中国では昨年4月に、大きな暗号資産(仮想通貨)アート展覧会と呼ばれるイベントが開かれた。
開幕時、北京の流行りのアート地区にあるギャラリーには、興奮したゲストたちが集まっていた。会場を埋め尽くしていたのは、Beeplesやクリプトパンク(CryptoPunks)など、一流のNFTアートを表示する液晶ディスプレイ。あまりの盛況ぶりに、上海でも開催が決まったほどだ。
中国と暗号資産との関係は複雑だが、少なくともNFTアートの中心地にはなれるのではないかと、多くの人が感じていた。
イベント開幕からひと月が過ぎた頃、中国の規制当局は、暗号資産の取引とマイニングを再び禁止。NFTコミュニティに震撼が走った。その後、NFTはリスクの高い金融商品に明確に分類されていなかったため、規制をある程度免れることとなった。中国でNFTに手を出していない暗号資産企業や関係者を見つけるのは、難しくなったほどだ。
状況は今、その頃と同じではない。イベントのキュレーター2人は、中国のNFTエコシステムにまだ希望を持っていると語りつつも、2人とも中国国外で新しいチャンスを探している。
「素晴らしいアーティストは、本物のWeb3の方に集まっていく。それが彼らが本当にやりたいことだし、国際的な市場もあるからだ」と、ブロックチェーンプロジェクト、ポルカドット(Polkadot)の中国コミュニティリーダーで、昨年の展覧会のキュレーターも務めたチンウェン・ワン(Qinwen Wang)氏は語る。
ワン氏は現在、ロサンゼルスに滞在し、アメリカの市場について学んでいる。ニューヨーク永住を計画しており、そこで東西の架け橋になりたいと願っている。
ワン氏がアメリカに移住したという事実は、中国で起こっているより広範なシフトを示唆している。NFTは中国で健在だが、それはNFTと聞いて普通に想像するものとは違う。違法市場で見られる低解像度のダサいアバターのようにも見えるが、中国では根本的な違いがある。
明確かつ包括的な法律のない、規制のグレーゾーンの中に存在しているのだ。中国ではNFTは禁止されてはいないが、暗号資産を使って購入することはできず、国外でトレーダーがよくやっているような投機的な投資目的で使うこともできない。
中国当局の考え方は、名称に表れている。NFTではなく、「デジタル・コレクティブルズ」と呼ばれているのだ。中国の大手テック企業アント・グループ(Ant Group)とテンセント(Tencent)は10月、公式サイトでの表記を「デジタル・コレクティブルズ」に変更。NFTとは一線を画したものだと示すための動きと思われる。
中国では、イーサリアムのような誰もが使えるオープンなネットワークではなく、権限を持った人だけが変更可能な許可型ブロックチェーン上で主に、デジタル・コレクティブルズが開発されている。許可型ブロックチェーンを使うことで、企業や当局がコンテンツをよりしっかりと管理できるようになるのだ。
オープンシー(OpenSea)のようなスタートアップではなく、しっかりと確立されたWebの2テック企業が、いくつかの中国系NFTオークションプラットフォームを構築している。政府と企業はNFTの「金融化」を抑えようと取り組んでおり、前回の暗号資産バブルの時に起こったような、投機的投資を阻もうとしているのだ。
「このようなテクノロジーを使って、規制を受ける金融サービスを開発することを禁止するための法案が可決されるだろう」と、ブロックチェーン開発企業レッド・デート・テクノロジー(Red Date Technology)のCEOイファン・ヘ(Yifan He)氏は語った。
インターネットの一部をブロックする「グレート・ファイアウォール」など、中国の規制の大半と同じように、権威主義政権にとって望ましくないと思われるテクノロジーの要素を抑制することが狙いだ。
中国のモデルは、実験という枠を超えて、世界の他の規制当局にとっての青写真となるかもしれない。例えば、シンガポールの中央銀行はすでに、暗号資産による投機についての中国政府の表現を取り入れ始めている。
合法な取引
「デジタル・コレクティブルズ」の合法市場は、中国において活況を呈している。メタバースに特化した情報プラットフォーム、ジャイロスコープ・ファイナンス(Gyroscope Finance)では、6月時点で、中国には681のNFT取引プラットフォームが存在し、3月以来、毎月100の新しいプラットフォームが開設されていると見積もっている。
しかし、「中国におけるNFTは、自由市場を前提に開発されてはいない。どちらかというとデジタルアート的な存在で、買うのは簡単だが、売るのは難しい」と、自らもブロックチェーンテクノロジーを作品に取り入れている中国出身のアーティスト、ペン・チ(Peng Chi)氏は語った。
ブロックチェーン基盤のアートプラットフォーム、ブロッククリエイトアート(BlockCreateArt)の共同創業者サン・ボハン(Sun Bohan)氏は、リード・レオパード・リサーチ(Lead Leopard Research)のデータを引用し、2021年に中国では、1億5000万ドル相当の約456万のNFTが販売されたと指摘した。
中国版ツイッターに当たるウェイボー(Weibo)では、「#digitalcollectibles(デジタル・コレクティブルズ)」というハッシュタグが3億5000万回以上閲覧されている。他にも、特定のNFTのリリースやミームに関連したハッシュタグが、幅広い注目を集めている。
しかし、プラットフォームでは通常、「投機」を防ぐために、少なくとも一定期間、NFTの再販を許可していない。「投機」という言葉は、中国の規制当局がしばしば、暗号資産市場全体を非難するために使う言葉である。取引方法として中国で禁止されている暗号資産を、NFT購入のために使うこともできない。
「中国はNFT市場に高い関心を持っているが、中国システムのもとでのNFT市場のみをサポートするだろう。つまり、連合的なチェーンシステムと、デジタル人民元システムだ」と、ブロッククリエイトアートの共同創業者として、前述の展覧会のキュレーターも務めたサン氏は語った。
「このような背景の中(暗号資産抜き)で生まれたNFTプロジェクトでも、中央集権型の指令を中心として進化するだろうが、純粋で完全なNFT市場にはならない」と、サン氏。彼も、ともにキュレーターを務めたワン氏と同様にアメリカに滞在しており、ロサンゼルスにWeb3ギャラリーを開設し、北米と東南アジアで事業を展開することを目指している。
VPNを使ったアクセス
中国のNFTマーケットプレースに加えて、多くの中国人はVPNを使って、オープンシー(OpenSea)やマジック・エデン(Magic Eden)などのマーケットプレースにもアクセス可能だ。VPNによって、コンテンツをブロックする中国のファイアウォールを迂回することができるからだ。
中国のインターネットユーザーの31%が、何らかの形でVPNを使ってると推計されており、その中でも、NFT取引は人気だ。
DappRadarのデータによれば、中国は同社プラットフォームのNFTページに多くの訪問者を送り出している国の1つだ。しかし、その人口を考えれば、中国の順位は低い。
さらに、時間と共にDappRadarのNFTページを訪問する人の数は、世界的に減少している。これは、経済情勢や、ステーブルコインを手がけたテラ(Terra)、ヘッジファンドのスリー・アローズ・キャピタル(Three Arrows Capital)、中央集権型レンディングプラットフォームのセルシウス・ネットワーク(Celsius Network)など、主要暗号資産企業の破綻によって、今年暗号資産市場全体で見られたトレンドである。
オープンシーとマジック・エデンはどちらも、自社プラットフォームを利用する中国のVPNユーザーの推定数について、コメントを差し控えている。
規制の不透明感
中国には、プラットフォームがして良いこと、してはいけないことを定める、NFTに関する国家的方針は存在しない。このため、NFT分野で活動するクリエーター、プラットフォーム、ブランドはガイドラインを持たず、コンプライアンスのリスクが生じると、ベンチャーキャピタル企業シノ・グローバル・キャピタル(Sino Global Capital)のナッシム・トウイ(Nassim Toui)氏は指摘する。
4月には、銀行業界の3つの協会が、NFTの金融化を「断固として防ぐ」との声明を発表。つまり、資産を過剰に宣伝して価値を吊り上げること、マネーロンダリング、その他の違法行為に関連した金融リスクを抑える、ということだ。
この声明は法的な力を持たないが、中国で業界団体が発表する規格や自主規制的声明は、政府による規制の先駆けとなったり、それに代わるものになることもある。
2021年5月18日、中国の規制当局が暗号資産業界への取り締まりを発表する少し前にも、これらの協会が暗号資産を非難する声明を発表していたのだ。
中国には、NFTから利益を上げたいと考える投資家が多くいるが、「隙間で見つけられる利益を探している」だけだと、アーティストのチ氏。「しっかりとした規制がないために、中国のNFTの寿命はおそらく、大幅に短くなってしまうだろう。長期的には、私は楽観していない」と続けた。
それと同時に、規制当局はNFTテクノロジーに、アート以外の価値も見ている。国に支援を受け、「ブロックチェーンのインターネット」開発に取り組むレッド・デート・テクノロジーは、NFTを作成、ローンチするための開発者向けマルチチェーンプラットフォームを開発した。
このプラットフォームでの取引は、6月29日と8月18日には、イーサリアムメインネットの1日の取引高を超えていたと、レッド・デートは主張している。CoinDeskでは、レッド・デートのデータを独立して検証することはできていない。
一方、NFTやメタバースのさらなる投資と開発を呼びかける方針を掲げる地方自治体が、少なくとも1つ存在する。上海だ。6月に発表された最新の5カ年計画の中で、NFT業界の開発、とりわけ知的財産の保護と流通を呼びかけた。
政府の主な懸念は、金銭的なものと文化的なものだと、ブロッククリエイトアートのサン氏は指摘する。人々が愚かな投資をしてお金を失ったり、NFTを使って、政治的、暴力的、あるいは卑猥なコンテンツを広めようとしない限り、政府はNFT業界を根絶しようとはしないだろう。
規制をするのには「まだ適した時ではない」と、レッド・デートのCEOヘ氏は語り、「規制当局が(NFTを)完全に理解し、市場が成熟したことを受け入れ、どこを規制したら良いかわかる」までには半年、あるいは1年かかるかもしれない」と続けた。「現状では、どこを規制したら良いかもわからない」状態なのだ。
ワン氏は、イーサリアムなどのパブリックチェーンに関する点や、購入時の暗号資産による支払いに関するルールを明確にするため、中国でゆくゆくはNFTの規制が登場するようになるだろうと考えている。
2019年に施行された一連のルールによれば、あらゆるブロックチェーンサービス提供業者は、中国のインターネット規制を司る中国サイバースペース管理局に登録が義務付けられている。さらに、実名での身元確認や、プラットフォーム上でのコンテンツの検閲、ユーザーデータの保管など、その他多くのルールにも従う必要がある。
これらの規制を一因として、中国のデジタル・コレクティブルズは、中国発のレイヤー1ブロックチェーンを利用している。アント・グループのデジタル・コレクティブルズ用プラットフォーム「Jingtan」では、独自ブロックチェーンのアントチェーン(AntChain)ですべてのデジタル・コレクティブルズを発行している。
中国のブロックチェーン・サービス・ネットワーク(Blockchain Service Network:BSN)も、イーサリアムやコスモスのような非許可型ブロックチェーンの、現地版を作成している。
7月下旬時点では、中国サイバースペース管理局が承認したブロックチェーンプロジェクトリストのうち、少なくとも4分の1がNFTプラットフォームとなった。北京にある政治コンサル会社トリビアム・チャイナ(Trivium China)によれば、前回のリストでは2%だったところからの、大幅な増加である。
大手企業の動向
大手テック企業はNFT市場へ急いで参入し、規制当局に自らが規制を遵守していることを示すのにも必死だった。
主要テック企業は独自のNFTプラットフォームを立ち上げ、勢いに乗ろうとしている。アリババとその関連会社アント・グループ、テンセント、バイドゥ、JD.comは、独自プラットフォームあるいはNFTコレクションを立ち上げた。
尚、アリババ、アント・グループ、テンセントは、当記事に対するコメントを差し控えている。
6月、中国のデジタルライフの多くで使われる、テンセントの手がけるアプリ「ウィーチャット(WeChat)」はコンテンツポリシーを変更し、NFT取引に関係するコンテンツを禁止した。
そのわずか数日後には、30の企業が自主規制のための規約を発行。NFTの金融化に抵抗し、ライセンスや実名での認証といったルールに従うと約束した。アント・グループ、バイドゥ、テンセント、JD.comもこの規約に署名している。
しかし、中国のプラットフォームは主に、各デジタル・コレクティブルを一定期間、1回きりで販売していることから、手に入る取引手数料の見込みは国際的プラットフォームに比べてはるかに小さい。テンセントはコスト削減のために所有する2つのNFTプラットフォームの1つを閉鎖したと、中国メディアは7月20日に報じた。
大手ブランドもNFT分野に進出している。スポーツウェアブランドのLi-NingがBored Ape Yacht Club(BAYC)を使って、北京の三里屯で行ったマーケティングイベントなど、NFTを活用したマーケティングの成功例はいくつか存在する。
しかし、NFTをリリースできるほどこのテクノロジーに精通している大手ブランドばかりではなく、著名人の中にも、何か間違ったことをしてしまうのではと懸念する人たちもいる。
ストリーミングプラットフォームのビリビリ(Bilibili)やソーシャルeコマースサイト小紅書など、海外でNFTリリースを手がける大手テック企業も存在する。中国国内ではとても保守的なこれらの会社も、グレート・ファイアウォールの外では、Web3に積極的に参加していると、ワン氏は指摘した。
レッド・デートのへ氏によれば、BSNが手がけるNFTインフラ「DDC(Distributed Digital Certificate:分散型デジタル証明書)」のネットワークでは、取引されるNFTの約70%が、絵画やブランドが販売する画像などのデジタルアイテムである。これらは時には、オフラインの要素と組み合わされており、NFTを購入することで、限定版のグッズなどをもらうこともできると、ヘ氏は説明した。
イベントのチケットなど、さらに新しいNFTの活用法も存在するが、それらはまだ珍しい。「優れたアイディアはたくさんある」が、実用化にはまだほど遠いと、ヘ氏は語った。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
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