[ST最前線]独占できない基盤を推進するブーストリー、ユニークな取り組みとセキュリティ・トークンに描く理想像

2019年9月に、証券大手の野村ホールディングス、野村総合研究所(NRI)が出資して設立されたBOOSTRY(ブーストリー)。セキュリティ・トークン(デジタル証券)基盤「ibet for Fin」をコンソーシアム形式で手がけている。ユニークな取り組みとセキュリティ・トークン、そしてブロックチェーンに描く理想の姿を代表取締役社長:CEOの佐々木俊典氏に聞いた。

転換点となった3つの取り組み

──2019年9月の設立から現在まで手がけてきた案件で、印象的な案件をあげるとすれば、どれになりますか。

佐々木:転換点になったと考えているものが3つあります。1つ目は、最初に手がけた2020年3月の野村総合研究所様(NRI)の自己募集です。発行者が自ら社債の原簿を管理し、投資家を募る仕組みを用意しました。これは従来の仕組みでは難しく、セキュリティ・トークンだからこそ実現可能になった仕組みです。会社設立から数カ月後の19年11月には話が動き始めました。社内のIT環境の整備と同時並行くらいのイメージで進んだのでよく覚えています。

2つ目は、2022年の日本取引所グループ様(JPX)のデジタル環境債です。機関投資家向けのセキュリティ・トークン発行の国内初の事例になりました。これも予想以上に早く実現できたという印象です。機関投資家側には内部での確認など、さまざまな作業が必要です。2022年春の段階で、デジタルでESG債を発行するという取り組みが実現できました。

3つ目は今年3月、みずほ証券様、丸紅アセットマネジメント様が取り組まれた私募のセキュリティ・トークン。セキュリティ・トークンは国内では、公募、個人向けにフォーカスされていた面がありましたが、グローバルで見ると、さまざまな選択肢が存在しています。可能性を広げることができたのではないかと思っています。

市場の成熟に合わせた新サービスとオウンドメディア

──今回、新たに「E-Wallet SaaS」「E-Prime Investors」というサービス、さらにオウンドメディアも開始されます。どういった狙いがあるのでしょうか。

佐々木:まず「E-Wallet SaaS」は、従来、大手の証券会社向けに社内システムとして導入いただいていたシステムをSaaS化して、利用しやすいようにしたものです。セキュリティ・トークン市場がある程度整備されてきて、取り組みがわかりやすくなってきたので、SaaS化して提供する方が使いやすいお客様もおられるだろうと考えました。従来のパッケージは自由に設計していただけます。一方で、制限はあるものの、簡単に使えるものが必要になってきた。市場の成熟に合わせてSaaS化を決断しました。

──市場が成熟してきたことは、具体的にどういったことから実感されますか。

佐々木:当社のE-Walletはすでに6社に導入いただいています。証券業界において6社が導入しているシステムはかなりのシェアと言えます。SaaS化によって、既存の資本市場で取引の多いお客様に加えて、銀行などのさまざまなお客様に検討していただけるフェーズに変わるのではと考えています。

「E-Prime Investors」は、前述した私募のセキュリティ・トークンで利用していただきました。証券会社がセキュリティ・トークンを投資家に販売するときの販売チャネルです。私募の販売は従来、手作業が多いことがネックになっており、それを置き換えることがコンセプトです。セキュリティ・トークンを使うときの一番大きなきっかけは、コスト削減、効率化ですので、その出発点になるシステムと考えています。

従来、当社はブロックチェーンと繋がるツールを提供してきましたが、そこから一歩踏み込んで、より利便性を上げるためのツールを提案しました。当初はブロックチェーンにトランザクションを送るとか、秘密鍵を管理するなど、コアな部分を提供していましたが、徐々に使い方が広がっています。例えば、帳票をどうするかというような話が出てきたり、さらに今回の私募で言えば、販売サイドにまだデジタル化できていない部分があるという話があり、そこを提供していきました。セキュリティ・トークンに関して、POCなので最低限の機能があればいいというフェーズから、少し変わってきたことを反映していると思います。

──私募の販売はどのような問題があったのでしょうか。

佐々木:セールス担当者が個別に投資家を訪問して、資料で説明したり、あるいは発行後も必要資料を定期的に個別に送付したりしていました。言ってみれば個別対応です。市場としては、証券会社にとって、かなりの収益源になっていましたが、デジタル化はなかなか進んでいませんでした。基本的には法人や富裕層の投資家が対象でしたので、個別に対応して、商品説明していたわけです。

独占できない基盤

──今後、セキュリティ・トークンになることで、小口化が進み、顧客も広がっていくということでしょうか。

佐々木:小口化については一部、より正確な議論が必要です。セキュリティ・トークン化したら小口化が可能になるという話は正しくありません。有価証券を管理する仕組みがブロックチェーンに置換えられたとしても、販売する金融機関の販売ツールを含めたトータルのDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進まないと全体のコスト低減には繋がりません。トータルのDXが進むことで、案件の量産化や販売対象の投資家の拡大が可能になります。そのようなトータルの対応が進まず、セールス担当者が個別対応するとなると、1日に対応できる件数はどうしても限られ、小口化は実務的困難となります。

オウンドメディア「BOOSTRY BLOG」についても、今の私募や小口化の話も含めてセキュリティ・トークンについて、多くの方にもっと知ってもらうことが必要だと考えました。市場の成熟、広がりに合わせて、正しい認知を広げていく必要が出てきたということです。

もうひとつ知っていただきたいことは、BOOSTRYが支援している“独占できないセキュリティ・トークンの基盤”「ibet for Fin」についてです。我々は1社が単独でサービスを提供するセキュリティ・トークンには将来性がないと考えており、“独占できないセキュリティ・トークンの基盤”をエコシステムの中心に据えることで資本市場全体でサービスが拡張されることを目指しています。そのためには情報を開示し、いろいろなプレイヤーがサービスを提供できる環境を作ることが重要で、仮に当社のライバルが登場したとしても、エコシステム全体の成長には不可欠なことだと考えています。

よくBOOSTRYはセキュリティ・トークンのプラットフォーマーと誤解されることが多いですが、我々が支援している「ibet for Fin」という仕組みはオープンソースです。つまり我々にお金を払わないと使えないとか、我々からデータを提供してもらわないと使えないとか、そういうものではありません。コンソーシアムに参加すれば誰でも、自由に使えます。

では、BOOSTRYはどういうポジションかというと、ibet for Finを使うときの便利ツールを提供するITベンダーの1社になっています。もちろんオープンソースなので、当社を使わなくてもibet for Finは利用できますし、そのような参加者もいます。

──そうしたスタンスはきわめてブロックチェーン的です。

佐々木:そこはこだわっていて、逆にそうでなければブロックチェーンの意味がないと思っています。せっかく新しい技術を使って資本市場のインフラから作り変えるという取り組みですので、技術の利点を活かして拡張された資本市場を目指したいと考えています。これは我々のただの想いというだけでなく、ibet for Finコンソーシアムのルールで実装されており、すでにBOOSTRYが独占したり、ルール変更を勝手にできないようになっています。

──そうした考え方やスタンスは理解を得ることがまだ難しいのではないですか。

佐々木:難しいです。「BOOSTRYが提供するのですよね」とよく言われます。従来のビジネスは、いかに独占できるかが重要でした。独占するためにコストをかけ、サービスを構築してきた。ですが、ブロックチェーンはそもそも、そういう概念ではありません。我々は、ブロックチェーンを正しく理解する、分散型金融を正しく理解するところが出発点になっています。まだなかなか理解していただくことが難しいですが、BOOSTRY BLOGなどで啓蒙活動が必要と考えています。

「金融機関が必要」とは書いていない

BOOSTRYのコンセプト(Webサイトより)

──佐々木さんがそもそも、こうした発想を持つようになったきっかけは?

佐々木:もともとはITベンダーにいて、野村證券に転職しました。転職して最初にやったことは、金商法(金融商品取引法)を読むことでした。金商法を読むと「金融機関が必要」とはどこにも書いてありません。「金融機関を使わないと資金調達できません」とはどこにも書いてなくて、そこが出発点。ちょうどリーマン・ショックの後でしたが、技術次第で今でいう分散型金融みたいなことをやっても問題ないのではないかと考えました。その後、ビットコインを含めてブロックチェーンの議論が出てきた時にまさにこれだと。

──御社のことをブロックチェーン基盤を提供していると捉え、Progmat(プログマ)やセキュリタイズと競合していると捉えている人もおられるのではないでしょうか。

佐々木:BOOSTRYとして考えると、あくまでもITベンダーですので、金融機関がProgmat、あるいはセキュリタイズに接続したいときに我々はITサービスを提供することができます。実際にProgmatにつなぐことを手がけています。まずは、セキュリティ・トークンに関して金融機関、発行者、投資家にとって使いやすいツールは何かを考え、サービスを提供しています。

ibet for Finとしては、コンソーシアムの事務局として取りまとめを行っています。実はそうした作業からはお金をいただいていません。その意味では競合とは言えません。

先ほどの話につながりますが、独占的な組織がいない仕組みであれば良いと考えています。特定の事業者が価格を決めるとか、サービスを独占できる仕組みでなければ、我々としては、そうした世界観が好きですし、我々としてもその仕組みの中でサービスを提供していきたいです。特定の事業者に縛られない仕組みを、ぜひ皆さんに検討していただきたいと考えています。

実際に金融業界はこれまでも、例えば「ほふり」(証券保管振替機構)が存在していたり、証券取引所という基盤的な事業者が存在しています。それら事業者が過度に収益を上げるということは、参加する他の全員が損をしていることになる。収益だけではないレイヤーが不可欠だと考えています。

──セキュリティ・トークン基盤ではなく、あくまでもITベンダーとして収益をあげるというスタンス。

佐々木:我々を選んでいただけるよう努力する、選ばれなかったとすれば、他社がより良いサービス、安価なサービスを提供しているということです。そういう競争が働くことが大切です。実際に、我々を使わずに自社で開発して、ibet for Finに接続している会社もあります。我々はむしろ、コンソーシアムの事務局としてそうした取り組みを支援し、サポートすることもありますが、それが正しい姿だと思っています。BOOSTRYとしては、そうしたところに負けないように良いサービスを提供するというスタンスに変わりはありません。

──セキュリティ・トークンのユースケースとして、今後、どのようなものが広がっていくと考えていますか。

佐々木:ひとつはDXが進むと思っています。特に私募市場のDXが進み、日本にとって大きなチャレンジになると思います。規模は違うかもしれませんが、アメリカのような私募市場ができるのかどうか。そのときにセキュリティ・トークンが担う役割は大きいと考えています。

もうひとつは、エコシステムが十分に構成されることが前提ですが、資本市場のDXにつながると考えています。AIの「デジタルCFO」が登場し、ChatGPTのようなものを使って、自動的に資金調達を完了させてしまうようなイメージです。従来だと100億円の社債を発行するには、さまざまな準備をして、投資家に説明して販売していきましたが、それがワンクリックで、1日で資金が集まるようになるかもしれません。資本市場のあり方、使い方が完全に変化すると考えています。従来のマーケットでは難しいですが、セキュリティ・トークンをベースに、いろいろなプレイヤーでエコシステムが十分に機能し、さらにAIを活用すれば、実現できるのではないでしょうか。BOOSTRYだけで実現できる次元ではないですが、そういうことを見据えられるツールを提供できると考えていますし、セキュリティ・トークンでそういう世界が実現できると考えています。

最後は、若干話が大きくなりますが、分散型金融の実現です。自己募集と投資家間トレードのそれぞれの解になりますが、発行体が直接投資家からお金を募る。投資家も他の投資家を自分で探してきて売買しているようなイメージです。技術的には今でも可能な話ですが、社会的な問題、法的な課題をクリアできるかどうか。KYC(顧客確認)、AML(マネーロンダリング対策)などがテクノロジーで克服できるかがポイントになりますが、分散型金融が実現すれば、資本市場のDXもより進み、いろいろなことができるようになります。

金融は大きく変わる

──実現すれば、金融のイメージがまったく変わります。

佐々木:金融を意識しなくてもいいと思います。事業会社は事業に集中し、資金繰りはそうした機能でカバーする。最適なファイナンスが自動的にできるようになります。そのために必要なツールはなにか。業界のビジョンとして、描いていきたい。まだ、いろいろなハードルがありますが、クリアできれば、ひとつの理想形が日本から生まれるのではないでしょうか。

関係するプレイヤーが多く、法的に必要な資料とか、契約の問題がありますが、AIの登場で実現が見えてきました。2008年に証券業界に転職してきたときは、AIは今ほど進化していなかったので、そこまで実現できるとは思っていませんでしたが、今なら実現できそうです。そういうビジョンを我々だけでなく、関係者全員で描いて進めていけると面白いと思っています。

セキュリティー・トークンは広く考えると非常に面白くて、金融の転換点になると思っています。ただし、いろいろなサービスはもちろん、社会の考え方の見直しみたいなことも必要です。1、2年で終わる話ではなく、1、2社でできる話でもありません。同じコンセプトを描き、一緒に作っていければ、世の中にインパクトを生み出すことができると思います。同じ夢を持っている方々はぜひ、ご一緒できればと思っています。

──セキュリティ・トークン、さらにはブロックチェーンにはまだまだ大きな可能性がある。

佐々木:例えば、高速トレードにはブロックチェーンは向いていませんが、そうではないものについてはブロックチェーンの方が合理的だと思っています。我々が言うとポジショントークっぽく聞こえてしまいますが、ブロックチェーンに移行しない理由がありますか? と問いたい。ただし、セキュリティ・トークンのメリットとして、「小口化」とか「プロ向きの商品を個人投資家に提供できる」と言われていますが、一部、誤解があります。

実は1万円の有価証券はすでに存在しています。存在しているのに一般的でないのは、証券会社が1万円単位で販売しないからです。100万円単位、あるいは1億円単位で販売している理由は、1万円単位だと手間が増えるからです。あくまでも販売チャネル側の問題です。小口化しても、1件あたりの管理コストは変わりません。1万円の有価証券が販売されていないのは、販売側のコストがかかる、もしくは投資家が望んでいない、のどちらかです。1万円で社債を買って年50円の金利がもらえる商品が欲しくなるような仕掛けは何かという話になると思います。コンセプトだけで始めると経済合理性が見出だせずに、どこかでストップしてしまう。同じ未来像を描いているなかで競合が出てくることはまったく構わないのですが、妙な方向に進むと市場全体が停滞するので、それは避けたい。

確かに社債は、これまで100万円単位でしたが、その理由はなにか? ブロックチェーン基盤だけではコストは下がりません。他との組み合わせが不可欠です。確かにすべてがデジタル化されたときには小口化のメリットが生まれると思いますが、今の問題は販売チャネルです。分散型金融が実現し、100万円の社債を買うとしたときに、100社からそれぞれ1万円の社債をワンクリックで購入できるのであれば、それはセキュリティ・トークンのメリットであり、分散型金融のひとつの姿だと思います。そのためには、セキュリティ・トークンだけでなく、購入方法やウォレットなどの進化が必要だと考えており、そうした世界の実現に向けて、取り組んでいきたいと考えています。

文:CoinDesk JAPAN 広告制作チーム
写真:多田圭佑