IEOはアイドルオタクの夢を見るか──取引初日の下落から回復、NIDTとIDOL3.0 PROJECTの行方は?

「IDOL3.0 PROJECT」がひとつの山場を迎えている。秋元康を総合プロデューサーに迎えた同プロジェクトは9月14日、東京・お台場の映画館で発表した最終候補者(Final Stage:2ndの通過者)27名に加えて、Final Stage:2ndを通過できなかった18名を対象にしたファン投票「ホワイトナイトシステム:2nd」で選ばれた2名を加えた合計29名が最終投票進出者に決まったと発表した。

最終投票進出者は、ニックネーム五十音順に、アオ、アリー、イチ、イチゴ、カワチャン、キナコ、ココア、コトリ、サナ、サマー、タマ、チャイ、チョコ、ナコ、ナビ、ニイ、ニコ、ネノ、ハンナ、ピース、ペロ、マカロン、マキ、マリオ、ミラン、モモテレ、リー、リンリン、ロゼ。

「IDOL3.0 PROJECT」のコンセプトは、コンサートや握手会などの「リアル」な場での活動に、メタバースやNFTなどのWeb3技術を活用した新しい活動領域をプラスし、「アイドルをアップデートする」ことだ。

リリースより

アイドルグループのメンバー選びをオーディションで行い、その過程をドキュメントとして公開していく手法は珍しいものではない。このプロジェクトの最大の特徴は、運営資金をIEO(Initial Exchange Offering)で調達したことだ。

3月末に独自トークン「Nippon Idol Token(NIDT)」を国内4例目のIEOとして暗号資産(仮想通貨)取引所のDMM Bitcoinとcoinbookに上場。目標の15億円には届かなかったものの、10億円超を集めた。

NIDT保有者は、プロジェクトのいわば出資者。従来であれば、コンサートのチケットを買ったり、グッズやCDを購入していたアイドルの「推し活」に暗号資産を導入したもので、「推し活3.0」とでも呼べるプロジェクトだ。

例えば、9月24日〜30日にかけて行われる「メンバー候補生決定最終投票」は、NIDTのIEO申込者だけが参加できる仕組みになっている。さらに申込数量に応じて、投票可能数がプラスされる。

コロナで行き詰まった“推し活”

もうひとつ、このプロジェクトのユニークなところは、プロジェクトが2人のアイドルオタクの雑談から始まったこと、そして2人が暗号資産に関わっていたことだ。

「IDOL3.0 PROJECT」を展開しているオーバースの共同創業者で代表取締役の佐藤義仁は、長く金融業界に身を置き、直近ではフォビジャパンの取締役を務めていた。同じく共同創業者で、取締役副社長兼CFOの澤昭人は公認会計士として複数の証券会社やゲーム会社の社外取締役/社外監査役を務め、乃木坂46やAKB48のメンバーとラジオ番組のパーソナリティを務めたこともある。

「2人ともアイドル好きで、同じ時期に在籍したある会社の取締役会でアイドルの雑談をしていたところからスタートしました。ブロックチェーンとアイドルの推し活は親和性があるとか、推し活をブロックチェーンに記録したら活動の証明になるとか、暗号資産を使って資金を調達し、新しいアイドルを生み出すことができたら面白い、というような話でした」と澤は振り返る。

ちょうどICO(Initial Coin Offering)が盛り上がっていた頃だった。だが、暗号資産の一般的なイメージはまだネガティブなもので、アイドルとはまだまだ馴染まないと考えた。

その後、令和元年(2019年)に「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」が成立、当時使われていた「仮想通貨」という呼称が「暗号資産」に改められ、問題が多かったICOに代わって、IEOの仕組みが整備されたことで、「今ならできるのではないか」と徐々に話が具体化していったという。

佐藤は「ホワイトペーパーに書きましたが、アイドルを応援しているなかで、いろいろな課題があると感じていました。特に我々がプロジェクトを始めたのは、まさにコロナ禍のときでアイドルのイベントやライブは軒並み、延期や中止になった。現場に行きたくても、行けない状況が続き、その観点からも、Web3を生かしたアイドル活動は今後必要と考えました」と語った。

「IDOL3.0 PROJECT」のこれまでの主な経過は以下のとおり。

  • 4月4日:オーディション参加者の募集を開始
  • 8月5日:1万人以上の応募者の中から、書類審査、オンラインとリアルでの複数回の面接を経て、Final Stage進出者114名発表。進出者はすぐに合宿形式からのFinal Stageに突入
  • 8月26日:Final Stage:1stの通過者40名発表、さらにファン投票「ホワイトナイトシステム」で5名が追加されることを発表
  • 9月1日:ホワイトナイトシステムによる5名の追加通過者を発表
  • 9月3日:Final Stage:1st 合宿審査ドキュメンタリー映像公開
  • 9月9日:Final Stage:2nd 審査イベント開催
  • 9月10日:Final Stage:2ndの通過者27名発表、「ホワイトナイトシステム:2nd」開始を発表

9月10日、東京・お台場の映画館で発表された最終候補者27名

そして現在は、冒頭に書いたように最終投票進出者29名が決まったところだ。プロジェクトは、デビューに向けてひとつのクライマックスを迎えている。

「推し活」という面では、8月5日に東京・品川で開催されたFinal Stage進出者114名のお披露目会には、NIDTのIEO申込者の中から抽選で選ばれた200名が参加。9月9日の審査イベント、9月10日の2nd通過者お披露&ドキュメンタリー映像プレミアム上映会も、NIDT保有者には一般参加者とは異なる招待枠が設けられた。

ここで少し時間を巻き戻し、オーディションの動きではなく、「IDOL3.0 PROJECT」の独自暗号資産Nippon Idol Token(NIDT)のこれまでの推移を見てみよう。

国内4例目のIEO

オーバースがNIDTのIEOを発表したのは1月23日。coinbook、DMM Bitcoinの取引所2社での実施という初めてのケースだった。それ以前、国内で行われたIEOは3例。いずれも1社が実施してきた。2社での実施については「IEOの目標金額が15億円と高かったため」。過去3例の目標金額は9〜10億円、NIDTは4例目にして、最も高い目標を設定していた。

リリースより

IEOの発行体としてもユニークだった。過去3例のIEOは、HashPaletteのPalette Token(PLT)、琉球フットボールクラブのFC Ryukyu Coin(FCR)、フィナンシェのフィナンシェトークン(FNCT)だが、発行体はいずれもすでに実際にビジネスを展開している企業であり、実績をベースに新たな事業展開を目指すためのIEOだった。

一方、オーバースにこの時存在していたのは、極端に言えば「新規アイドルグループ創造プロジェクト」の構想のみ。「IDOL3.0 PROJECT」という名称もまだなかった。

3月13日にIEOに向けたホワイトペーパーを発表、NIDTの公式サイトも同時にオープンした。IEOは3月29日に申込みがスタートしたが、申し込み者の判断基準はホワイトペーパーのみだった。

NIDTのホワイトペーパーより(オーバース)

それでも勝算はあったのだろうか?

「まだ実態がない状況でのIEOは初めてのケースでした。多少不安はありましたが、プロジェクトに絶対魅力を感じてもらえると信じていました。調達した資金でアイドルを育てるだけではなく、NIDTを推し活にも活用していただき、またNIDTの価値を高めていくというストーリーが描かれているので、多くの人に評価していただけると考えていました」と佐藤は語った。

目標の15億円には届かなかったものの、調達額は10億円を超えた。IEOという新しい資金調達手段を活用したとはいえ、ホワイトペーパーという、文字通りペーパーのみで10億円を調達した事例は日本では稀有ではないだろうか。VCや大企業からの資金調達ではなく、IEOという手段を利用して、広く投資家から資金を調達する。資金調達の分散化・民主化のひとつの実例がここにあるように思う。

だがIEO終了後、取引が始まると思わぬ事態が待っていた。

取引初日に大幅下落

IEO、あるいは株式市場でのIPO(新規株式公開)では一般的に、取引初日に価格が上昇し、初日の価格上昇局面での売り抜けを狙う投機目的の動きが見られるケースが多い(後述するが、IEOではそのまま価格が低迷することもあり、問題と捉えられている)。

しかし、NIDTは4月26日正午にcoinbookで取引が始まると、上昇どころか直後に大きく下落、公募価格の5円を大幅に下回る1円台まで価格が落ち込んだ。DMM Bitcoinでは同日19時から取り扱いがスタートしたが、「coinbook社のオーダーブックにおける流動性と当社取引ボリュームの乖離が大きいため」に、23時から一部取引を制限する事態となった。

上場から1週間の価格推移。取引開始直後に大きく下落(coinbook)

こうした動きに対して、ネット上では「上場15分で4分の1の大惨事」など厳しい声も見られた。佐藤は、初日の推移について「ヒヤヒヤしながら見ていた」と述べた。

国内4例目のIEOは、悲惨な状況になるのかと思われたが、翌27日には5円を回復。その後、5月〜7月にかけては概ね5円前後で推移した。

そして8月はじめにFinal Stage進出者114名が発表されるなど、プロジェクトが具体化するにつれてNIDTは上昇。Final Stage:2ndの通過者27名が発表された9月10日19時頃には、coinbookで60円付近となり、さらにFinal Stage:2ndを通過できなかった18名を対象にしたファン投票「ホワイトナイトシステム:2nd」が行われた13日にはcoinbookで120円まで上昇した。8月に入ってからの上昇は、上場初日の酷評を裏返した結果となった。

直近1カ月の価格推移(coinbook)

その後、13日午後に急落し、当記事執筆時点では60円台と半値まで下落している。チャートを見ると、上場初日に次ぐ売りが見られ、利益確定の動きがあったようだ。とはいえ、公募価格から見ると10倍以上の上昇となっている。

ただし佐藤は「価格上昇はファンの参加を妨げることにもなる。できれば徐々に上がってほしい」と語っている。

IEOをめぐる懸念

大きな価格変動は、プロジェクトのレピュテーションを損なうことにつながりかねないが、それだけでなく、IEO自体について懸念も広がっていた。

NIDTが上昇を始めていた8月30日、日経新聞はIEOについて「上場直後に価格が急落して損失を被る投資家が増えた」「大口保有者が上場直後に仮想通貨を売り抜けることで価格が暴落するケースが目立つ」などとし、業界団体が取引ルールを整備すると伝えた。

NIDTは現時点では公募価格を上回っているとはいえ、「上場直後に価格が急落」しており、取引ルール整備のひとつの引き金となったと言えるだろう。

新しい取引ルールはまだ正式には発表されていないが、日経によると、IEO発行体の関係者に対して原則3カ月のロックアップ(売却制限)を適用、月間の売却可能数量を売り出し数量の10%という上限を設けることなどが明記されているという。

ロックアップについてNIDTのホワイトペーパーには「プロジェクト報酬(開発費用等を除く。)及びチーム自己保有分についてはロックアップを設定し、IEO以降に段階的なロックアップの解除を行います。」とある。CoinDesk JAPANの質問に対して、佐藤はプロジェクト報酬の大部分については「当社と報酬配布先との間でロックアップに関する契約」を交わしているほか、売買制限など「複数段階の管理」を行っていると述べた。また、チーム自己保有分には「システム的なロックアップ」がかけられているという。

NIDTのホワイトペーパーより(オーバース)

IEOについては、流動性の問題も指摘されている。流動性が小さいために、わずかな売買で大きな価格変動につながる可能性がある。NIDTの場合、30億枚・15億円という目標を達成するために、2つの取引所を使ってIEOが行われたが、coinbookが取引所サービス(板取引)、DMM Bitcoinが販売所サービスという違いもあり、coinbookでの価格動向がDMM Bitcoinの価格に増幅されて反映されている面があるかもしれない。

DMM Bitcoinでは、Bid/売りは30円前後、Ask/買いは60円前後と大きなスプレッドになっている。

IEOの取引ルール整備の動きについて、佐藤は「国内4例目となったことで、いろいろな課題が見えてきて、業界団体や当局はいくつか問題意識をもっているのだと思う」と語った。

候補生たちの夢、アイドルオタクの夢

最終合格者は10月7日に発表される。

グループのメンバー決定という、ひとつのクライマックスに向けて、NIDTは再び上昇していくのだろうか?

「最終的にはプロジェクトの蓋然性、しっかりしたプロジェクトかどうかを投資家に判断していただく。我々は地に足をつけてプロジェクトを進めており、適宜、積極的に情報開示を行っています」と佐藤。

澤も「プロジェクトがわかりやすいこと、ブロックチェーンを使った推し活というわかりやすさを評価していただいていると思います」と自信を見せた。

ある業界関係者は「IEOはどういうスパンで捉えるかで評価がまったく変わる」と、その評価の難しさを以前、語ってくれた。

NIDTも上場から3カ月を捉えると、公募価格付近を維持した、あまり冴えないプロジェクトに映る。だが9月半ばの現時点までで見ると、高値から大きく下落した局面はあるものの、公募価格を大きく上回っている。そして今後の推移は誰にもわからない。

「NIDTの価値という話は、どこにピークがあるかという話だと思います。価値を高めるために、投票や情報発信などいろいろなことをやっていますが、NIDTの価値に最も直結するのは、デビューしたグループがファンの人気を獲得することです」(佐藤)

「そこがスタートになります。推し活のアップデートといっても、グループが存在しないと推し活はできません。グループがデビューしてはじめて、ブロックチェーンを使った推し活を楽しんでいただく仕組みを作ることができます。デビュー前がクライマックスになるようなことはないようにしたい」(澤)

投機目的でIEOに申込み、NIDTを保有したものの、プロジェクトが進み、候補生の顔や取り組みが見えるようになるにつれて「応援する気持ちが湧いてきた」という声を聞くようになったと2人は語る。保有者にとっては、応援して、グループの人気が出れば、NIDTの価値向上につながり、自身の利益につながる。

この先、そうした好循環を持ったエコシステムが誕生し、「暗号資産による新規アイドルグループ創造」「ブロックチェーンを使った“推し活”」というアイドルオタクの夢は、グループに選ばれたメンバーたちの夢とともに実現するのだろうか。

※敬称略

|文:増田隆幸
|画像:29名の最終投票進出者(オーバース)
※編集部より:本文を一部修正して、更新しました。