なぜ、主要新興市場は暗号資産に目を向けるのか──日本も不思議な動き【コラム】

アメリカが政治的膠着状態に陥り、他の地域では暗号資産(仮想通貨)の規制フレームワークが構築されている。今、暗号資産に対する市民の需要の進化と見通しを検討することは重要なことだろう。

大国がインフレ、法定通貨の不安定さ、金融アクセスの独占的なコントロールに苦しみ、市民は一層、暗号資産に慣れ親しみ、中央集権的メカニズムに対する不信感を募らせている。

パキスタンの暗号資産事情

パキスタン(人口2億3900万人以上、世界5位)の政府は先日、FATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)からのペナルティを避けるために、同国で暗号資産が「合法化されることは決してない」と語ったと報じられた。

表面的にはFTAFのポジションへの過剰反応のように見えるかもしれない。FATF議長は先日、暗号資産の完全な禁止ではなく規制を求める『An end to the lawles crypto space(無法な暗号資産の世界に終わりを)』と題された書簡を発表した。

しかしパキスタンはFTAFとはやや緊張関係にあり、(アンチマネーロンダリングコントロールに「不備」がある国と認定し、国際金融への参加が制限される)「グレーリスト」から昨年10月に外されたばかりだ。

さらにここに、IMF(国際通貨基金)の影響力を見るのも難しくはない。パキスタンは現在、救済プログラムに関してIMFと交渉中。しかし交渉は難航しており、パキスタンの政治的・経済的問題に関する懸念が近隣諸国にも影響を与え始めている。IMFは暗号資産市場に対する不信感を隠してはおらず、数カ月前には、アルゼンチンとの交渉に暗号資産の使用を抑制する条件を組み込んだ。

それでもパキスタンでは活発に暗号資産が使われている。市民は法定通貨の価値低下を恐れ、給与をステーブルコインに替えていると伝えられる。法定通貨のパキスタンルピーは年初以来、米ドルに対して20%以上、この1年では30%以上下落している。

一方、パキスタンルピー建てのビットコイン(BTC)価格は年初以来103%上昇(米ドル建てでは63%)。ブロックチェーン分析企業チェイナリシス(Chainalysis)の2022年のレポートが、暗号資産の普及度でパキスタンを世界6位に位置付けていることは偶然ではないだろう。

ナイジェリア、トルコ、さらには日本も

ナイジェリア(人口2億1800万人以上、世界6位)でも、暗号資産の利用が盛んだ。同国では新大統領が就任すれば、貿易不均衡とドル不足解消のために通貨の切り下げが行われる可能性が高い。

チェイナリシスの世界暗号資産普及度ではナイジェリアは11位、Google Trendsで過去90日を振り返ると、「crypto(暗号資産)」という検索用語が使われた回数は世界で1番多く、「bitcoin」も世界で2番目に多かった

「crypto」という検索用語が使われた回数ランキング(Google Trends)

人口8500万人以上と世界18位のトルコではエルドアン大統領が再選される見込みに市場が備えるなか、最近、法定通貨のトルコリラが過去最安値を記録した。

暗号資産市場データを手がけるカイコ(Kaiko)が発表したチャートによれば、リラでの暗号資産取引が急増し、ユーロでの取引よりも多くなっている。前述のチェイナリシスの2022年のレポートでは、トルコは暗号資産普及度22位になっていたが、通貨トラブルと、それに備えてヘッジと分散化する必要性が上位にランクインした理由だろう。

暗号資産取引の通貨別内訳(トルコリラ/TRYは茶色)/Kaiko

私の「普及度に注目」リストに思いがけず入ることになったのは日本だ。人口1億2400万人以上で世界11位、名目GDPは世界3位だ。

暗号資産運用会社コインシェアーズ(CoinShares)のリサーチ責任者ジェームズ・バターフィル(James Butterfill)氏は先日、暗号資産取引所でのスポット取引高の増加率を示すチャートをシェア。1位になったのは日本で、1日の平均取引高は世界2位(1位はアメリカ)で、増加率は抜きんでて1位(年初以来約55%)だった

2023年取引所でのビットコインスポット取引高の増加(CoinShares)

日本のインフレ率は低く、法定通貨も比較的安定しているため、主に投機目的かもしれない。あるいは、インフレ率の高まりと通貨の不安定さに投資家たちが備えているサインなのかもしれない。

しかし、インフレ率の高まりは利上げを招く可能性が高く、そうなれば円は強くなるはずだ。そうだとすると日本においてビットコインが何のヘッジになっているのか、はっきりとしない。

ヘッジとしての暗号資産

ウクライナ、アルゼンチン、レバノンなど、世界中の市民が、自国通貨のボラティリティや価値の低下に対するヘッジとしてビットコインに頼る例は他にもたくさんある。

多くの人たちは、信頼できるオンランプの不在と、カストディの難しさに苦しんでいる。しかし、アメリカの規制当局からの敵対心を少しでも懸念している人たちはほとんどいない。

これらの事実から痛感させられるのは、暗号資産の目的は、金融市場が提供する投機をはるかに超えたものであること。さらに、多くの新興経済国は、金融の自由を制限することにおいて規制当局が越権行為を行うことに慣れており、そのような国々の市民はより開かれた政権のもとで暮らす市民に比べて、分散型という多くの暗号資産の性質を理解しやすく、その良さを評価しやすい傾向にあることだ。

さらに、新興国で今後予想される通貨の大きな混乱の可能性が高まっていること、インフレ圧力、ドルの強さ、政治的混乱の可能性などを考慮すれば、ビットコインやステーブルコインなどの暗号資産の「保険」「ヘッジ」的性質がさらに魅力的になる理由は理解できるだろう。

通貨の流動性という逆風は大きいかもしれないが、暗号資産市場はそれがすべてではない。

ノエル・アチェソン(Noelle Acheson)氏:CoinDeskとジェネシス・トレーディング(Genesis Trading)の元リサーチ責任者。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:パキスタン第2の都市ラホール(Katja Tsvetkova / Shutterstock.com)
|原文:Why the Biggest Emerging Markets Are Turning to Crypto