インフレはFRBだけの問題ではない【オピニオン】

7月13日に発表されたアメリカのインフレ率の数字は、ウォール街のエコノミストたちの予想より高いものだった。消費者物価指数(CPI)は前年同月比で9.1%の上昇と、衝撃的な数字。前月比での上げ幅を見ても、5月の1.0%増と比べて、6月は1.3%も上昇した。

一方、変動の大きい食品とエネルギーを除くコアインフレ率は、前年同月比5.9%上昇と、もう少し抑え気味。5月の前月比0.6%増に比べ、6月は0.7%増と、上昇の速度もゆっくりだ。

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この知らせを受けて金融市場は下落したが、かなり控えめな下げ幅だった。ダウ・ジョーンズとナスダック総合指数はどちらも、13日朝に1%未満の下げ幅。この一因は、バイデン政権がすでに高インフレ率を警告していたからで、11日の取引終了前に、株価インデックスは1%弱下がっていた。

暗号資産(仮想通貨)の反応はもっと劇的で、ビットコイン(BTC)は消費者物価指数発表直後に3%以上値下がり。イーサ(ETH)は4%以上値を下げた。

暗号資産の方が反応が激しかったのには、いくつかの理由が考えられる。まず、暗号資産はより投機的なため、利上げにより脆弱であるということ。次に、暗号資産の投資家層は個人投資家に偏っていることから、市場全般に先を見通す力が不足しているのだ。

多くの顔を持つインフレ

インフレが経済にとってよくない理由はたくさんある。最も根本的なものでは、インフレによって先を見越した計画を立てずらくなるために、投資家や消費者の間に不安が生じる。

しかし、暗号資産であれ証券であれ、金融市場というのは一般的に、インフレが実体経済に与える直接的影響よりも、通貨供給を通じた米連邦準備制度理事会(FRB)による反応、つまり翌日物金利の方を気にかけている。

予想より高かったインフレ率に対しても、これまでのところ株価が抑えめの反応をしているのは、FRBがすでに積極的利上げのスケジュールを発表していたからだ。この計画の発表により、株式市場はすでに、1月のピーク時より15%近く値下がりしている。予想以上に高い消費者物価指数すらも、ある程度はすでに「価格に織り込み済み」だったということだ。

重要なのは、将来的に消費者物価指数が予想を下回ることがあれば、市場では大幅な値上がりの準備が整っているという点だ。実際、13日に発表されたCPIの数字をよく見ると、インフレカーブが下がる方に向かい始める可能性を見ることができるのだ。

その理由は何よりも、今回の大幅なインフレの半分近くが、1つの原因から生じているからだ。石油である。他のカテゴリーも値上がりはしている。例えば食品は、昨年12月には前月比で0.5%増であったのが、6月には1%上昇している。

しかし、エネルギー分野の上昇は、急激だ。ガソリンは12月の前月比1.3%象から、6月には11.2%増。天然ガスの価格は、12月には前月比0.3%減だったのが、6月には8.2%増とプラスに反転しているのだ。

これはおそらく、ロシアのウクライナ侵攻、それを受けたロシア産原油に対する制裁の結果だろう。同じ要因は、食品やその他のインフレも間接的に促すことになる。原油や天然ガスは、輸送、プラスティック、肥料などの形で、コストに影響を与えるからだ。

インフレカーブはすでに曲がっているのか?

バイデン政権がCPI発表前の12日にわざわざ強調した通り、ガソリン価格は6月のデータが集計された後に、下落に転じている。

アメリカの給油所でのガソリン価格は28日連続で下落。ガソリン価格アプリGasBuddyのデータによると、6月1日のピーク時には全国平均で1ガロン4.92ドルだったのが、現在は4.62ドルになっている。それでも、昨年6月の平均3.16ドルから比べればはるかに高く、精製ガソリンの価格は、天然ガスやエネルギー価格全般と完全に連動してはいない。

しかし、ガソリン価格のカーブが曲がったことは、総合的なインフレが実際には落ち着いてきている、あるいは読者のみなさんがこの記事を読む頃には、物価が下がっているということの大きなサインなのかもしれないのだ。

その他の主要コモディティの価格も、小麦や銅も含めて、落ち着いてきている。ある意味、それは素晴らしいニュースだ。ウクライナでの戦争は、世界的に大規模な食糧不足の懸念を生じさせたが、3月に高騰して以降、小麦価格は開戦以前の水準へと向けて大きく戻っている。

確かに、すでに大きなダメージは出ている。顕著なのはスリランカだ。しかし、価格が修正を続ければ、発展途上の国々にとって、最悪の事態は避けられるかもしれない。

普通の状況であれば、コモディティ価格の値下がりには、不吉な面もある。マクロ経済の弱さや、迫り来る国際的な不況を示唆するからだ。実際、弱気筋は現在、そのような主張を展開しているが、それは間違いだと私は感じている。

1月から6月にかけての高水準から戻ってくる途上にあることを、忘れてはいけない。現在のコモディティ価格の値下がりは、マクロ景気後退というよりは、不透明感のあった時期を経た、平均値への回帰なのだ。(同様に、株式市場での値下がりも、実体経済の状態を直接反映する訳ではない)

通貨供給の調整だけではなく

最後に、このようなインフレの細かい数字は、アメリカの(そしてある程度まで世界の)価格水準の調停者としてのFRBの役割のバカらしさをも浮き彫りにもしている。

完璧な世界においては、現在の危機の焦点は、国家的な節電キャンペーンなど、高騰するエネルギー価格に対処するための政策となるはずだ。バイデン政権はこの問題に対処するために、戦略的原油備蓄を解放したり、ガソリン価格を下げるよう精製業者に圧力をかけるために公権力を使うなど、いくつかの取り組みをおこなっている。

しかし、FRBの金利設定の力に比べると、それらは取るに足らないものだ。ここで問題なのはもちろん、金利設定は、標的を定めずに経済全体に対する重荷となることで、原油だけでなく、すべての需要を抑えてしまうことだ。

これはある意味では、見た目ほど盲目的な過ちではないのかもしれない。利上げの理由は、インフレ以外にもたくさんあるからだ。ゼロに近過ぎる金利は、リソースやリスクの分配に危険な影響を持つ。

現在の株式や暗号資産市場のデフレの大部分は、資本の不適正な配分につながった長年の低金利によってお膳立てされたものだ。現在利上げすることは理論的には、より慎重な将来の投資環境を整える役に立つはずだ。

それでも、実体経済での課題を解決するのに、FRBの数字的手段に頼り続けたり、インフレを単に量的緩和政策のせいにし続けるわけにはいかない。他の要素も多く絡んでおり、解決策は、一律的な金融再構築というよりは、実世界での政策に関わるものだ。

私はそのことを、身をもって知っている。自動車での移動に依存せず、電力会社が長期的に化石燃料以外のエネルギー源を追求してきたニューヨークに住んでいるからだ。これは私の実体験だけをもとにした話だし、自慢したい訳でもないのだが、私の移動にかかる費用や家賃はここ3年、まったく上がっておらず、電気代の上昇も控えめだ。

私は他のアメリカ人と同様、FRBの国に暮らしている。通貨供給以外の要因が、確かに違いをもたらすのだ。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:The Fed Can’t Whip Inflation Alone