米アップルが4月にゴールドマン・サックスと提携してアメリカで始めた預金サービス「Apple Savings」のユーザーが、預金の引き出しや移動での深刻な遅延を報告している。
多い人では10万ドル(約1400万円、1ドル140円換算)の預金がApple Savingsの口座に閉じ込められ、顧客は自分のお金を取り戻そうと数週間にわたって苦戦を強いられている。
口座を開設して入金しただけなのに…
遅延に対する釈明は、少なくとも伝統的金融システムの奇妙な基準から言えば、妥当なものだ。多くの場合、動きが制限された預金は「セキュリティ・レビュー」を受けていた。つまり、ゴールドマン・サックスは、預金者がマネーロンダリングを行っていないかをチェックしていた。
この事態のバカバカしさは、アンチ顧客的で手際の悪い銀行業務のように、何層にも積み重なったものだ。今回、銀行によるセキュリティ・レビューの引き金となったのは、新しい預金口座への多額の入金。
とはいえアップルは4.15%という平均より高い金利を大々的にアピールしていたため、多額の預金が集まることは予想されていたはずだ。
犯罪者ではない普通の人でも、預金口座はお金を預けるために使うものだ。しかもアップルの新サービスは数週間前に開始されたばかりなのだから、口座が新しいことは当然だ。
つまり、アップルのマーケティングに従って、ゴールドマン・サックスが管理する新しい預金口座を開設し、多額のお金を預け入れたら、デフォルトでマネーロンダリングをしている人物と推定され、預金は即時かつ無期限で凍結されることになっているようだ。
住宅の頭金が凍結された…
ゴールドマン・サックスのお粗末なアンチマネーロンダリング対策の標的になった人たちを検証してみると、その陰鬱な悪夢がさらに明確になる。
ウォール・ストリート・ジャーナルの取材に応じた被害者の1人は、グラミー賞受賞歴を持つミュージシャンのアントニオ・サンチェス(Antonio Sanchez)氏。グーグルで簡単に検索して電話をかければ、マネーロンダリングをしていないとすぐにわかるような人物だ。
しかし、被害を受けた他の顧客たちと同様にサンチェス氏も、住宅購入の頭金にするはずだったのに凍結されてしまった10万ドルを取り戻そうと、数週間にわたってカスタマーサービスの迷宮の中で戦うことになった。サンチェス氏は結局、義理の母親からお金を借りることになってしまった。まさに悪夢を超えた悪夢だ。
もしグラミー賞受賞歴がなかったらどうなるのだろう? 扱いが良くなることはないだろう。
取材を受けた顧客の数人が成功させた方法は、ウォール・ストリート・ジャーナルからゴールドマン・サックスに取材のために連絡をしてもらうこと。しかし、そのような解決策はほとんどの人は使えない。
誰のお金なのか…
ゴールドマン・サックスは個人顧客に注力した銀行ではなく、リテール(個人などの小口)顧客へのサービス提供に苦戦してきた。
しかし今回の件は、有意義なカスタマーサービスから、自動化が進み、取るに足らないような個人の預金者には冷淡、あるいは敵対的とも言えるアプローチへとシフトする伝統的銀行業界の大きなトレンドとも一致している。
このアンチ顧客的なトレンドがこれほど有害なものになっているのは、アメリカのすべての銀行口座預金を、例外なく、事実上コントロールできてしまうような、完全に透明性を欠けたアンチ・マネーロンダリングシステムが組み合わさっているからだ。
融通の効かないアルゴリズムや、十分な報酬をもらっていないデータアナリストに少しでも不審に思われるようなミスがひとつでもあると、あなたの資産はすぐに「レビュー中」となり、その判断が覆されるまで待たなければならない。
そのような不審な動きには、いまや「口座開設」や「口座への入金」すらも含まれるようになったようだ。
考えてみて欲しい。銀行があなたが誰かなど気にも留めず、いつでも、説明なしに、無期限であなたの預金を凍結できる力を持っているたとしたら、それはあなたのお金と呼べるだろうか?
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Apple and Goldman Sachs Don’t Trust Their New Banking Customers