暗号資産とAI──対立する信念、権威主義的な悪夢【コラム】

ここ半年、AI (人工知能)の開発はとりわけ目覚ましい進展を見せている。Midjourneyなどの画像生成AIや、ChatGPTなどのテキスト生成AIは多くの人を魅了し、さまざまな議論も巻き起こっている。自動運転カーとは異なり、これらのアプリケーションはすでに現実のビジネス展開の準備が整っているようだ。

AIは中央集権型企業に向いている?

これは、パブリックブロックチェーンや分散型コンピューティングに重点を置いた暗号資産イノベーターにとって問題となるかもしれない。

少なくともAIはこの先しばらくの間、投資家からの資金を競い合う強力なライバルとなるだろう。とりわけ、詐欺師たちがこの1年で暗号資産に与えた評判上のダメージを考えれば無理もない。

さらに、ブロックチェーンとAIの間には、仕組みや基盤となるアイデアの点で深い溝がある。現状、AIはトレーニングのために中央集権化された大量のデータキャッシュを必要としているが、これは暗号資産やブロックチェーンコミュニティとは相容れない、プライバシーやセキュリティ上のリスクを生む可能性がある。

さらにデータキャッシュに依存することから、AIは大規模な中央集権型企業が取り込むテーマとして最適。これはすでに進行している。米マイクロソフトがOpen AIとChatGPTに100億ドル(約1兆3100億円)を投資したことは、自社製品に限定してこのテクノロジーを使おうとしていることは明らかだ。

分散型のアプローチ

しかし、AIに内在する非民主的なバイアス(偏り)の解消に役立つ、まったく異なるアプローチも存在する

暗号資産以外の、ブロックチェーンのわかりやすく、現実的な用途の1つは、分散型コンピューティングリソースの管理だ。ブロックチェーンはネットワークに対するサービスを調整・検証することに活用でき、トークンは貢献者に対するインセンティブとして機能する。

現状では、分散型クラウドストレージのFilecoin(ファイルコイン)や分散型高品質グラフィックコンピューティングのRender Networkなどに使われている。

もう1つの興味深い事例は、P2P(ピア・ツー・ピア)プロトコルを手がけるビットトレント(BitTorrent)。同社はトークン技術を使っていないため、2017年頃から開発者たちは、トークンを活用し、最速の接続を提供したユーザーに報酬を与えることで、ネットワークをより良いものにすることができると主張し始めた。

トロン(Tron)の創業者ジャスティン・サン(Justin Sun)氏は2018年、まさにそれを実現すると提案して、ビットトレントを買収した。

ミンスキー「心の社会」

また数多くのブロックチェーンプロジェクトが、トークン化された分散型コンピューターの論理をAIにも拡大している。

とりわけ重要なものは、2017年にベテランAI開発者のベン・ゴーツェル(Ben Goertzel)氏が立ち上げたSingularityNETだろう。ゴーツェル氏は1980年代後半からAIに取り組み、AIに関する10冊以上の著作を執筆。「Artificial General Intelligence(汎用人工知能)」という言葉を広めたことで知られている。

SingularityNETは、2017年のICO(新規コイン公開)ブームで資金調達を行ったなかでは、比較的珍しい、信頼性のおけるプロジェクトの1つだ。独自トークンのAGIXは、マイクロソフトのOpen AIへの投資のニュースで大きく上昇した。

SingularityNETのAIに対するアプローチについて、ゴーツェル氏は、AIが「a society of minds(心の社会)」として発展することを思い描いたコンピューターサイエンスの先駆者、マーヴィン・ミンスキー(Marvin Minsky)氏の言葉で表現している。

つまり、言語プロセッサやナビゲーター、画像ジェネレーターなど、特定の用途に秀でたさまざまな、いわゆる「限定的」なAIを統合するオープンアーキテクチャをゴーツェル氏は指向している。

コンポーザブルAI

SingularityNETのユーザーは、ネットワーク上で特定のサービスを組み合わせることができる。世界中のどこでも作成、ホスティングが可能で、ネットワークに自由に接続できる。イーサリアムなどのスマートコントラクトプラットフォーム上で金融サービスがより大きなサービスとしてまとめらる、「コンポーザビリティ(構成可能性)」と根本的に似ている。

コンポーザブルAIネットワークは、暗号資産やスマートコントラクトが金融を民主化することと同じように、AI開発を民主化できるとゴーツェル氏は主張する(ただし、我々が体験してきたように、これは諸刃の剣だ)。しかしゴーツェル氏はさらに踏み込んで、各モジュールが独立して開発される再結合環境が、汎用人工知能、つまり人間に近いデジタル知性に向けた優れた道と主張している。

ここで1点、技術的なディテールを強調しておこう。AIはブロックチェーン上で実行できない。少なくとも現在のテクノロジーでは、想像できないくらい遅く、コストがかかる。

SingularityNETや同様のプロジェクトは、オフチェーンリソースの管理にブロックチェーンを活用することに力を注いでおり、これはある程度の技術上のリスクを示している。なぜなら、ネットワークでやり取りされる良質なインプットとアウトプットを確保するには、何層もの検証が必要となるからだ。

暗号資産 vs AI

AIに対するゴーツェル氏のアプローチは、現在、AIのメインストリームでの広告塔となっているサム・アルトマン(Sam Altman)氏の信念と対立している。

アルトマン氏はOpen AIの共同創業者兼CEOであり、眼の虹彩をスキャンすることでグローバル市民のための固有デジタルIDを作ろうとするプロジェクト「ワールドコイン(Worldcoin)」の立役者でもある。

一見しただけでも、アルトマン氏のワールドコインは弱い立場の市民から機密性の高い生体データを収集しようとしている点で軽蔑に値する。しかし、そこに示されているAIとの関係性はもっと陰鬱なものかもしれない。

社会、経済に関する多くの理論家たちは、AIがきわめて不平等な世界を生み出すと予測している。トラックドライバーやレジ係などの仕事を無くすと考えられている。そしてAIはおそらく、中央集権的に管理される可能性が高いため、そうした人たちから奪われた賃金は巨大企業の収益となる。

サム・アルトマン氏のワールドコインは、シリコンバレーがこの難問に対して提供したソリューションを展開することを目的としている。ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)だ。

権威主義的な悪夢

AIが多くの人たちの仕事を奪うのなら、政府などは中央集権化された少数のAI管理者に税金を課し、それを市民に再分配しなければならない、というアイデアだ。ワールドコインの虹彩スキャンは何よりも、同じ人が何度もUBIを受け取ることを防ぐなど、未来のシステムの悪用を防止するためのものだ。

私は左派であり、ある程度の富の再分配は社会をより安定した、生産的なものにすると考えている。しかし私にとっても、シリコンバレーのUBIのアイデアは、肥大化した共産主義と、貪欲な独占的資本主義の最悪の特徴を組み合わせた、権威主義的な悪夢に思える。多くの人が、少数の人の寛大さに完全に依存することになる未来だ。

サム・アルトマン氏やピーター・ティール(Peter Thiel)氏のような人物は、一見楽しそうに、私たちをそんな未来に向かわせようとしている。

包括的な代替ビジョンはまだないが、SingluarityNETのような分散型AIプロジェクトは、少なくとも、より民主的で技術的な未来に向けたヒントを見せてくれている。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像: Shutterstock
|原文:What’s the Relationship Between Crypto and AI? Is There Any?