先週サンフランシスコで、サークル・インターネット・フィナンシャル(Circle Internet Financial)が開催したカンファレンス「Converge(コンバージ)」に参加してきた。サークルが手がけるステーブルコイン「USDコイン(USDC)」を取り入れたプロジェクトの幅広さに、感銘を受けた。
参加企業の例を挙げるとまず、ラテンアメリカに拠点を置く決済企業リピオ(Ripio)。ブラジルとアルゼンチンでUSDCによる送金の需要が急増している。そして、Web3サービス提供業者のリカー(Recur)。同社が手がける様々なメタバースの世界のユーザーは、支払いにUSDCしか使えない。
時価総額第2位のステーブルコインUSDCは、独自の「エコシステム」を育んでいるようだ。エコシステムとは、オープンソース界の人たちが、テックプラットフォーム上で開発を行う開発者や組織のネットワークを指して使う言葉だ。
ここから、デジタルドルを検討するアメリカの政治家たちが学べる教訓について、この記事では考えていくが、まず、ステーブルコインにとってのエコシステムというものについて考えていこう。明白なコンセプトではないが、その意味は重大だ。
Convergeを、NEAR財団がリスボンで少し前に開催した年次カンファレンス「NEARCon」と比べてみよう。NEARConの方が、「エコシステムカンファレンス」として理解しやすい。
イーサリアムのDevcon(デブコン)などのような集まりと同様、NEAR財団はカンファレンスによって、NEARプロトコルで運営されるスマートコントラクトを使った分散型アプリ(Dapp)や、その他のサービスを開発する開発者や企業の幅広いコミュニティをまとめ、活性化しようとしている。
USDCは、Dapp向けのスマートコントラクトではない。主に決済手段であり、多くの人は「コイン」と考えている。ドル基盤の価値をトークンとして表したもので、パブリックブロックチェーンを使ってピアツーピアで取引が可能だ。
サークルが先日、クロスチェーンの送金プロトコルを立ち上げたことで、USDCはより一般的な暗号資産プロトコルに少し近づいたが、USDC関連の外部組織がConvergeに参加したのは、それが理由ではない。
それでも私の見る限り、USDCは究極のプロトコルを開発しているのだ。
プロコトルとしての通貨
『フォーチュン』誌の暗号資産エディター、ジェフ・ジョン・ロバーツ(Jeff John Roberts)氏が、サークルのジェレミー・アレール(Jeremy Allaire)CEOに、「プラットフォーム」としてのUSDCについての説明を求めると、2部構成の示唆に満ちた回答が返ってきた。
最初の部分は、外部プログラマーが自らのプログラムにコーディングツールやデータを取り込めるようにオープンアクセスを与える、USDCのAPIに重点を置いたもの。外部でのソフトウェア開発によって、全体の価値を高めることを促すテックプラットフォーム/プロトコルという典型的な考えに一致するものだ。
しかし、アレール氏はその後、ドルに話を移し、ドルをインターネットの確立された価値「基準」と形容したのだ。USDCなどのドル基盤のステーブルコインによって「プログラム可能」な形で表される米ドルは、独自の「拡張可能なプラットフォーム」になれると、アレール氏は考えている。
そこで私は、ソフトウェアの世界での意味を超えた「プロトコル」のより幅広い概念について、考えさせられた。プロトコルとは中核的に、独立した人々や組織が互いにやり取りする時に従う、合意された一連のルールだ。コマースや社会全般に必要不可欠な標準化という機能を果たす。文明にはなくてはならない存在で、様々な形態をとる。
例えば、言語はプロトコルだ。日本語のプロトコルを使って2人の人間が会話をする時、座っているものは「イス」であると合意している。しかし、英語で会話する場合には「chair」となる。
自然の世界では、どちらの言葉に正しいも間違いもない。これらは作り物なのだ。しかし、共通したルールを使うと合意することで、コミュニケーションが可能になる。ソフトウェアコードを異なる「言語」で記述できるというのも、偶然ではない。
通貨もまた、作り物の概念だ。価値の基準を測り、参照するために合意されたもの。その意味では通貨も、プロトコルと言える。
米ドルは歴史上、最も成功した価値の交換プロトコルである。アレール氏が言う通り、米ドルがオープンソースで非許可型のソフトウェア環境で成功できるならば、インターネットの非許可型でグローバル、拡張可能なプラットフォームと同じように、莫大な価値を生み、新しいアイディアやアプリケーションが爆発的に育まれるだろう。
しかし…
私もこの主張は正しいと思う。
そしてこれは、アメリカの政治家たちが、真剣に検討するべき主張である。ステーブルコイン規制のための様々な提案を検討する際には、デジタルドルの開発を、中央銀行デジタル通貨(CBDC)という形で政府に任せれば、オープンソース開発者たちのグローバルコミュニティがステーブルコインによって解き放つイノベーションや価値の創造には、足元にも及ばないということを、認識しなければならない。
中国とロシアにデジタル分野での競争で負けることをアメリカが心配するならば、そのようなエコシステムを推奨することで、アメリカの利害を拡大できる。
しかし、米政府の利害は必ずしも、世界の利害とは一致しない。
まず、活動家で作家のブレット・スコット(Brett Scott)氏が指摘する通り、ドルの世界的拡大は、他の国々の主権が損なわれることを意味する。外国の人たちは、自国の通貨供給に対するコントロールを失い、貸付の条件は米政府によって決定されるようになるのだ。超ドル化された金融インターネットは、アメリカのデジタル植民地主義の一形態と言ってもいいだろう。
アメリカの利害を最新の金融イノベーションと一致させることについて、私もアレール氏の見解に同意するが、サークルのような少数の民間企業の手にあまりに多くの力を委ねてしまうことに慎重でなければならない。Web2の時に私たちはもう、その過ちを犯してしまったのだから。
サークルはロビー活動において、ステーブルコインの開かれた競争を促している。少なくとも今のところ、その言葉は誠実なものと捉えていいだろう。
しかし、市民からの非難にも関わらず、グーグル、アマゾン、フェイスブックが搾取的でプライバシー侵害的なビジネスモデルを強化していったように、株主から容赦の無い利益最大化を求める圧力に、ステーブルコイン企業もさらされるはずだ。
これらの問題は、アメリカの政治家が、国際的なアプローチと競争を促す原則を適用することによって、解決できると私は考えている。
例えば、アメリカ国外のコミュニティが、自らの資源や経済的未来の主体となれるような力を与える、新しいトークンを作るモデルはあるだろうか?私が特に興味を持っているのは、発展途上国における生物多様性の保護とカーボンシンクにインセンティブを与えるSingle Earthによる自然を裏づけとしたデジタル通貨だ。
さらに、デジタルドルでプラットフォームイノベーションの力を真に解き放つために、本人確認(KYC)やアンチマネーロンダリング(AML)のルールによるアクセス制限を緩め、アメリカの銀行が持つ取引監視の権力を弱めるべきである。金融の面で除外された世界中の人たちにドルへのより自由なアクセスを与えれば、素晴らしいことが起こるだろう。
サークルのビジョンには、グローバル金融システムの抜本的な改変の可能性、破綻していることがますます明らかとなっている現在のシステムの欠点を乗り越える可能性が含まれている。しかし、そのビジョンは思慮深く包括的で、人間第一の原則のもとに組み立てなければならない。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:The Dollar Can Be a Protocol for the Future of Money