴」など、存在感が薄くなってしまうだろう。

今後、学校で何の学問を修めたかだけではなく、学校内外でどんな活動をしてきたかも重要になる。Web3のテクノロジーが社会に浸透するにつれて、こうした履歴すべてをひっくるめて個人の能力・資質がはかられる時代になると考えられる。仕事は、プロジェクト型に移っていくだろう。

──どういった順序で変革が進んでいくのか。

伊藤氏:特に、大企業が学歴を重視している。今後、だれもが大企業を目指すのではなく、プロジェクト型の仕事が増えていくと、就職活動のあり方も変わってくるのではないだろうか。

プロジェクトに参加する人たちは、あまり学歴を見ていない。実際に、中学生や10代の子たちが頑張っているケースもある。年功序列ではない文化が生まれてきている。

スタートアップとは、親和性が高いだろう。ガバナンストークンは、スタートアップ企業のストックオプション(新株予約権)と比較すると分かりやすい。また、顧客にトークンを配布して、組織とともに成長していくようなストーリーも描ける。

学びと仕事が一体になる

──今の教育に足りないものは。

伊藤氏:いまの教育は、1つの課程を終えて修了証書を受け取ったら、基本的におしまいだ。専門職でない限り、自分が学んできたことを仕事の場面でシェアする機会は、ほとんどない。つまり、学びと仕事が分断されてしまっている。

本来は、「学び」と「仕事」と「遊び」の3つが一体になっているのが理想的だ。「遊び」がない「学び」や、「遊び」のない「仕事」は、モチベーションとクリエイティビティに何かしらの問題があることが多い。現代の様々な問題は、こうしたことに起因するのではないだろうか。

──プロジェクト型では、学生に求められる行動も変わるのか。

伊藤氏:Web3には、「自分が学んできたこと」や「いま、考えていること」を、誰もがチェックできるところに開示しておく方が良いというカルチャーがある。それにより自分の能力・資質が審査されることもあれば、他者の知見と合わせて新たに学ぶ機会にもなりえる。

必要なのは、「参加型」の学びだ。第一に知識を取得し、第二に取得した知識を使って発信し、そして最終的には、人と協力して何かを生み出していく。ここで学びの一体化が起こる。

1つの課程を修了したらおしまいではなく、得た知見同士を掛け合わせた学び直し(リラーン)が、起こりやすくなるといっていいだろう。新たに学びながら課題をクリアしていくのは、さながらゲームのなかで修行を積んで成長していくクエストのような感じだ。

しかし、こうした学びには情熱が必要になる。自分から何かに取り組み、達成したいという情熱がなければ、他者とコラボレーションして何かを生み出す方へと自分を動かすことはできない。

起業家精神を育てる

──日本人に求められる意識は。

伊藤氏:クリアすべき課題はあるものの、テクノロジーの基盤は整ってきた。あとはアイデア次第。ここで改めて浮かび上がってくる日本の難点は、アイデアを生み、なおかつそれを強力に推進して実現する力であるアントレプレナーシップが育ちにくいことだ。

僕としては、Web3の分散化(非中央集権化)という点に大きな意義と可能性を感じている。技術的にもスピリット的にもWeb3化していく未来を選びたい。

そのためにも、本物のアントレプレナーシップ(起業家精神)を育てることが不可欠であり、「パーパス(目的)」「パッション(情熱)」「クリエイティブ・コンフィデンス(自分の創造性に対する自信)」を育んでいけるかどうかが重要な鍵になってくる。

|インタビュー・テキスト:菊池友信
|編集:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑