開発の一時停止はもう終わったようだ。8月7日朝、米決済大手ペイパル(PayPal)は、ペイパルUSD(PYUSD)を発行すると発表した。ペイパルUSDは、米ドル預金、短期米国債などの現金同等物に完全に裏付けられた米ドル連動型ステーブルコインだ。
この件に関しては、非常に多くの仮説やアイデアが飛び交っており、私も100万個ほどの疑問を抱えている。以下は、そのうちの5つだ。
アメリカでの規制の不明確さにもかかわらず、なぜペイパルはステーブルコインを発行するのか?
アメリカには確かに規制の不明確さが存在するが、ペイパルは規制当局に実際の影響を与えるほど大きい。アメリカの厳しい暗号資産(仮想通貨)規制に対して不満を抱いている企業、関係者、個人を思い起こしてみて欲しい。例えば、それはコインベース(Coinbase)とサークル(Circle)──2社は、時価総額第2位のステーブルコイン「USDコイン(USDC)」を発行するためにCentre Consortiumを設立している──のようなクリプト・ネイティブ企業だ。
一方、ブラックロック(BlackRock)のような既成の金融大手は、規制の不透明さに直面しても余裕を見せている。大手からのメッセージは「パイオニアたち、ありがとう。けれど圧力はこうやって、かけ返すのだよ」というもの。
現実的には、アメリカ企業に対する最もシニカルでシンプルな見方がここに当てはまる。お金を稼ごうとする営利機関であるペイパルは、ステーブルコインを発行すれば儲かると考え、ステーブルコインを発行する。リスクチーム、コンプライアンスチーム、法務チーム、パートナーシップチーム、コミュニケーションチームが関与する可能性が高く、小さな事業ではないが利他的なものではない。
一般消費者にとって、PYUSDの潜在的なユースケースやメリットは?
現時点では、あまりはっきりしない。真に分散化した米ドル連動型ステーブルコインの一般消費者にとっての潜在的なユースケースとメリットは、かなり支持できるものだ。それがあれば、ボーダーレスで(理論的には)検閲不可能な世界の準備通貨が手にすることができ、(例えばアルゼンチンやロシアのように)従来のアメリカの決済手段から排除された人々も利用できるようになる。
素晴らしい。最高じゃないか。
しかし、ペイパルはベンモ(Venmo)を通じてPYUSDをアメリカで展開する。ベンモはアメリカ国内でのみ利用可能で、利用には銀行口座が必要だ。ベンモでのPYUSDの使用は基本的に、銀行口座を持つアメリカ人がデジタルで表現された米ドルで取引するための新しい方法に過ぎない。これはつまり、ペイパル創業以来すべてのペイパル・プロダクトが機能してきたやり方と同じだ。
とはいえ、PYUSDはイーサリアム・ブロックチェーンを介して、ペイパルのウォールド・ガーデンの外に送金することができるとされている。そのため、おそらくアメリカでベンモやペイパルの使用を禁止されている個人は、イーサリアムを使ってPYUSDを引き出すことで、ペイパルから資金を引き出すことができるだろう。
しかし現実には、ペイパルはおそらくそんなことは許さないだろう(このステーブルコインは、分散型のフリすらすらしていない)。しかし、もし凍結された資金をペイパルから引き出すことが、PYUSDの真のユースケースとして発展すれば、抑圧的な銀行システムが生み出す恩恵がペイパル(そして凍結された資金を持つ消費者)にもたらされることになる。
現実的には、PYUSDのユースケースとメリットは消費者にはまったく適用されず、代わりに金融機関が濫用して利用するためのものになるだけだろう。
PYUSDはどうやって利益をあげるのか?
ペイパルとベンモは決済代行業者として利益をあげているが、PYUSDはステーブルコインの世界にあり、ステーブルコイン発行業者は違った方法で利益をあげる。
ステーブルコイン発行業者は、顧客の資産を使って利回りを手にし、顧客には一切渡さない。金利上昇のおかげで、PYUSDはペイパルが追求できる、実現可能性のあるプロダクトとなった。
そして、ペイパルは米短期国債を保有すると明言しているため、PYUSDローンチの動きは、振り返って考えれば、結局のところ驚くに値しない。ここにお金を稼ぐ方法があるので、お金を稼ぎましょう、ということだ。
サークル、テザー、デジタルドルにとって何を意味するのか?
これは、私には答えようのない大きな未解決の疑問だ。PYUSDが、それをめぐる盛り上がりが示唆するように人気になると仮定すると、サークルとテザーは健全な競争に直面しそうだ。
サークルの観点からは、より大きな会社が「規制された」ステーブルコインとしての王座を狙ってきており、テザーの観点からは、より大きな会社がまさにステーブルコインという「代名詞」を狙ってきている。もちろん、PYUSDをめぐる盛り上がりが何か変化をもたらすには、盛り上がりに見合った実際の需要が必要だ。それがどうなるかは、乞うご期待。
「デジタルドル」──米連邦準備制度理事会(FRB)が発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)──について言えば、リテール型CBDCに対する、新たなダメージとなる。アメリカ政府は、民間企業に決済フローと監視のロジスティクスを処理させることができるのに、わざわざデジタルドルを導入するだろうか?
しないだろう。
大きな疑問: 何か新しいものなのか、それとも単なる「昔と同じ」なのか?
大騒ぎしている割には、大したものではないと主張する人もいる。暗号資産関連の政策問題に取り組むNPOコイン・センター(Coin Center)のニーラジュ・アグラワル(Neeraj Agrawal)氏のツイートは、間接的にこの点を突いている。
paypal is going to let people pay each other with a digital representation of a reserve of money held by the company
— Neeraj K Agrawal (@NeerajKA) 2023年8月7日
「ペイパルは、同社が保有する準備金をデジタルで表現したものを使って、人々が互いに支払いを行えるようにしようとしている」
自問してみよう。ペイパルは今、何をしているのか?
アグラワル氏の言う通りだ。ペイパルは、同社が保有する準備金をデジタルで表現したものを使って、人々が互いに支払いを行うことを可能にしている。
PYUSDは新しいものではない。昔と同じものに新しい包装紙をかぶせただけだ。大企業が株主への信認義務を果たすために、より多くの収益を上げようと流行に便乗する、新たな例に過ぎない。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:mundissima / Shutterstock.com
|原文:I Have 1M Questions About the PayPal Stablecoin. Here Are 5