米証券取引委員会(SEC)が世界最大の暗号資産(仮想通貨)取引所バイナンス(Binance)を提訴するというニュースが流れた後、チャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao:通称CZ)CEOは、いつものようにツイッターに手を延ばした。CZの最初のツイートは「4」という数字だけで、SECのゲンスラー委員長がいくつかのテレビインタビューに控えて準備している頃に投稿された。
ジャオCEOのメッセージ
ほとんどの人は、このツイートを見ても困惑しただろう。しかし、CZの800万人のフォロワーの多くにとって、このツイートはメッセージであり、ジョークであり、聞き覚えのある安心感を与えようとする試みだった。
CZ自身の言葉を借りると、「4」は 「FUD、フェイクニュース、攻撃などを無視」するという意味。FUDとは「fear、uncertainty、doubt(恐怖、不確実性、疑念)」の略で、暗号資産の世界ではよく使われる。
暗号資産に対する規制当局の攻撃が、あまりに当たり前になっており、業界で最も影響力のあるプレイヤーの1人が定型的な回答をできるほどになっている。さらにCZのツイートは、アメリカの2大金融監督機関から訴えられている今でも、規制に対する同社の戦略はおおむね変わらないことを示唆している。
そして実際に、それはほぼ事実となった。提訴から数日後(その間に、アメリカに拠点を置くライバル取引所のコインベースも提訴された)、バイナンスは、SECの執行による規制は誤り/顧客資金は常に安全/同社のこれまでの「コンプライアンス遵守」の試みは非協力的なSECによって阻止されたという長年の主張を貫いた。
バイナンスの主張
「私たちはSECの提訴を真摯に受け止めているが、SECの執行行為の対象になるべきではない。まして、緊急で行うなどなおさらだ。私たちは自社プラットフォームを全力で守っていく」とバイナンスは述べた。
もちろん、今回はいくつかの点が異なっている。まず、同社は新たに「地域市場責任者」に、アブダビやシンガポールの規制当局に務めていたリチャード・テン(RIchard Teng)氏を任命し、アメリカ以外の地域(アジア、ヨーロッパ、中東)における取引所運営を任せることにした。
複数の暗号資産関連ストラテジストは、これは戦略的に有効なPR作戦であり、SECの耳をつんざくような一撃を弱めることができたかもしれないと語った。
次に、名目上は独立した事業体であるバイナンスUSは、SECがその資産を「一時的に差し止める」よう要請したため、きわめて差し迫った懸念に直面している。すでに大規模な上場廃止も行われており、取引高は大きく減少するだろう。
コインベースとの深刻度の違い
そうなると、バイナンスがこれまでどおり事業を続けられるかどうか、そして、長期的に本当に成長し続ける企業になれるかどうかが問われてくる。
SECの訴えが深刻なものであることを考えると、少なくとも私の限られた視点からは、ある意味で奇妙な疑問だ。
バイナンスとCZは、コインベースも直面している「事業に必要な適切なライセンスを取得していない」というごく一般的な申し立てに加えて、顧客の資金を危険にさらし、バイナンスUSでウォッシュトレーディングを促進とまでは言わずとも可能にし、同意なしに顧客の資金を不適切に移動させたなど、数々の問題でも訴えられている。
言い換えれば、バイナンスが抱える法的トラブルはコインベースとはタイプが異なっている。提訴の焦点は、同社が未登録証券を上場していたかどうかのみならず、資金がどのように展開されているかについて顧客に誤解を与えたかどうか、アメリカ市民がアクセスできないはずのアメリカ以外のプラットフォームで取引することを暗黙のうちに奨励していたかどうかという点にも置かれている。
バイナンスの評判はすでに下り坂だった。米商品先物取引委員会(CFTC)は2カ月前、不適切なライセンスで、アメリカの消費者に誤った金融商品を提供したとしてバイナンスを提訴。その中で、バイナンスがときにはほとんど滑稽なほど無能な会社であり、成長のために顧客の資金を危険にさらす熾烈な会社でであることを示す、いくつかの文書と社内の会話が開示された。
訴訟が与える影響
専門家たちは現在、バイナンスがブランドとして生き残れるかどうか深刻に疑問視している。ここで、最悪の事態がまだ終わっていないことに言及しておいた方がいいだろう。
バイナンスは現在、2つの民事訴訟に直面しているが、米司法省からも圧力を受けている。司法省が刑事捜査を開始し、訴えが認められれば、バイナンスの幹部数名は刑務所に入る可能性すらある。SECの訴訟だけでバイナンスが閉鎖されるかどうかとの質問に対し、証券関係の弁護士でコンセプチュアル・アーティストのブライアン・フライ(Brian Frye)氏は「きわめて現実味のある可能性」と答えた。
ゲンスラー委員長の任期をゆうに過ぎると予想されるこの訴訟でSECが勝てば、バイナンスに対して多額の罰金を課し、例えば自社トークンであるバイナンスコイン(BNB)を厳しい監督下に置くなど、事業の重要な部分を無効化または縮小し、CZのバイナンス運営や金融機関経営を永久に禁止する可能性がある。
また、SECはバイナンスUSがアメリカを拠点とする顧客資金22億ドルを「重大なリスク」にさらしていると主張していることから、これらの資金が違法行為と関連していることが判明した場合、その資金は返還される可能性がある。
SECは、企業に対して特定の活動を停止するよう求め、証券を扱わせないようにするかなり広い裁量権を持っている。ゲンスラー委員長がビットコインを除くすべての暗号資産を証券と考えていることを踏まえると懸念は高まる。
さらに悪いことに、法律事務所Willkie Farr & Gallagherのマイケル・ルイス(Michael Lewis)弁護士が示唆したように、SEC執行部はゲンスラー委員長に同意しているようだ。最近の裁判所提出書類では、ビットコイン(BTC)とイーサリアム(ETH)を除く時価総額トップ10の暗号資産をやり玉にあげ、ビットコイン以外の暗号資産を取引のために提供したいと考えているアメリカの取引所には悪い知らせとなっている。
だが、この記事は悲観的な話ばかりではない。確かに、多くの資金がバイナンスから引き出されたが、少なくとも現時点では、資金がそこに存在していなかったFTXの再来にはなっていないことは明らかだ。
バイナンスの監査役は、2019年時点で資金を混同しないよう警告していたかもしれないが、たとえ分離が不適切であったとしても、資金は少なくとも安全に保管されていたようだ。
バイナンスは顧客預金と会社資金の混同を公に否定している。だが、メリット・パーク(Merit Park)やキー・ビジョン・デベロップメント(Key Vision Development Limited)といったCZに関係するペーパーカンパニーが資金をどう扱っていたかはまだ正確にわかっていない。
一般的ユーザーの反応
リスクモデリング会社ガントレット(Gauntlet)のタルン・チトラ(Tarun Chitra)CEOは、ポッドキャスト「Unchained」に出演し、預け入れ金の流出がそれほどでもないことは、単にチリやアブダビの一般的な長期保有者のような世界中のユーザーは、バイナンスと米規制当局の間で起きていることに関心がないからだと述べた。
多くの人にとって、暗号資産取引所と言えばバイナンスが最も信頼できる選択肢であり、だからこそ、ライバルに大差をつけて世界最大の暗号取引所に成長した。バイナンスとそのCEOに対する告訴はひどいものだが、だからといって突然、各国の小規模な暗号資産取引所をそれ以上に信頼することにはならない。
バイナンスが大口保有者である「クジラ」を引きつけるために不正な手段を使ったことや、富裕層顧客にVPNを使ってファイアウォールを迂回して取引することを推奨したことを一般の暗号資産ユーザーは気にするだろうか。いや、おそらく面白いと考えるだろう。
CFTCは、バイナンスの収益のかなりの部分が、本来サービスを提供するべきではないアメリカの顧客によるものである証拠を見つけたが、それでも同社は大規模なグローバルユーザー層を抱えている。
バイナンスに対する申し立てが事実であれば、ボイコットは正当なものになるだろう。CZは、ユーザーを犠牲にして個人的に富を築いたと非難されている(前回の強気相場のピーク時には、CZはイーロン・マスク氏以上の資産を持つようになったという話が出回っていた)。
しかし、暗号資産業界における信頼は、他の金融業界とは異なる指標に基づいている。かつて銀行が、潜在的顧客に自行が安定していて長続きすることを示すために、堅固な大聖堂のような本店を建設しなければならなかったとすれば、暗号資産業界では、信頼はもっと儚いものだ。バイナンスが大きくなったのは、人々が取引したいと思う暗号資産を扱っており、ハッキングに強いと考えられたからだ。
生き残りの道
ブロックチェーン・アソシエーション(Blockchain Association)のジェイク・チェルヴィンスキー(Jake Chervinsky)CEOは、コインベースについて、仮にSECとの訴訟に敗れたとしても、証券取引所として登録する必要がない選択肢があると語った。
コインベースの元幹部がインサイダー取引で逮捕されて以来行っているように、証券であることが証明された暗号資産だけを上場廃止にすればよい。この点は、前述のルイス弁護士も同様に「現在の状況から、アメリカ国内で暗号資産を効果的に禁止する法律や規制が生まれる可能性は低い」と述べている。
バイナンスも、暗号資産の上場廃止で収益が減少し、取引所の象徴でもある創業者兼CEOを失うかもしれない(ただし、大株主として残り続ける可能性はある)。また多くの潜在的ユーザーを失うような、高価な管理システムを導入せざるを得ないかもしれないし、バイナンスUSはもうお終いかもしれない(そもそもあまりユーザーはいなかったようだが)。
SECとCFTCからの罰金を合わせて同社が倒産し、ウォーレン上院議員をはじめとするアメリカの議員たちからの圧力によって、司法省が関与を余儀なくされる可能性もある。
ある意味バイナンスは、超越した存在だ。もし、同社が犯した最悪の罪が、偽のインターネットマネーの取引高を偽造したことだったら、ユーザーはそれを許すだろう。もちろん、すべては状況による。
バイナンスは今、SECの怒りの的となっている。その傲慢さゆえに、本社を持たない取引所を、SECはアメリカの法の範囲内に引き込もうとした。もしかしたらそれによって、バイナンスは屈服し、同社が常に守るべきだった法律に従うようになるかもしれない。
しかし、「フェイクニュース、不確実性、疑念を無視」することを厭わない、CZと同じ言葉を話す大勢の人たちが存在する。そこで私からも4つの言葉を贈ろう。「Can’t kill an idea(アイデアを殺すことはできない)」。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:バイナンスのチャンポン・ジャオCEO(CoinDesk)
|原文:Can Binance Survive the SEC’s Charges?