FTXの衝撃的な破綻を受けて、暗号資産規制の新しいアイデアが登場している。暗号資産を「ギャンブル」として規制しようというアイデアだ。
コロンビア大学のビジネス・法・公共政策研究のためのリッチマン・センター(Richman Center for Business, Law and Public Policy)でシニアフェローを務めるトッド・ベイカー(Todd Baker)氏は「暗号資産トレーディングは、その本質で規制されるべき。つまり金融を真似たギャンブルであり、支持者が言っていることや、人々が信じていることは関係ない」と主張している。
欧州中央銀行(ECB)のファビオ・パネッタ(Fabio Panetta)専務理事も「規制においては裏付けのない暗号資産の投機的性質を認め、ギャンブル行為として扱うべき」と述べている。
暗号資産規制をギャンブルの規制と同等に扱うことには、メリットとデメリットがある。まず、デメリットから見ていこう。
デメリット:1つの規制フレームワークに収まらない多様性
暗号資産を1つのものと捉えて規制すべきという主張はあまり役に立たない。私たちが「暗号資産」と呼ぶものが、1つのフレームワークに便利に収まるような、単一の問題に対応したプロダクトではなくなってから久しい。2012年や2013年なら、そうだったかもしれない。当時なら、ギャンブルは最も相応しかったかもしれない。
しかし暗号資産の中核部分は、複数のプログラム可能なデータベースから構成されている。つまり、ギャンブルアプリだけではなく、あらゆるアプリケーションを実現できる。今では暗号資産領域で発生するアクティビティの幅はきわめて広く、多様なものになった。
MakerDAO
例えば、MakerDAOは、ブロックチェーン上に構築されているため、「暗号資産」の範疇に収まる。だが、ギャンブルプロダクトではない。機能的に見ると、MakerDAOはステーブルコイン「ダイ(DAI)」を発行し、融資を行う銀行だ。
さらに複雑なことは、MakerDAOの所有権は、その運営方法についての投票権を保有者に与える、ブロックチェーン上に存在する暗号資産メイカー(MKR)として表されていること。MKR保有者は、さらに利益の分配を受けることもできる。つまりMKRは、ウェルズ・ファーゴなどの銀行の株式のようなもの。投資だ。
MakerDAOや関連する暗号資産のDAIやMKRをギャンブルプロダクトとして規制することは、ウェルズ・ファーゴやその株式をカジノとして規制することが適切ではないことと同じ理由で合理的ではない。
DeFiやCeFi
あるいは、アーベ(Aave)やコンパウンド(Compound)などのブロックチェーン上で開発された分散型ツールを考えてみよう。どちらもレンディングを行っている。これら2つのツールは確かに、ギャンブルを行う顧客にもサービスを提供できるが、それ自体はギャンブルアプリではなく、そうしたカテゴリーに分類されるべきではない。
中央集権型取引所のコインベース(Coinbase)はどうだろう? コインベースは顧客が現金で暗号資産を直接売買できるようにしており、Eトレード(E-Trade)のような伝統的ブローカーと、ナスダックのような取引所の役割を1つのプラットフォームで担っている。
しかし、Eトレードやナスダックには、ギャンブル規制ではなく、証券取引に関する規制が適用されている。ならばおそらく、コインベースでも同じにするべきだろう。
つまり、暗号資産の規制は、単にすべてをギャンブルのカテゴリーにまとめてしまうことよりも、繊細な議論だ。新興のブロックチェーンプロダクトに適応できる既存の規制フレームワークは数多く存在しており、ギャンブルはその1つに過ぎない。
次に、メリットを見ていこう。
メリット:依存症や未成年、広告への対応
DAIやMKR、アーベやコンパウンドはギャンブルではないかもしれない。しかし、暗号資産の多くの部分は、確かにギャンブルだ。
暗号資産にかかわる多くの人は、ドージコイン(DOGE)や柴犬コイン(SHIB)のような非常にボラティリティの高い、裏付けのない暗号資産への投資以外のことをほとんどしていないからだ。
ビットコイン(BTC)やビットコインキャッシュ(BCH)、ライトコイン(LTC)、リップル(XPR)、イーサリアム(ETH)も同様だ。
暗号資産業界は、ボラティリティの高い暗号資産への賭けをギャンブルから「投資」に引き上げようと最大限の努力をしてきた。例えばコインベースは「世界における経済的自由の拡大」をそのミッションに掲げている。
しかしよく考えてみれば、ドージコインのようなボラティリティの高い暗号資産は、多くの人が価格がいくらになるかを予想する、終わりなき年中無休の宝くじのようなものだ。この繰り返される賭けのプロセスがビットコインやライトコインなどの価格を動かしている。
ユーザーは終わらない宝くじの中で、他のユーザーに自らのポジションを売ることができる。カジノのチップもときに、支払いに使われることがある。しかし暗号資産の支払い機能は、宝くじとしての主要機能に大差をつけられた二次的な機能に過ぎない。
依存症や未成年への対応
ボラティリティの高い暗号資産を使った賭けをギャンブルの一形態と正式に認めることのメリットは、問題のあるギャンブラーや未成年者に対する既存の保護を暗号資産の領域に適用できることだ。
ギャンブル依存症は、ネガティブな結果や、やめようとする努力にもかかわらず、ギャンブルをしたいという衝動が永続的、かつコントロールできないことが特徴。金銭的な困難や人間関係における問題、鬱や不安といったメンタル面の問題を引き起こす可能性がある。
多くの国においてギャンブル事業者は、顧客が自発的にギャンブル施設に入れなくするような自己排除プログラムを導入することで、ギャンブル依存症に対処することが義務付けられている。
ボラティリティの高い暗号資産をギャンブルとして規制することで、コインベースやペイパル、クラーケン(Kraken)など、暗号資産を提供するプラットフォームは、独自の自己排除プログラム導入を義務付けられることになるだろう。
ギャンブル施設は多くの場合、「責任を持ってギャンブルを。ただのゲームに過ぎないことを忘れずに」といった呼びかけを法律によって義務付けられている。例えば、アメリカの宝くじ「メガ・ミリオンズ(MegaMillions)」のページには、ギャンブル依存症についての情報が掲載され、匿名で相談できる24時間ホットラインも用意されている。
このようなメッセージ義務を暗号資産に適用すれば、ボラティリティの高い暗号資産の購入を「投資」として説明することは許されなくなる。コインベースやペイパルなどのプラットフォームは「責任を持ってビットコインを扱おう。ただのゲームに過ぎないことを忘れずに」といった警告を表示しなければならなくなる。
広告の制限
またボラティリティの高い暗号資産をギャンブルと認めることで、多くの国では、広告が制限されるだろう。2021年、フロキイヌ(floki inu)という暗号資産の広告がロンドンを埋め尽くした。「ドージコインのブームに乗り遅れた? フロキを買おう」と訴えた広告は、機会を逃すことを恐れる人々の心理に訴えかけた。
しかしイギリスには、ギャンブル広告に関して非常に厳格な決まりがある。フロキや、他のボラティリティの高い暗号資産が最初からギャンブルと分類されていれば、フロキの広告キャンペーンは多くのハードルを乗り越えなければならなかっただろう。
人気俳優のマット・デイモンが出演した2022年のクリプトドットコムの「幸運は勇敢な者を好む」という広告はどうだろう? この広告は、ボラティリティの高い暗号資産を購入する人を勇敢な探検家に例えようとした。ボラティリティの高い暗号資産をギャンブルとして規制すれば、広告クリエーターたちは人々を惹きつけるために、このような曖昧な例えを使うことはできなくなる。
イギリスなどにおけるギャンブル規制のフレームワークは、ギャンブル事業者が広告を通じて子供たちにメッセージを届けることを明白に禁止している。ボラティリティの高い暗号資産の取引がギャンブルの一形態であると認められれば、暗号資産プラットフォームは、18歳未満のユーザーを惹きつけようとすることが禁じられる。
最後に、一部のアメリカの州やイギリスでは、クレジットカードでキャンブルを行うことが制限されている。ギャンブラーの中毒が、家族の資産をも巻き込んだ、はるかに大きな危機へと雪だるま式に拡大しないようにするためだ。このルールを暗号資産にも適用すれば、顧客はクレジットカードでボラティリティの高い暗号資産を購入できず、マージン取引へのアクセスも制限される。
●
要するに、ギャンブル規制を暗号資産に適用するというアイデアは、もっと具体的に検討する必要がある。ギャンブルにはあたらないブロックチェーンベースのアクティビティは数多く存在しており、それらはギャンブルとして規制を受けるべきではない。
だがブロックチェーン上で起きることの多くはギャンブル。私たちがそのことを認識し、それに応じた規制を行っても良い時期だろう。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:The Pluses and Minuses of Regulating Crypto as Gambling