FTX崩壊を引き起こした驚愕の8日間

サム・バンクマン-フリード氏の巨大暗号資産帝国にとって、11月の1週間は目が眩むような急展開であった。バンクマン-フリード氏が率いる取引所のFTXは引き出しを停止し、バイナンスによる救済策もご破産となったようだ。

こうなると、預金者たちの資産がリスクにさらされる可能性もあり、バンクマン-フリード氏だけでなく、暗号資産業界全体にとって大きな打撃となる。

極端な好況と不況のサイクルにさらされる暗号資産業界において、このような凋落は珍しいことではない。しかし、FTXとバンクマン-フリード氏は、自滅する前に築いていた地位や名声の点で特別だ。

FTXはここ3年間で、アメリカの規制を受けていないにも関わらず、信頼できる取引所と幅広く考えられるようになっていた。バンクマン-フリード氏自身も、暗号資産規制に関する考え方や、アメリカで選挙に立候補した候補者たちへの金銭的支援によって、世界的に影響力を持つようになっていた。

FTXや、バンクマン-フリード氏が立ち上げた投資会社アラメダ・リサーチ(Alameda Research)の財務状況が、多くが思っていたものとは違っている証拠が明るみに出たことで、FTXとバンクマン-フリード氏をめぐるナラティブはいまや、明らかに崩壊している。

この先に答えを探すべき疑問はこれだ。何が起こったのか?なぜほとんど誰も、予見することができなかったのか?

現在進行中のこのストーリーを理解するのに、最も大切な背景を紹介していく。バンクマン-フリード氏の会計慣行をめぐって明らかになった新事実によって、信頼が突如失われていることや、バンクマン-フリード氏が人気者であったために、その転落がなおさら衝撃的であること、そして競合のバイナンスとそのCEOのチャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)氏がこの危機で果たしている複雑な役割があげられる。

「流動性危機」は未公開のリスクを示唆する

CoinDeskが最初に発見した事実が、ここ1週間の出来事に大きな役割を果たした。イアン・アリソン(Ian Allison)記者が11月2日、その時点での評価額に基づいて、アラメダ・リサーチのバランスシート上の146億ドルのうち約58億ドルが、FTXのトークンFTTに関連していると報じた。

リークされた社内文書に基づくこの発見は、衝撃的なものだった。アラメダとFTXは、非常に密接な関係にある。どちらもバンクマン-フリード氏が創業し、二社間の取引の程度や性質については、大きな懸念が存在していた。

FTTはFTXが生み出したトークンで、関連組織が準備資産として保有するFTTトークンの、実世界の公開市場における価値について疑問を招いていた。

金融機関に関するネガティブな憶測は、自己達成的な予言となることもあり、不透明感から資産の引き出しを招き、それが最初に懸念されていた流動性の問題を引き起こす。

完全に正当化し得る取り付け騒ぎを引き起こすには時に、明快な事実だけで十分なのだ。アラメダのバランスシートに関する懸念は、その密接な関係から、FTXからの急速に加速する大量脱出へとつながった。ロイターが入手した社内メッセージによれば、11月8日朝までの72時間で、FTXから60億ドルの資金が引き出された。

暗号資産取引・情報プラットフォームのコイングラス(Coinglass)のデータによれば、そのためにFTXには一時的に、1ビットコイン(BTC)だけしか残っていなかったようだ。今では36BTCまで回復しているが、コインベースとバイナンスはそれぞれ、50万BTC以上を預かっている。

このような急速な資金引き出しを受けて、バンクマン-フリード氏とチームは、買収パートナー探しを必死に始めたらしい。バイナンスが関わる前にも、様々なパートナー候補に連絡をしたようだ。

しかし、そのような劇的で急速な資金引き出しによって、なぜFTXが救済策を模索し始めたのか、明確な理由がはっきりしないのだ。FTXはユーザーに対し、アカウントにある暗号資産で投機は行わないと約束していた。その方針が守られていたならば、引き出しを停止する必要も、バランスシートの欠落もなかったはずだ。

暗号資産データを手がけるコインメトリックス(Coinmetrics)のアナリスト、ルーカス・ヌッジ(Lucas Nuzzi)氏は、その理由を見つけたかもしれない。おそらくアラメダの損失をカバーするためのローンとして、FTXが9月にアラメダに資産を送金した証拠とされるものを、彼は提示したのだ。

今回の危機はまた、FTTに関連する資産をアラメダが大量に保有していたことが、バンクマン-フリード氏の帝国の安定性にとって何を意味していたのかをめぐる懸念は杞憂でなかったことを示してもいるようだ。

11月8日、バイナンスとの一時的合意が発表された後にFTXは、正式にすべての暗号資産引き出しを一時停止したと発表した。

J.P. モルガンにあらず

数字も驚くべきものだが、FTX崩壊のさらに大きな重要性はそれが、バンクマン-フリードマン氏にまつわる長年のナラティブをひっくり返す点にあるのかもしれない。

2022年上半期に、テラやセルシウスなどの明らかな詐欺的プロジェクトが崩壊し、他の暗号資産組織にも影響が波及する中、バンクマン-フリード氏は良識があって地に足のついた、それらの混乱と対極に位置する人物で、エコシステム全体を救うこともできる潤沢な資金を抱えた救世主のように思われていた。

バンクマン-フリード氏は例えば、暗号資産レンディングを手がけるブロックファイ(BlockFi)やボイジャー・デジタル(Voyager Digital)、ヘッジファンドのスカイブリッジ・キャピタル(Skybridge Capital)に貸し付けをおこなったり、買収を申し出たりした。アラメダ・リサーチも投資資産が枯渇していた7月下旬、フェイスブックと関連したブロックチェーン、アプトス(Aptos)の資金調達ラウンドを主導した。

最後の頼みの綱となる起業家としての役割からバンクマン-フリード氏はしばしば、「暗号資産界のJ.P.モルガン」と呼ばれてきた。銀行のことではなくて、その創業者の資本家の方だ。1893年と1907年の2回にわたり、モルガン氏は自らの資産を使って、危機に直面した新興金融市場を支えようと介入を行った。

しかしこのような例えが、単純化し過ぎたものであったことが明らかとなっている。バンクマン-フリード氏がほのめかした取引は、実現したものよりはるかに多く、例えば彼は、セルシウスを買収するという提案も撤回した。これらの取引の多くは、FTXやアラメダへと資金を巡らせたことはほぼ間違いない。さらに、危機にさらされていた資産の額が、報道で誇張されていた可能性もあるのだ。

これらのことがとりわけ重要なのは、バンクマン-フリード氏が、一般的な政策、そして暗号資産規制において、政治的影響力を持つ人物として築き上げた人物像があるからだ。

ここ1週間の危機との正確なつながりは少し分かりにくいが、バンクマン-フリード氏は10月下旬、一連の暗号資産規制の提案をめぐって、一連の否定的な反応を受けていた。彼はまた、米民主党への大口の寄付者でもあった。

ある推計によれば、今回の危機によってバンクマン-フリード氏はすでに、ビリオネアではなくなっている。そのことは、寄付を通じて将来的に政治を影響を与えることを完全に不可能にするわけではないが、制約が出るのは間違いない。

さらに重大なのは、金融でもそれ以外の何に関しても、政策アドバイザーとしてバンクマン-フリード氏の信憑性がズタズタになったこと。彼の「効果的な利他主義」の実態が白日の下にさらされたのだ。

友か敵か

今回の騒動で最も興味深い要素は、世界で最も中央集権化された暗号資産取引所バイナンスの創業者兼CEOジャオ氏の役割だ。ジャオ氏とバンクマン-フリード氏はここ数年、時に協力しあってきたが、最近のやり取りからは、個人的、そしてビジネスにおける緊張関係がうかがえた。

ジャオ氏とバイナンスは、ジャオ氏の狙いがそこにあったのかは分からないが、FTXの崩壊に実質的に寄与した。アラメダの財務状況に関するCoinDeskの報道への反応とし、ジャオ氏は11月6日、バイナンスが保有するFTTトークンの大部分を清算すると発表した。

とても奇妙なことに、アラメダのCEOキャロリン・エリソン(Caroline Ellison)氏はすばやく、そして極めて公に、FTTを相対取引で各22ドルで買い取るとジャオ氏に提案。

公に提案をすることは、バイナンスによるトークン売却の市場への影響についてアラメダ内に不安があることを明るみに出すからだけでなく、エリソン氏の提示した価格が、当時のFTTの取引価格をわずかに下回り、アラメダを救済したいと思わせるものではなかったため、混乱が広がった。

ジャオ氏は当初、「競合へ向けた敵対的な動きなのかどうかという憶測については、そうでない」と語り、バイナンスによるFTT売却をできるだけ温厚なものに見せようとした。

しかし同じ日に、とげのある発言で自らの主張を分かりにくくした。

「我々のFTTの清算は、テラ(LUNA)から学んだリスクマネジメントに過ぎない。我々は以前は(FTXを)支援していたが、離婚後も愛し合うふりをするつもりはない。いかなる人にも反対しない。だが陰で他の業界関係者に敵対するロビー活動を行うような人たちを支援しない」とツイートしたのだ。

テラの創業者ドー・クォン(Do Kwon)氏が現在、韓国当局による金融詐欺の告発から逃れる国際的な逃亡者となっていることを考えれば、テラとの対比は悪意に満ちたものだ。ロビー活動に言及したくだりも、何か個人的な感情が絡んでいるのではという印象を与える。

ジャオ氏はもしかしたら、ジャオ氏が中国系であることを中傷しているとも取れるバンクマン-フリード氏の、現在は削除されたツイートを快く思わなかったのかもしれない。ジャオ氏はカナダ人であり、長年にわたって、バイナンスが中国企業であると示唆するような声に怒りを示してきた。

このようなことから、ジャオ氏がバンクマン-フリード氏とFTXを相手にチェスをしているのではという憶測が広がった。ジャオ氏自らも後に、大量のFTT売却を自ら発表したことが、大切な時にFTXへの信頼を弱める「最後の決定的な一撃」になったと述べている。

ジャオ氏は、悪質な意図や策略を否定していたが、競合を深刻に弱体化させる動きを見せた後に買収に合意した11月8日時点では、その言い分を信じるのは難しかった。

そしてここに来て、バイナンスはFTXの財務状況を精査した上で、買収を撤回することとなった。舞台裏をのぞいたジャオ氏が何を見たのか私たちが完全に理解できるまで、少し時間はかかるかもしれないが、おそらく良いものではなかったはずだ。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:FTXのサム・バンクマン-フリードCEO(Danny Nelson/CoinDesk)
|原文:8 Days in November: What Led to FTX’s Sudden Collapse