告白しておこう。私は常々、暗号資産(仮想通貨)の中でも価格が、最もつまらない要素だと思ってきた。ここまで読んだトレーダーならおそらく誰でも、不機嫌な唸り声を上げているだろうし、その反応は当然だと思う。
私が言いたいのは、「アルファ値(市場平均に対してどれだけの超過リターンを得ることができたかの指標)」ばかりが暗号資産ではない、ということだ。それでも私は、トレーディングが暗号資産業界の成長にとって鍵となる要素であることは認めているし、私が自分のコメントによって与えている印象よりも、トレーダーは多くの尊敬に値すると考えている。
トレーディングと投資
この点は、もう少し説明の必要があるだろう。まず、私は「トレーディング」という言葉をどういう意味で使っているのだろうか?この記事において「トレーディング」とは、短期的な投資ホライズンで利益を上げるために、暗号資産や関連するデリバティブを売買することを意味する。
さらに、顧客の動きに応じて取引を行い、必要とされる市場インフラ機能を提供するマーケットメーカーではなく、自らの判断をもとに利益を上げることを明確な目的とする個人や組織のことを、念頭に置いている。もちろんこれは単純化した定義だが、長期的な「投資」と「トレーディング」を区別するのには役立つだろう。
なぜその区別が重要なのだろうか?「投資」は、業界や富を成長させるものだからだ。使われていないお金を、事業やエコシステム、経済全体の構築に役立つ場所で使う。そして、より長期的なリスクに対して、見返りをもらう。プロジェクトが失敗に終わっても、通常は何らかの価値が残るものであり、金銭的な価値が残っていなくても、体験と教訓という学びがある。
一方の「トレーディング」はしばしば、ギャンブルに例えられる。ファンダメンタルズと結果が、それほど関係ないからだ。しかし、これは多くの場合、偏った見方だ。
優れたトレーダーは市場のシグナルを読んで、価格予測に関して情報に基づいた意見をまとめることができるし、素晴らしいトレーダーは、新しい情報がなくても、市場の勢いを変えるようなセンチメントの変化を察知することができる。
しかし、シグナルやセンチメントは、市場の根本的な見通しとはほとんど関係ない場合が多く、多くのトレーダーは基盤となる性質のことは気にしていない。気にする必要もないのだ。
市場インフラ企業の創業者である友人が、次のように言っていた。「暗号資産のためにやっているんじゃない。市場にチャンスがあると考えているからだ」。つまり彼は、オーガニックのコーヒー豆を取引するための会社を設立していた可能性もある、ということだ。彼や彼の投資家にとっては、利益が出れば何でも良いのである。
個人トレーダーの多くも、利益を狙っている。暗号資産のボラティリティはしばしば、投資家が暗号資産を避ける理由として挙げられる。しかし、自らのトレーディング能力に自信のあるトレーダーにとっては、ボラティリティこそがトレーディングの理由だ。とりわけ、複数のプラットフォームで、驚くようなレバレッジが提供されているのだから。
分散型金融というイデオロギーや、独立した分散型システムのテクノロジーを信じている多くの暗号資産「信奉者」たちが、トレーダーを軽蔑する主な理由もこれだ。
暗号資産「信奉者」に限った話ではない。20歳になる私の娘は先日、友人たちが暗号資産にうんざりしているのは、自分たちがどれだけの利益を上げたかを自慢することで注目してもらえると思っている「クリプト大好き人間」たちのせいだと語ってくれた。
そしてもちろん、いかがわしい利益最大化戦略を持ったヘッジファンド、利回りを求める人たちが支える分散型金融(DeFi)プラットフォーム、他の人たちが損失を出している時に大きな利益を上げようと価格を操作するために、流動性を使う人たちがもたらすダメージも忘れることはできない。
トレーダーは評判が悪いのだ。とりわけ、利益を上げて、それを自慢気に見せびらかす場合には。そして損失を出した場合には、あまり同情してもらえないようだ。
トレーダーがもたらすもの
しかし、考えみてほしい。トレーダーがいなければ、流動性のある市場は存在しない。流動性のある市場がなければ、機関投資家からの関心は集まらない。機関投資家からの関心が集まらなければ、暗号資産業界は重要性に欠け、資金は乏しく、革新もあまり起こらず、規制当局の介入に一段と脆弱なものになっていただろう。
暗号資産業界にはトレーダーが必要だ。トレーダーは、理論的にはボラティリティのより少ない市場につながるはずの流動性を提供する。不規則な価格の動きを見て行動を起こすことで、見逃されがちな情報を探し出すことで、意見表明を円滑にさせることで、トレーダーたちは市場を正直なものに保つのだ。
トレーダーは、価格が情報に素早く反応できるようにする。トレーダーは、テクノロジーの革新や資産の洗練を促し、それが市場をより堅固なものにする。トレーダーは、長期的な投資家たちにとっては価値がないが、価格に内在するメッセージにより深みを加えるような情報にもとづいて行動する。
暗号資産の世界が荒々しく無法な「ワイルド・ウェスト」であることを理由に参入してくるトレーダーが増えるほど、市場には規制当局からの関心がより多く寄せられ、市場のワイルドさは軽減する。
トレーダーが何を動機としているかなんて、どうでも良いことだ。まったく同じスキルを持って、まったく同じ理由で暗号資産業界に関わっている人などいない。そのような意見や背景の多様性が、暗号資産エコシステムの最も重要な強みの1つだ。
そもそも、お金を儲けたいと思うことは悪いことではない。お金儲けという動機は、現代経済を支えるもので、利益を合法に追求する自由というのは、私たちの社会の素晴らしい長所の1つである。
自らの経験やスキルを活かして、革新的なウェブ3のアイディアを形にする起業家、マネージャー、アーティスト、CFOと同じように、トレーダーも暗号資産業界を発展し得るものにするために、ひときわ価値のある貢献をしているのだ。
さらに、実際に良い結果が出ている。利己的な理由で参加しているトレーダーは、市場をより分散型でレジリエントなものにすることで、知らないうちに暗号資産の精神を支えている。
トレーダーは、個人に力を与えることや、検閲耐性といった約束に関心はないかもしれない。しかし彼らの存在は、富裕層が過度なコントロールを行使するチャンスを抑え、制約のない価格付けという形で重要な情報の拡散を可能にすることで、個人に力を与えることや検閲耐性を暗号資産の特徴にしているのだ。
さらに、トレーダーが提供する流動性は、暗号資産の値付けに対する信頼を醸成し、それがさらなる投資を促す。さらなる投資が、市場が高く評価するプロダクトを開発する動機とリソースを提供することで、多くの潜在的暗号資産ユースケースは強固なものとなる。
ビットコイン(BTC)は、アイディアの魅力をもとに、マーケティングはまったくなしで草の根レベルでスタートを切った。しかし、利益を上げられる可能性がなければ、そのままだったかもしれないのだ。
信頼の新しいコンセプトを基盤とした業界において、トレーダーは意外にも、業界をさらに信頼できるものにしてくれる存在なのだ。短期的な見通しによって、より長期的な投資家は市場に信頼を寄せることができ、それがより多くの長期的な投資を促す。
トレーダーは暗号資産業界の評判を落とす短期的な日和見主義者だと考えている人たちには、トレーダーがいなくなった時のことを考えてみて欲しい。真に分散化したシステムは、すべての人に開かれている。トレーダーは、その動機が何であれ、分散化を強化する存在なのだ。
ノエル・アチェソン(Noelle Acheson)氏は、CoinDeskとジェネシス・トレーディング(Genesis Trading)の元リサーチ責任者。
|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Why Trading Is Essential for Crypto