イーサリアム基盤のミキシングサービス、トルネード・キャッシュ(Tornado Cash)が米財務省外国資産管理局(OFAC)のSDNリスト(特別指定国民および資格停止者リスト)に加えられて以来、暗号資産(仮想通貨)の世界では、厳しい緊張状態が続いている。しかしこれは、始まりに過ぎないのだ。
北朝鮮のハッカーがトルネードを使っているという疑いに端を発した今回の制裁によって、規制当局とプライバシーを求める暗号資産ユーザー、ツール開発者たちとが衝突することになるかもしれない。暗号資産のネイティブユーザーも、メインストリームのユーザーも巻き込んだ衝突の激化が予想される。
それは、プライバシーに対する需要が今後も引き続き、増大していくと考えられる理由が数多くあるからだ。制裁対象になっている好ましくない人たちという限定的なグループだけでなく、はるかに幅広い多様な人たちからの需要だ。
交換の手段としての通貨の役割にとって根幹となる理由から見ていこう。まずは代替可能性だ。
あなたの手元にあるのが、どのドル紙幣なのかということが、意味を持つべきではない。他のドル紙幣とまったく同じ価値を持つはずなのだ。通貨を受け取る人も、どの通貨を受け取るかを心配する必要があっては困る。通貨は代替可能でなければ、機能しないのだ。
プライバシーが通貨の根幹
プライバシーは代替可能性の前提条件だ。ある通貨が、目に見える公開された履歴を持っていたとしたら、その価値が変わってしまうリスクがある。
あるビットコイン(BTC)やステーブルコインがある時点で、SDNリストに掲載された人物、企業、ソフトウェアサービスの手に渡ったとしてフラグされてしまったら、人々はその価値を割り引いて見るか、受け取りを拒否するだろう。代替可能性が失われてしまうのだ。
起業家マヤ・ゼハビ(Maya Zehavi)氏は先日、OFACの発表を受けて、暗号資産サービス事業者がオンチェーン分析を使って、トルネード・キャッシュと直接取引をしたウォレットだけでなく、保有するトークンが2次的、3次的に間接「汚染」されてしまったウォレットもブロックし始めたと指摘した。
このように一部のトークンは、取引の履歴によってブロックされるリスクを抱えることとなり、他のトークンよりも望ましくないものとなってしまった。
意図しないトークンの汚染からユーザーはどのように身を守ることができるのか?
ゼハビ氏によれば、ユーザーは自らのウォレットにつながるすべての取引履歴を見えなくする必要がある。それはどのように行うのか?禁止されていないミキシングサービスを使ってだ。
つまり、1つのミキシングサービスを禁止することで、それに代わるサービスへの需要が高まり、開発者にもそのようなサービス作成のインセンティブを与えることになる。ミキシングサービスの禁止と、それに代わる新しいサービスの誕生というサイクルが加速していく可能性すらある。
しかし、トルネード・キャッシュのオープンソースコードをクローンしようとする人は、コミュニティの信頼を勝ち取り、政府による取り締まりを回避するという困難な課題に直面することになる。
善のためのプライバシー
代替可能性以外にも、善良な人がプライバシーを求める理由は社会的、政治的、戦略的なものなど、あらゆるものが考えられる。
例えば、圧政に苦しむ人たちだ。
ブロックチェーン専門家ジェフ・コールマン(Jeff Coleman)氏がツイッターで投げかけた質問に対して、イーサリアムの共同創業者ヴィタリック・ブテリン氏をはじめとする多くの人が、ロシア当局や欧米諸国当局に阻止されるのを回避するためであれば、ウクライナへの寄付にトルネード・キャッシュを使ったかもしれないと、回答した。
これは、2013年〜2014年にかけて、コンピューターサイエンスを学ぶ若いアフガニスタンの女性たちが、父親や兄弟などの男性に横取りされずに資金を受け取れるよう、ビットコインでの送金を行ったプロジェクト「Women’s Annex」の場合も同じことだ。
この場合、支払いはミキシングサービスを通じて匿名化された訳ではないが、当時は、匿名化という目的を果たすために、ミキシングサービスを利用する必要はなかった。
そのような状況が変わったのは、ニューヨーク州の金融サービス局が「ビットライセンス(BitLicense)」を導入してからだ。その報告義務によって、アフガニスタンでのビットコイン支払いプログラムが不可能となった。
言ってしまえば、ニューヨーク州金融サービス局が、ビットコインのプライバシーを破壊し、それによって若い女性たちが、収入獲得の道を断たれたのだ。
Women’s Annexの創設者フランシスコ・ルリ(Francesco Rulli)氏は、ビットライセンスが導入されなかったとしたら、そのようなビットコインによる支払いが、アフガニスタンの家父長的な社会の権力構造にどのような影響を与えていたかを想像して欲しいと問いかけた。
タリバンが2021年に権力を奪回しようとした時までに、デジタルの教育を受けたますます多くの女性たちが、劇的に価値の高まっていったビットコインを受け取り続けていたとしたら、どうなっていたのだろう?
営利のためのプライバシー
しかし、プライバシーが価値を持つのは、抑圧を回避しようとする人たちだけではない。
2015年、ウォール街の企業がブロックチェーン基盤の決済・清算システムを検討し始めた頃、彼らはビットコインやその他の分散型暗号資産プロトコルを基盤とすることを拒否した。なぜなら当時、それらのブロックチェーン上のデータはあまりに公開されたものだったからだ。
投資家たちは、競合によるフロントランニング(取引が成立する前に、より有利な価格で取引すること)を恐れて、取引を他の市場参加者に知られることは望まないのだ。
さらに、Web3時代へと移行するに従って、自らのデータを公開することでWeb2時代に私たちが負担していたコストへの認識がさらに高まり、オンラインでのプライバシーを求める声はさらに強まるだろう。
健全なインターネットのためのプライバシー
暗号資産コメンテーターPunk 6529は、ここわずか2年で、アバターを使う匿名のフォロワーが爆発的に増えたと述べる。Punk 6529によれば、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)の台頭が、このようなプライバシートレンドを加速させた。アバター画像を確かに所有していることを証明し、匿名性にしばしば付随するなりすましの脅威を回避する手段を、NFTが提供するからだ。
政府が好むと好まないとに関わらず、プライバシーに対する需要は高まっている。政府がプライバシーを押さえつけようとすればするほど、需要の高まりはおそらく加速するだろう。
しかし、規制当局がプライバシーへの攻撃を控えることを期待しない方が良い。目に見えない犯罪者たちの増加によって、規制当局がミキシングサービスやその他匿名化のための手段を取り締まる動機は十分にあるのだから。
このような犯罪者には、お金やアイデンティを盗んだり、インフラを人質にするためにランサムウェアを使う大規模なハッカー、トルネード・キャッシュへの制裁のきっかけとなった北朝鮮のハッカーなどの国家レベルのテロリストも含まれる。
プライバシーをめぐる攻防が、暗号資産の世界におけるあらゆる対立の原因ともなりかねないのだ。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:The Coming Privacy Wars