イーサリアムプロトコルの開発者らは9月14日、バリデーター数の増加に対する応急措置として、近日中に予定されている「カンクン/デネブ(Cancun/Deneb)」アップグレードに追加のコード変更を含めることを土壇場で決定した。
土壇場での判断には異論も
この決定は短期間で行われたため、イーサリアムコミュニティでは論争が巻き起こった。イーサリアムに特化したWebメディア「The Daily Gwei」の創設者アンソニー・サッサーノ(Anthony Sassano)氏は、この決定について「もっと多くの議論、調査、考察が必要だった」と述べている。イーサリアム決済アプリ3citiesの創設者であるライアン・バークマンズ(Ryan Berckmans)氏は、自らの見解では、カンクン/デネブのアップグレードの変更に値するほど状況は緊急ではなかったとツイートした。
イーサリアムプロトコル開発者らがカンクン/デネブへの変更についてコンセンサスに至るには1週間しかかからなかったが、イーサリアムのバリデーターの増加という大きな問題は、何カ月にもわたって開発者の間で議論と懸念を巻き起こす大きなトピックとなっていた。
7月13日、クライアントアプリ「Lodestar」の開発者であるDapplion氏によって、カンクン/デネブにおけるバリデーターのチャーン制限(エポック毎にイーサリアムに出入りできるバリデーターの最大数)に上限を設ける提案がACDC(イーサリアムコア開発者たちの隔週のミーティング)#113で初めて提起されたとき、開発者たちはこの問題が一刻を争うものであることを認めていた。
「バリデーター承認の集約は現在、ほぼ限界に達している。ネットワークにこれ以上のバリデーターを追加すれば、本当にひどいことになる可能性がある」とクライアントアプリ「Teku」の開発者ミカイル・カリニン(Mikhail Kalinin)氏は語った。
3倍か、2倍か
「Holesky」と呼ばれる新しいテストネットの試験中に開発者らは、現行のイーサリアムメインネットのバリデーター数の3倍となる210万のバリデーターでは、イーサリアムのピア・ツー・ピア(P2P)ネットワークを通じて伝播される承認メッセージ数が多すぎるため、テストネットがファイナライズに手間取ることに気づいた。
最終的に開発者らは、現行のメインネットのバリデーター数の2倍、つまり140万をサポートするようにHoleskyを設計することで落ち着いた。
Holeskyがローンチされれば、大規模なバリデーター数をベースにイーサリアムの健全性と将来のコード変更の両方をモニタリングし、評価するための開発者にとって貴重なリソースとなる。
しかし、イーサリアムのバリデーター数が増加するスピードが速いため、Holeskyはすぐに役立たなくなるだろう。2023年9月15日現在、イーサリアムには80万6759のアクティブなバリデーターが存在する。4月12日のシャンハイ/カペラ(Shanghai/Capella)」アップグレードによって、ステーキングされたイーサリアム(ETH)の引き出しが有効化されて以来、アクティブなバリデーター数は43%増加している。
バリデーター数の増加予測
開発者の介入がなければ、イーサリアムのバリデーター数は、イーサリアム上で最大数のバリデーターがアクティベートされ、バリデーターがネットワークから退出しないと仮定した場合、今年末までに100万を超え、2024年5月までには140万に達する。
イーサリアム改善提案(EIP)7514は、バリデーター数の増加を1エポック(最大約6.4分)あたり8バリデーターに制限している。EIP7514がカンクン/デネブに追加されたことで、下記のグラフが示すように、開発者はバリデーター数の増加の問題に対処するために、あと数カ月猶予ができた。
しかしこのグラフから、イーサリアムのバリデーター数が最大のテストネットであるHoleskyのサイズを超えるまで、このアップグレードによって開発者が得られる猶予はわずか約2カ月しかないことに注目して欲しい。
上のグラフで示されたバリデーター数に関する予測は、2つの重要な前提に基づいている。1つ目は、カンクン/デネブが2024年1月に実施されるというもの。2つ目の前提は、イーサリアム保有者によるステーキング意欲が今後数カ月間、最大チャーンを上回って維持されることである。エントリー待ち行列にいるバリデーター数が減少していることを考えると、そうはならない可能性もある。以下のグラフは、昨年の「Merge(マージ)」アップグレード以降、エントリー待ち行列に入ったバリデーター数を表している。
リッキドステーキングの影響
バリデーター数がどの程度のスピードで成長するかを予測することは難しいが、リキッドステーキングソリューションの普及により、今後数カ月の間に何らかの形で成長する可能性が高い。
リキッドステーキングソリューションは、イーサリアム保有者が32ETHのしきい値に満たない状態で、資産の流動性を完全に手放すことなくステーキングできるようにすることで、多くのユーザーにとってステーキングへの参入障壁を低くするものだ。したがって、バリデーター数の増大という問題は、放置しておけば時間とともに悪化の一途をたどる可能性が高い。
9月14日の決定はかなり土壇場であったにもかかわらず、開発者らはEIP 7514をカンクン/デネブに含めることによって慎重に行動した。開発者らはイーサリアムの将来について賭けに出るのではなく、ほぼ確実に必要となるであろうより重要なアップグレードに取り組む時間を稼ぐ一方で、イーサリアムのバリデーター数の予測可能な最大成長率を保証するコード変更を含めることによって、見通しの立てにくさを是正している。
EIP 7514についての決定が下される1週間前、プロトコル開発者らはイーサリアムのバリデーター数の問題の深刻さについて足並みを揃えていなかったが、この決定に関するコンセンサスが迅速に図られたことは、この変更は数十億ドルの価値を持つネットワークを保護するために、開発者らが最も安全な方策であると同意したことを強調している。
コミュニティ全体での議論が必要
そして、イーサリアムのバリデーター数の拡大に関する議論は、EIP 7514で終わりではない。前述のとおり、EIP 7514はイーサリアム開発者が長期的な解決策を設計するための時間を稼ぐだけであり、しかもその猶予はあまりない。
イーサリアムへのステーキング意欲が今後数カ月にわたって有意義に衰えない場合、EIP 7514の有無にかかわらず、イーサリアムのバリデーター数は問題になるだろう。
開発者がバリデーターのチャーンにもっと積極的な上限を設けるべきか、バリデーターの有効残高(Effective Balance)を増やす方法の研究にもっと時間を割くべきか、あるいは別の長期的な解決策を検討すべきか、これらはすべて、今後数カ月の間にプロトコル開発者らが話し合うべきトピックだ。
より幅広いイーサリアムコミュニティがこのような議論に参加することが最も重要であり、次回は、より幅広いイーサリアムコミュニティが不意を突かれる形であってはならない。
EIP 7514を認知することは、イーサリアムコミュニティの多くの人にとって、バリデーター数の問題についての出発点かもしれないが、コミュニティがこの問題について発言する最後の機会であってはならない。
バリデーターの増加に中長期的に対処するために、プロトコル開発者らはバリデーターエコノミクスとネットワーク通貨ポリシーに対するより根本的な変更を模索している。
イーサリアムコミュニティには、イーサリアムプロトコルの開発に関する意思決定プロセスにおいて、開発者に説明責任を果たさせる責任がある。イーサリアムコミュニティのメンバーは意思決定プロセスを遅らせるのではなく、イーサリアムにおける最も差し迫った問題について声を上げることで、このプロセスを推進すべきだ。その緊急性ゆえにこのアップグレードに反対するのではなく、このアップグレードを取り入れるよう働きかけるべきだ。なぜなら、この問題は現実のもので、深刻であり、緊急性が高いからだ。
このコラムは、ギャラクシー・リサーチ(Galaxy Research)のレポート『Paths Toward Reducing Validator Set Size Growth(バリデーターセットサイズ拡大抑制に向けた道筋)』の情報とデータに基づいている。レポート全文はこちら。
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|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Unsplash
|原文:The Most Pressing Issue on Ethereum is Validator Size Growth