NFTをベースにコミュニティのパワーでアスリートを支援──逆風に立ち向かい銀メダリストの太田氏が目指すものとは

日本初のフェンシング銀メダリストで、日本フェンシング協会元会長、IOC委員を務める太田雄貴氏は2月、スポーツ業界をよりサスティナブルにするプロジェクト「Sports3」をドリコムと共同で開始した。

NFTを活用してアスリート同士、さらにはアスリートとファンが交流できるコミュニティを形成。参加アスリートへのNFT発行、リアルな応援イベントの開催を経て、6月には一般向けに初のデジタルコレクションを販売した。

アスリートの金銭面での課題、キャリアに関する課題などを解決を目指すという「Sports3」。スタートした経緯やこれまでの取り組み、今後の予定などを太田氏に語ってもらった。

──「Sport3」のアイデアは、何がきっかけで生まれたのでしょうか

太田:おそらく多くの人が「NFT」という言葉を聞くきっかけになったビープル(Beeple)や「NBA Top Shot」がきっかけです。私がフェンシング協会の会長をやっていた頃からスポーツの収益構造は固定化していて、最も大きいのは放映権。次がスポンサー収入で、チケット収入、グッズ販売、スクール運営と続きます。そこに新しい選択肢として「デジタルアセット」が出てきた。しかも販売だけでなく、2次流通からも収益をあげることができる。転売を歓迎できることに衝撃を受けて、特にNBA Top Shotに注目するようになりました。

ですが、同じようなことを日本でやろうと考えた場合、例えばレブロン・ジェームズと日本のバスケットボール選手を比べると、SNSのフォロワー数は100倍くらい違います。日本の選手は100分の1。当時、NBA Top Shotの売上高が7〜800億円ぐらいだったので、100分の1だと最大でも8億円。法的な問題やリーグとの交渉なども含めて、事業としてやることはハードルが高いと感じました。

その後しばらく、NFTの動向は追いかけていなかったのですが、日本で「Neo Tokyo Punks」などが話題になっていた頃に「コミュニティ」という概念が登場していることを知りました。しかも日本国内だけでもコミュニティが成立していて、運営への参加や投票権など、ユーティリティと呼ばれるものが加わっている。スポーツに応用できないかと、2022年3月ぐらいから検討を始めました。

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──コミュニティがポイントになったわけですね

太田:我々がベンチマークしたのは「World of Women(WoW)」です(編集部注:1万点の女性のデジタルアートからなるNFTコレクション。「私達は、アート、表現、そしてすべての人々を受け入れることを祝福するコミュニティであり、ブランド」と謳っている。2022年1月には、WoW #9248が260イーサリアム、当時約62万4000ドルで取引された)

World of Womenは、大きなビジョンと大義を掲げていました。我々も、アスリートと一般の人がもっと近くなれるような仕組み、アスリートの人生をより良くしていくための仕組みをNFTを使って最大化できないだろうかと検討を始めました。

これまでも、選手の活動費を集めるためにチャリティーオークションが開催されていますが、オークション会場に入れる人数は限られ、しかも、お金に余裕のある人たちが中心になります。コミュニティの熱量は高いかもしれないけれど、広がりがありません。そうした状況をNFTを使うことで変化させ、誰もがアスリートを応援できるようにしたいと思いました。

──手法としてはクラウドファンディングも広がっていたのでは

太田:クラウドファンディングは、1つのプロジェクトに対して資金を集めていくので、提供側から見た場合、お金を出した後のリレーションがあまりありません。我々の場合は、お金を出したことに対して、リワードという形でNFTを提供します。もし途中でプロジェクトに賛同できなくなった場合は2次市場で売却することもできます。仮に5000円で購入して、2000円で売却すれば、3000円で5000円分の応援ができたと考えることができます。2次流通の収益からもプロジェクトを応援できるとなれば、売却に対するネガティブな心理もなくなります。私にとっては、革命的なものが登場したと感じたことがSports3のきっかけでもあります。

プロジェクト側、アスリート側から見ると、自分のプロジェクトを応援してくれる人が増えれば、NFTの価格も上がっていきます。そうすると「いいプロジェクトだから、入ってください」とますますアピールしやすくなります。今は市場が低迷しているので難しい状況ですが、そうしたプラスの循環も生まれると考えています。

──2月にプロジェクトをスタートさせてから現在までの取り組みはどのようなものですか

太田:Sports3が発行するNFTには大きくわけて「Pass」と「Collection」の2つがあります。「Pass」はアスリートにだけ付与するNFTで、「Pass」を持っていることで「Collection」のエアドロップを受け取ったり、安価に購入できるので、ある種、アスリートに対する応援を形にしたものになっています。誰でも購入できるNFTが「Collection」で、6月末から販売を開始しました。

ストレートに言うと、市況もあって想定よりも販売ペースは良くありません。でも、私たちにとってはいろいろ学びになっています。その一方で買ってくれた人たちは売却せずに、ずっと保有してくださっていて、プロジェクトに本当に共感してくださっている人たちが多い。ドリコムさんと一緒にやっていることによる安心感もあると思っています。

──Twitterのスペースを33回、開催したと聞きました

太田:まずファウンダーからしっかり発信して、本気さを示すことが重要と考え、「Sports3」の「3」にちなんでスペースを33回開催した。3回では少ないだろうということで、33回。しかも1回あたり1時間で、いろいろなアスリートに登場してもらいました。そのときに気づいたことは、アスリート一人ひとりがとてもユニークで、面白い視点を持っていて、アスリート以外の人たちにとっても学びがあるということ。逆に、一般の人から見れば、どうでもいいようなことでアスリートは悩んでいたりして、人間味と強靱さが混ざり合っているような時間になりました。

具体的には、アスリートにとって、引退後にどうするかは共通の悩みです。「Sports3」に関わってくれている人たちがアスリートの人生の応援団になってくれるような仕組みができるとアスリートの「出口」を築くことができ、安心して競技に打ち込める環境ができあがります。

──引退後のキャリアはやはり解決が難しい課題でしょうか

太田:企業にとっては、どうしても「困っている人を助ける」みたいな感じになり、社会貢献のようになってしまいがちです。でも私たちからすると、これは転職です。アスリートという1つ目のキャリアから次のキャリアに行くだけなので、もっと前向きなものにしたい。転職するときは、会社の中の評価から、もっと広い評価軸に変わります。いわば、自分のスキルの健康診断をすることになります。アスリートも同じで、世の中での自分の価値を知ることはすごく重要。知らないから怖くなるのであって、自分の価値を知って、足りないスキルを補えばいいだけです。

──「Sports3」では、そういった取り組みもされているのでしょうか

太田:横のつながりをどんどん作っています。アスリート同士、あるいはアスリート以外の人に会える機会を定期的に作っています。またネットワーキング以外に競技体験なども行っていて、野球関連では「ベースボール5」という、男女混合で、ボールをバットではなく手で打つ新しい競技が生まれていて、それをファンの人たちやまったく違う競技のアスリートたちが集まってみんなで一緒に体験したりしています。準備体操を東京オリンピックに出場した選手が前に出てやってくれたりしています。

──「スポーツ×NFT」と聞くとビジネス的に考えてしまうが、「World of Women」をベンチマークにするなど、かなりユニークな取り組みになっています

太田:先程、チャリティーオークションの話をしましたが、「World of Women」など、大義を掲げたものに共感してくれる人たちはパーティー会場の外の方が多いはずなので、そういう人たちに共感してもらいながら、たくさん応援してもらえるとうれしいというのが「Sports3」の原点。ただし、スタートしてからこれまでは、いろいろやりすぎて、うまくコミュニケーションできていなかった部分があるので、「Sports3」の狙いやメリットをよりわかりやすく伝えていけるよう再構築しています。

──スタート直後に少し欲張りすぎた感じでしょうか

太田:アスリート同士をつなぐこと、アスリートとファンをつなぐこと、アスリートのキャリア、あるいはメダルを目指すことなど、何をトッププライオリティに設定するかでいろいろなことができます。自由度が高い分、自分で楽しめるタイプの人にはいいのですが、すべての人がコミュニティで能動的に動けるわけではないので「これができます」とか「これをお願いします」などともう少し明確に伝えることがあってもいいと思っています。

──アスリートもコミュニティに参加しているのですか?

5月、Sports3初のリアルイベントとしてやり投げの北口選手を応援(リリースより)

太田:今70人ぐらいのアスリートが参加しています。NFTを持っているだけの人もいれば、実際に積極的に参加しているアスリートもいます。先日、世界陸上で金メダルを取った北口榛花選手もコミュニティにコメントしてくれたり、33回のスペースの1つに参加してくれました。北口選手が国内大会に出場した時に応援団を組んで行ったこともあります。すごく喜んでくれたので、まずは我々ができることを一生懸命行って、アスリートから信頼を得ることが大切だと考えています。

また今はまだ実現できていませんが、それぞれのスポーツのファンが今までまったく興味のなかった競技に触れられる機会を作り、新たなスポーツを見に行くきっかけにもなるような仕組み、いわば「ファンの流動性」を作るようなことも今後実現したいと思っています。

──現状の課題は応援してくれる人たちを広げることでしょうか

太田:両方ありますが、まずはアスリートの認知と、アスリートにとって必要不可欠な存在になることが大切。そうすることで、アスリートの引力にファンの人たちが集まってきます。アスリートの中で「Sports3に入ると、いろいろな出会いがある」とか「Sportsに入ったら、キャリアのことを考えるようになった」などと思ってもらえるようにしたい。

いろいろなアスリートがいますが、競技以外の人と出会う機会はなかなかありません。悩みを相談できる相手もいない。まずは競技を超えてアスリート同士を横につないでいきたい。今は、つながりがないから、トレーニングとか、栄養とか、メンタル面とか、ナレッジが共有されていない面もあります。アスリートが自発的に学ぶようなきっかけにもなると思っています。

──今後の予定はどうなっていますか

太田:第2弾の「Collection」を年度内に予定しています。第1弾は彫刻をベースとしているアーティストの山田耕太郎さんにお願いしました。第2弾はまた別のアーティストにお願いします。そこも楽しみにしていただけたらと思います。

さらにNFTを購入していただいた人たちと一緒に作っていけるところがコミュニティの面白いところだと思っていますので、いろいろなアスリートと一緒に楽しむ部活のようなものが立ち上がっていく予定です。本当に温かいコミュニティです。皆さんもぜひ参加してください。

|インタビュー・編集:増田隆幸
|文:WITH TEAM
|写真:小此木愛里