5年間の暗号資産ファンド運用から学んだこと

暗号資産(仮想通貨)ファンドを運用し始めて1800日あまり。

アルカ(Arca)は、自社リキッド・ヘッジファンドで外部資本を5年間運用するという大きな節目を達成したところだ。

他の業界では5年という期間は長いとは思えないかもしれないが、暗号資産業界ではよく「暗号資産での1年は通常の5年に相当する」とジョークを言う。24時間365日休みなしで取引が行われることを考えれば間違ってはいない。この5年間、多くの同業者が現れては消え、暗号資産運用に関する生存バイアスを後に残していく様子を見てきた。

このファンドとアルカ傘下の他の3つのファンドを監督する最高投資責任者として、私は好況時、不況時、そして絶え間ないイノベーションを通じて、この業界の進化を直接経験してきた。5年という節目は、私が資金運用について、そしてこの業界について学んだことを振り返る、ちょうど良いタイミングだ。

以下は、過去5年間の暗号資産ポートフォリオの運用から得た最も重要な教訓。一言で言ってしまえば、暗号資産市場への投資は非常に難しいということだ。

想定とリスクモデルを微調整する

この市場に投資したことのある人なら言うまでもないことかもしれないが、暗号資産は投資が簡単な資産クラスではない。まず、好況と不況が頻繁に繰り返されることで、流動性という誤った印象が生まれ、期待されるベータ値とリターンの描写が不正確になりがちだ。すべてのリスクモデル、予想損失引当金、サイジングパラメーターは、過去のデータと相関関係に基づいており、それらは信じられないほど急速に変化する。

この分野のファンドの多くが、これらのリアルタイムの市場関連の問題の多くとは関係のない、アーリーステージのベンチャーファンドであることには理由がある。流動性の高いファンドを運用している(私たちのような)ファンドにとっては、想定やリスクモデルを絶え間なく微調整するゲームだ。

スピードより解釈

一般的に信じられていることとは異なり、暗号資産市場が24時間365日グローバルに取引されているからといって、24時間365日の取引に対応する必要があるわけではない。どのような資産クラスでも、値動きのたびに過剰取引してはコストが高くつき、暗号資産取引の取引時間を増やすと、より多くの取引活動に誘い込まれることが多い。

しかし現実には、断片化されたグローバルな投資環境は、ニュースや情報に反応する時間を増やしてくれる。ニュースに即座に反応するボットやアルゴリズムは常に存在するが、それは決算後の時間外株式取引のようなもので、最初の反射的な反応は間違っていることが多い。また、世界の3分の1は常に眠っているため、本当の市場の反応が出るまでには数日かかることも多い。情報を正しく解釈することは、反応するスピードよりもはるかに重要だ。

入念なドキュメント化が重要

その反面、年中無休の取引は、伝統的な市場にはない難しさにつながる。伝統的金融(TradFi)の世界では、最悪の1日/1週間であっても最終的には終わりが来るため、価格の変動が思考プロセスを曇らせたり、影響を与えたりすることなく、市場が閉じている間にリセットし、考え抜いて決断を下すための十分な時間が与えられる。暗号資産では、このような自然なリセット時間が存在しないことが多い。

例えば、テラ/ルナ(Terra/Luna)で起こったことだ。300億ドル(約4兆5000億円、1ドル150円換算)のエコシステムのポジション解消がわずか3日で行われ、72時間の間に取引が続き、、新しい情報が流れた。私たちはこの間に、今にして思えば、もう少し猶予期間があれば行わなかったような決断を下した。そしてそれ以来、このような時期におけるより良いリスク管理の方法を学んできた。

病院でミスが起こるのは、医師の過労や疲労のためではなく、むしろ、前の医師がドキュメント化を十分に行わなかったために、情報を持たない次の医師への引き継ぎが適切に行われなかったことが原因である場合が多い。暗号資産の運用にも、同様の知識の引き継ぎとドキュメント化が必要である。

ショートとロングのバランス

債券市場でも株式市場でも、閑散期(夏休み、連休)にはゆっくりとした高値寄りの値動きになることが多い。ショートを続けるのは高くつくし、配当やクーポンは蓄積され続け、市場に買い意欲が増す。

デジタル資産ではその逆が当てはまる。暗号資産プロジェクトの大半はネットワーク活動を通じて価値を生み出すため、ゆっくりとした時期になると資産の勢いが鈍る傾向がある。また、ほとんどの資産にはキャッシュフローの分配がないため、ショートするためのコストは最小である。そのため、市場が低迷しているときはネガティブな値動きが多くなり、ヘッジやロングエクスポージャーに関して難しい決断を迫られる傾向がある。

その結果、アクティブ運用はパッシブインデックスを上回り続ける。ルールベースのパッシブインデックス戦略は、市場のイノベーションと変化に対応できない。同様に、これらのインデックスは、かなりのアルファを生み出すボラティリティを活用することができない。時間が経って市場が成熟するにつれて、この状況は変わるだろう。しかし、まだそこに到達していない。

良いチームを作ることは成功の基本であり、非常に難しい

私は過去25年間、7つの異なる金融企業で働いてきた。何千人もの履歴書を見て、何百人もの人と面接してきた。私自身、ほぼすべての金融部門(銀行、トレーディング、リサーチ、営業、事業開発)で働いた経験がある。

もしウォール街のTradFi企業が私に候補者を求めてきたら、私は彼らのニーズに合った人材を簡単に見つけることができるだろう。

業界に情熱を持った人材を採用する

しかし、暗号資産のリサーチアナリストに最適な特徴や資格は何だろうか? 取引オペレーションに最適な人材とは? 投資家対応に最適なのは誰か? 暗号資産業界では、これらの質問に答えるのはまだ容易ではない。

私たちのファンドの最初の数年間は、手に入るもの、つまり仕事を欲しがる人なら誰でも採用した。給料は低く、労働時間は長く、将来は非常に不透明だった。2018年にこの業界で仕事をしたいと考えていた人は、ブロックチェーンの成功に対する真の情熱を共有し、成功するために必要な仕事のどんな部分でも学ぶことをいとわなかった。

2020年以前にこの業界に入った人のほとんどは、現在もこの業界で働いており、彼らの職責はリアルタイムで進化している。しかし2021年になると、私はあらゆる主要な銀行、証券会社、ヘッジファンドから、暗号資産の経験はゼロだが大金が待ち構えていると期待している人物を選び出すことになった。履歴書は殺到した。しかし、そのような人の多くはうまくいかなかった。2023年、私たちはこの業界で働くために何でもする情熱的な人材を採用する時代に戻ってきた。

誰もが複数の職種を兼務

暗号資産の世界は、リサーチアナリストがアプリケーションの機能をテストし、現状の財務モデリングに挑戦し、カンファレンスで他の業界のベテランとネットワークを構築しなければならないという非常に実地的なビジネスだ。

トレーダーは、その時々の相関関係に応じて、アメリカのマクロ市場、アジアの通貨市場、暗号資産特有のオンチェーンウォレットの動きなどを行き来しなければならない。バックオフィスの従業員は、倒産、閉鎖、ハッキングの試みが絶えないなか、変化する規制、ベストプラクティスなどに対応するため、3週間ごとに新しいサービスプロバイダーをテストしなければならない。

共通していることは、新しい仮説を検証することに積極的であるだろう。10人の株式アナリストに同じインプットを与えれば、彼らはほぼ同じ答えを出し、その答えを導き出すために使った同じ均質なモデリング手法を提示するだろう。

一方、10人の暗号資産アナリストやトレーダーに同じインプットを与えれば、彼らはまったく異なる分析を使って10通りの答えを出すだろう。それは新鮮で、しばしば桁外れの成果つながるが、成功のための再現可能な公式を作るという点では課題も生じる。

取引オペレーションは最も重要な部門

私がクレジットファンドやエクイティファンドで働いていた頃、バックオフィスは見過ごされていた。彼らはたいてい若く、できる限り早く「本物の」トレーディングの仕事に就こうと躍起になっていた。仕事は基本的な単純作業で、取引が決済されたことを確認し、ブローカーの取引明細が正確であることを確認し、ファンドの管理者が職務を全うしたのを確認することだった。

コンプライアンスチームは、単に設置しなければならなかったからという理由だけで存在していた。私たちは皆、ルールを知り、それを守り、疑問があればコンプライアンスに確認したが、返ってくる答えは「やるな」だとわかっていた。

暗号資産の世界においては、そんな風にはなっていないと思って良い。

取引オペレーションは、暗号資産業界で最も重要な仕事である。毎日毎日、資産に触れなければならず、たった1つのミスが会社に数百万ドルの損失を与えかねない。その結果、彼らはその会社で最も信頼できる人材である必要があるだけでなく、たとえ彼ら自身がいなくなっても業務を継続できるような冗長性を構築する必要がある。取引オペレーションの仕事に就くことは、取引オペレーションを卒業することよりも華やかであり、ファンドビジネスのこの部門でキャリアを積んだ人は、ブロックチェーンについて最も多くを学ぶことになる。

同様に、暗号資産業界ではコンプライアンスは後回しにはできない。TradFiとは異なり、ほとんどの従業員がウォール街とはまったく異なる経歴を持っているため、従業員がルールを知っていると想定することはできない。

絶え間ない教育とチェックが必要。さらに、コンプライアンス責任者は、(ゲンスラーSEC委員長がそうではないと言っているが)従うべき明確なルールがほとんどないため、ルールを読んだだけでコンプライアンスを当然のものと思うことはできない。受託者として、また遵法企業として最善を尽くすことは至難の業だ。

セルサイドは改善している

TradFiにおいて、セルサイドは非常に重要な役割を担っている。新規取引の引き受け、斬新な資金調達アイデアの創出、資本市場への最適な参加方法に関する企業への助言、既存証券の売買の促進、新規および既存証券に関するリサーチの執筆、参加者間でのマーケットカラーの伝達などを行う。

フルサービスの投資銀行と、ニッチなブローカーディーラーの両方が存在するが、ワンストップショップを利用するか、複数の企業でサービスを断片的に利用するかにかかわらず、サービス自体はすべて網羅されている。

暗号資産の分野では、セルサイドは改善されつつあるが、まだ驚くほど断片的で、こうしたサービスの多くは存在しない。その結果、ファンドマネジャーはしばしば孤島に立たされ、独自に契約を作り、独自にファイナンスを組み立て、ゼロから独自にリサーチすることを余儀なくされている。OTCトレーディング会社によるリサーチレポートは、量的に大幅に増加し、質的にも改善し、必要とされるチャネルチェック(第三者によるリサーチ)を提供している。

しかし、取引そのものは依然として大きく取引所ベース(ブラックボックス)であるため、投資家間の自然な軸が欠けている。フローやアクティビティに関する情報は改善されたものの、情報を得るための市場参加者は少ない。フルサービスの投資銀行はまだ存在せず、実際、トークンのローンチの引き受けやアドバイザリーのための真の投資銀行サービスはおそらくこの先、最大の空白となるだろう。

ウォール街でよく知られた資本市場ツールが、暗号資産には、ほとんど活用されていないことに、私は常々ショックを受けている。ほとんどのトークンローンチは最初から絶望的だ。低浮動/高完全希薄化後評価(FDV)トークンのローンチから、信じられない価格での直接上場、お粗末なトークノミクスまで、トークン発行者(多くの場合、開発者であり、金融知識に欠ける)は、最良の方法を知っている者の支援なしに市場に参入しなければならない状況が続いており、その結果、アセットマネージャーの投資機会が悪化している。

カストディやOTC取引、オプションの流動性のように、かなり良くなっているサービスプロバイダーもある。しかし、ファンド管理者や監査人のように、FTXをきっかけにサービスから手を引いた企業が多い分野ではサービスの質は悪化している。

テクノロジーやリサーチ面では、ブルームバーグの暗号資産サービスが重要性を持たないものであり続けていることに驚かされる。対象リスト、インデックス、すべての機能はいまだに2017年から変わっておらず、この業界がどれほど成長し、進化したかを考慮していない。

幸いなことに、ナンセン(Nansen)、メッサーリ(Messari)、グラスノード(Glassnode)、デューン・アナリティクス(Dune Analytics)、テレグラム(Telegram)などの新規参入企業は、この一角を担当することに十分なスピードでイノベーションを遂げており、私たちはこれらの企業に感謝している。今はブルームバーグ・ターミナルに一度もログインすることなく、暗号資産ファンドを運営することは十分に可能だ。

全体として、ファンドの運用は、セルサイドのツールの欠如という課題を抱えている。セルサイドが改善されれば、ファンドの数も幅も広がるだろう。

投資家層は賢くなっている

5年前にファンドを立ち上げたとき、投資家の教育には時間がかかるとわかっていた。私たちは投資しながら常に学び、関心を持つ投資家にリアルタイムで教育を行うよう最善を尽くしてきたが、この業界にフルタイムで集中していない人に期待することは現実的ではなかった。当初、投資家からの質問は、私たちが何に投資しているかよりも、どのように投資しているかに集中する傾向があり、投資家からの信頼に基づく賭けの一面があったことは確かだ。

時は流れて今となっては、状況は完全に逆転している。投資家ははるかに賢くなり、適切な質問をするようになっている。

場合によっては、私たちが日常的には注目しないような業界のさまざまな分野に触れていて、私たちよりも詳しいこともある。とはいえ、メディアや「インフルエンサー」アカウントを通じて、簡単に流れ続ける悪質な情報は投資家にも届き続けており、私たちは無関係だと考えているが投資家たちは話題性があると考えている特定の話題に関して驚かされることも多い。

投資家がデジタル資産に精通するようになるにつれ、投資に対して、はるかに多くのコントロールを要求するようになり、具体性が増している。この分野の資産運用会社は、DeFiに特化したファンドやNFTファンドなど、投資家の需要に基づいて高度に特化したファンドを立ち上げている。アルカを含む多くの資産運用会社は、より具体的でありながら、投資を管理する専門チームを提供する「Funds of 1」を立ち上げ始めている。

2018年に聞かれていれば、私たちはプロの投資家に頼ることをお勧めしただろう。しかし、情報がより簡単に入手できるようになり、プロジェクトのUI/UXが改善されるにつれて、私たちは個人投資家にリサーチと投資を推奨している。しかし、情報の非対称性が存在する場所でアルファを生み出すには、24時間365日のニュースサイクル、市場のボラティリティ、不透明な規制環境を活用できるプロのファンドマネージャーの存在価値は変わらない。

結論

全体として、この新しくイノベーティブな分野でファンドを運営することは、信じられないほどやりがいのあることであり、次の5年が楽しみだ。ファンドマネジャーは「よりTradFi的になる」ことと、ウォール街のベストプラクティスを採用すること、そして暗号資産だけに存在する機会(イールドファーミング、エアドロップ、新しいアプリケーションのテスト)を活用する方法を見つけることの境界線をまたぎ続けるだろう。

デジタル資産分野で成功するための最も重要な要素は、未来への信頼だ。私たちは、社会を変革する力を持つ新たな金融システムを構築するフロンティアにいると信じなければならない。私たちは、プロセスの途中で直面する一時的な問題や、現状から利益を得ている既存企業からの反発を十分に予期しているが、私たちが前進し続け、必要な変化のために戦い、必要に応じて適応する限り、この業界が成功することを知っている。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:What I Learned Managing a Crypto Fund for Five Years