前回インフレ率が今ほど高かった1980年代、米連邦準備制度理事会(FRB)の議長はポール・ボルカー(Paul Volcker)氏、米大統領はロナルド・レーガン氏だった。
インターネットも、ソーシャルメディアも、ツイッターもない時代。確かにテレビやラジオはあったが、金利という、インフレ抑制のために当局が使う主要なツールについての政策決定者たちによる決断はおおむね、新聞が届く翌日に読まれるものだった。
それが最近では、FRBは発表前からトレーダーに利上げについて伝えているのも同然だ。
国全体の懸念事項として、物価の高騰が見出しを飾るようになっている現在、FRB関係者たちのあらゆる言葉は即座に拡散、理解され、リアルタイムで市場での価格に織り込まれる。
その結果として生まれるダイナミクスによって、現FRB議長のジェローム・パウエル(Jerome Powell)氏をはじめとする当局者が、証券から債券、ビットコイン(BTC)に至る様々な市場に影響を与える力が高まっただけでなく、彼らの発言が即座に吟味され、フィードバックを受け、多くの憶測を呼ぶ傾向もさらに強まっている。
6月の利上げの顛末
実例として、6月に実施されたFRBによる利上げに至るまでのニュースと出来事について見てみよう。6月10日(金曜日)、インフレの指数として最も幅広く使われている米消費者物価指数が発表され、5月にインフレが予想以上に加速し、40年ぶりの高水準となったことが判明した。
明けて月曜日には、FRB当局者たちと密接なつながりを持つことで知られるウォール・ストリート・ジャーナルが、FRBは0.75%の利上げを検討中と報道。それまでFRBでは、0.5%の利上げの可能性が高いと示唆していたのだ。
その報道からまもなく、米連邦公開市場委員会(FOMC)の会合で決定される金利変動の可能性を分析するCMEグループのFedWatchツールでは、次の会合で0.75%の利上げが決まる可能性は94%と、トレーダーたちが考えていると示された。これは、わずか1日前の35%からの大幅な増加だ。
「少し異例の展開だった。5月のインフレデータに動揺したため、FRBとしては0.75%にしたかった。さらに市場にもそれに向けて備えて欲しかったから、情報をリークしたのだ」と、経済予測を手がけるTSロンバード(TS Lombard)の主任エコノミスト、スティーブン・ブリッツ(Steven Blitz)氏は指摘した。
ウォール・ストリート・ジャーナルを所有するダウ・ジョーンズは、コメントの求めに応じていない。
FRBは6月14日から15日にかけて、次のステップを話し合うために2日間の会合を非公開で開催。誰も驚くことはなかったが、0.75%の利上げが決定された。
急な計画変更
会合後の記者会見で、パウエル議長に最初に投げかけられた質問は、計画の急な変更はどのように展開したか?というものだった。それに対し議長は、「通常よりも一段と明確さを提供する」ことが、いつにも増して大切になっている、と答えた。
「先週の終わりにかけて、消費者物価指数やインフレ見込みについてのデータを手にした。しばらく考えて、『適切な対応はこれ(0.75%の利上げ)だろう』と判断したのだ」と、パウエル議長は続け、次のように説明した。
「そこで考えるのは、どうしようか?次の会合まで、6週間待つか?ということだ。そして、そうではないだろうという結論に至った。今回やる必要があると決定したのだ」
パウエル議長も、市場がすでにFRBの次なるステップが何かを知っていたことを認めた。
「将来的な金利のカーブは、私と同僚が6月に提出した経済予測の概要に非常によく似た金利の道筋を値段に織り込んでいる」と、パウエル議長は29日、欧州中央銀行フォーラムで語り、「それは、私たちの読みを市場が理解し、信頼できると考えている証拠だ」と続けた。
このようなダイナミクスによって、利上げの実施自体が市場に意味を持つのかという疑問すら浮かんでくる。市場の観点から言えば、FRBが将来的な利上げを表明するだけで、すでに経済に影響を与え始めるのだから。
アトランタ連邦準備銀行は現在、第2四半期でGDPが1%減少すると予測している。第1四半期でGDPが1.4%減少したことを考えると、アメリカ経済はすでに景気後退の状態にあるということだ。住宅ローン金利も急騰し、すでに住宅市場を直撃している。
米議会の銀行委員会で証言したパウエル議長は22日、「経済状況はすでに、追加の利上げを値段に織り込んでいるが、それでも利上げをする必要はある」と語った。
FRBによる「フォワードガイダンス」
このようにFRBが将来的な金融政策を前もって表明する「フォワードガイダンス」の姿勢は、新しいものではない。2006年から2014年までFRB議長を務めたベン・バーナンキ(Ben Bernanke)氏は先月、米シンクタンク、ブルッキングス研究所のイベントで、「通貨政策の98%は発言、2%がアクションだ」と語っていた。
しかし、パウエル議長のもとでのFRBのフォワードガイダンスは、バーナンキ議長時代のものとは大いに異なっている。バーナンキ議長時代には、予想外の経済状況や、FRBに当初の利上げ計画変更を強いた5月の予想以上に高かったインフレ率のような、予想外のデータが発表された場合に、うまく立ち回る余地が大いに残っていた。
「(フォワードガイダンスは)自由を奪う傾向があるため、少し裏目に出たところがあると思う。0.5%とみんなに言ってしまっていたのに、土壇場で0.75%に変えるという、きまりの悪い状況に陥ったのだ」と、ブルッキングス研究所のシニアフェローで、ウォール・ストリート・ジャーナル誌の元経済担当編集者デビッド・ウェッセル(David Wessel)氏は語った。
はるかに具体的
「力点の問題だと思う」と、ウェルス・ファーゴの元主任エコノミストで、ダイナミック・エコノミック・ストラテジー(Dynamic Economic Strategy)の創業者ジョン・シルビア(John Silvia)氏は語り、「ガイダンスも利上げの動きも、バーナンキ議長時代から主流になっているが、フォワードガイダンスに関しては、パウエル議長就任以降に本格的になった」と説明した。
バーナンキ議長時代は、FRBが提供するこのような新たな透明性には、トレーダーから異論も寄せられた。彼らは、システムが衝撃を受けなければ、金融引き締め政策の効果が弱まると考えたのだ。
コミュニケーション哲学が、「中央銀行は市場を驚かせた時に一段とパワフルだというものから、考えていることを市場に説明した方が一段とパワフルだというものへと」変化したと、ウェッセル氏は説明する。
ウェッセル氏によれば、「次の2回の会合で、それぞれ0.5%の利上げを考えているのだ、と表明している。そのような具体性が違い」なのだ。
このような新しいレベルの透明性は、FRBが現在の流動的な市場を守りたいがためだ。市場はすでに、マクロ経済における不透明感に苦しんでおり、トレーダーはFRBから発せられるあらゆる言葉を注意深く見守らなければならない。「実際に利上げが実施される前から、引き締め政策の影響が出るのだから」と、TSロンバードのブリッツ氏は説明した。
ビットコインは現在、伝統的市場と足並みを揃えて動いているため、暗号資産(仮想通貨)トレーダーも今や、FRB当局者たちの口から漏れるすべての言葉にしっかりと耳を傾けている。
「会合の前にFRBが発するシグナルを、注意深く見守っている」と、暗号資産投資を手がけるジェネシス・グローバル・トレーディング(Genesis Global Trading)のジョシュア・リム(Joshua Lim)氏は語った。
リム氏によれば、「FRBは市場に意図やその根拠を伝えるのに、とりわけウォール・ストリート・ジャーナルの記者たちを好んで使っている」ようだ。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:ジェローム・パウエルFRB議長(Wikimedia Commons)
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