アルゼンチン大統領選を受けて:ビットコイナーが誤解していること

暗号資産(仮想通貨)関連のメディアやツイッターをフォローしている人なら、11月19日のアルゼンチン大統領選決選投票でハビエル・ミレイ(Javier Milei)氏が勝利したと誇らしげに伝えるニュースや投稿を目にしたことだろう。

これは、暗号資産愛好家がいかにより大きな問題に対して盲目的になり得るかを浮き彫りにした点で私を不安にさせるものであり、「Be careful what you wish for(何を願うかに気を付けなさい)」という古い格言を思い起こさせる。

誤解をして欲しくないが、私はハビエル・ミレイ氏が当選したことを喜んでいるし、もし私がアルゼンチン人だったら、彼に投票しただろう(ただし、不本意に、深い悲しみを感じながら。対抗馬セルヒオ・マサ氏による「現政権の路線継続」はもっとひどかったただろうからという理由で)。

アルゼンチンには大きな変革が必要であり、私は、率直でリバタリアンな経済学者であるミレイ氏が約束してきた急進的な経済実験の結果を見たいと思っている。

しかし、以下の3つの重要なポイントを心に留めておく必要がある。

  • ミレイ氏は多くの人が思っているほど「自由推進派」ではない。
  • ミレイ氏が給付金や補助金を減らして政府支出を削減するため、多くのアルゼンチン国民は、現在以上に大きな経済的苦難に耐えなければならなくなるだろう。これは悲劇的だが必要なことであり、最終的に成長をもたらすことが期待される。しかし、何百万人もの人々にとって苦痛となることを誇らしげに喜ぶのはやめよう。
  • 少なくとも今後数年間は、ビットコインがミレイ氏の政策の一部になることはないだろう。今後の通貨混乱やIMFからの膨大な債務を筆頭に、他に心配すべきことをたくさん抱えているのだ。

ここからは、上記のポイントについてさらに詳しく説明する。

しかしその前に、今回の結果からポジティブな点をひとつ。それは、勝利がかなり圧倒的であったことだ。ミレイ氏は1973年のフアン・ペロン氏の地滑り的勝利以来の高い得票率(ほぼ56%)を獲得。対立候補のセルヒオ・マサ(現政権の経済相)氏は、正式な結果が出る前から負けを認めた。

うんざりしている国民から、非常に明確なメッセージが発せられた。そして国民には、うんざりする理由がたくさんある。年間インフレ率は140%を超え、5人に2人以上が貧困ライン以下で生活し、米ドルに対する通貨のパフォーマンスは世界最悪の水準だ。

有権者は、変化とリスクを求める勇敢な決断をした。私はこの点で、アルゼンチンの人々を深く尊敬し、ミレイ氏が経済に奇跡を起こすことを心から願っている。少なくとも彼にはチャンスがある。対抗馬のマサ氏にはそのチャンスすらない。

自由?

しかし、経済的にも社会的にも、波乱万丈のプロセスになるだろう。ミレイ氏は、社会主義の束縛や、無駄な支出によって票を買おうとする自暴自棄な政府からの「自由」を約束する。

ミレイ氏は自由市場と自由貿易を支持している。ミレイ氏の「個人の自由」をめぐるレトリックは、怒れる人々の心を打つ。これらはすべて私が支持できる自由だが、私たちの多くが当然と思っている他の自由を犠牲にする可能性があることを認識しなければならない。

ひとつは、金銭的自立だ。ミレイ氏はドル化を公約として立候補した。ドル化は少なくとも、基本的な業務にさえ支障をきたしている為替危機を解決するものだ。しかし、必ずしもインフレからの救済をもたらすとは限らず、世界の超大国の矛盾した金融政策に国を縛り付けることになる。

もうひとつはリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)である。ミレイ氏は断固として妊娠中絶に反対しており、14週以前の望まない妊娠を終了させる女性の権利を廃止するための国民投票を実施すると公言している。ミレイ氏はまた、社会主義やフェミニズムに対する「文化的な戦い」を約束した。不吉な予感がするのではないだろうか?

ミレイ氏とビクトリア・ビヤルエル(Victoria Villarruel)次期副大統領が政治的には極右であることを忘れてはならない。両者ともアルゼンチンの独裁政権時代に行われた残虐行為を軽視し、犠牲者を追悼する博物館の解体を提案し、犯罪に対する「ゼロ・トレランス(厳しい罰則)」を強調している。政府に賛同するものだけに適用される「自由」は、本当の自由ではない。

成長?

成長がどのようにして実現されるかは、はっきりしない。ミレイ氏は、2番目の貿易相手国である中国との関係をすべて断ち切ると語っている(ミレイ氏は中国人を「暗殺者」と呼んでいる。それに比べれば「独裁者」は、おとなしく聞こえるということか)。

また、ブラジル(アルゼンチンにとって最大の貿易相手国)、コロンビア(5番目に大きな貿易相手国)、チリといった「共産主義」の隣国とは、民間部門の取引は継続できるものの、対話すら拒否すると述べている。

過去60年で最悪の干ばつにより、アルゼンチン最大の輸出品である大豆製品の生産量が減少している今、ドル化による通貨の混乱は、同国の歳入に大きな打撃を与える可能性が高い。

喜ぶべき国際機関は国際通貨基金(IMF)だ。アルゼンチンはIMFの最大の借り手であり、債務残高は第2位(エジプト)の2倍以上。IMFは緊縮財政を促しており、ミレイ氏は喜んでそれを実現しようとしているように見える。しかし、財政が健全化するまでは、緊縮財政は成長を阻害する。必要なことかもしれないが、痛みを伴う。

また、ミレイ氏には指導者としての経験も、ビジネス経験もほとんどなく、議会で数年過ごしただけであることも念頭に置く価値がある。

ミレイ氏の経歴はテレビのコメンテーターと経済学の教授であり、国どころかチームを管理する能力すらわからない。また、タントリックセックスの教祖だったことがあり、コスプレが趣味だと伝えられている。斬新さは評価できるが、カーニバルのような統治アプローチが国の評判を落とすことは、他で見てきたとおりだ。それに、国民を疲れさせる。

ビットコイン?

最後に、ビットコインがミレイ氏の政策の一部になるというサインはない。少なくとも当面の間、そしておそらく今後もないだろう。

ミレイ氏は、私が見つけた限りでは、直接の質問に答えているときでない限り、ビットコインについて公に語ったことはほとんどない。ミレイ氏は決して、ビットコインを広めたがる伝道者のようには見えない。彼は、反システムの精神を支持することで、支持層にアピールしている印象を与える。しかし、彼にとってはビットコインは道具というより、人々の注意をそらすものなのだろう。

それにミレイ氏は、ビットコインのアイデアをまったく好まないIMFを苛たせるわけにはいかない。昨年、アルゼンチン議会は450億ドル(約6兆7500億円、1ドル=150円換算)のIMF融資を受け入れたが、その融資には暗号資産の使用を抑制するという条件が付けられていた。IMFはその後、ビットコインを禁止することは現実的ではないと認識するに至っているが、ビットコインのファンではないことに変わりはない。

朗報?

ミレイ氏はもしかしたら、IMFに「黙れ」と言うほど急進的な人物かもしれない。しかし、もし彼がもうひとつ残された唯一の大きな貸し手である中国を捨てるつもりなら、それは経済的な自殺行為に近い。

ひとつの朗報は、ミレイ氏が国内で高まるビットコインへの関心を止めようとする可能性が低いことで、銀行による暗号資産サービス提供の禁止は撤回される可能性がある。アルゼンチンの証券規制当局は今年、ビットコインのデリバティブを承認した。ビットコインの保有者は、大きな利益を上げるだろう。アルゼンチンペソ換算で、ビットコインの価格は過去1年間で400%近く上昇している。

しかし、ビットコインがアルゼンチンの通貨標準になることはないだろうし、ミレイ氏がビットコインについて言及することは、直接質問されたとき以外にはないだろう。エルサルバドルには、ビットコインを自由のための道具とみなし、IMFになかなか屈しない大統領がいるが、それとはかなり状況が異なる。

とはいえ、アルゼンチンに待ち受ける変化によって、ビットコインは恩恵を受けるだろう。特に、国民がさらなる通貨の混乱に直面し、インフレ率が下がるまでに時間がかかるなか、ビットコインに対する関心は高まり続けるだろう。

さらに重要なことは、アルゼンチン繁栄の可能性が回復するかもしれないことだ。インフレの暴走がもたらす経済的・社会的コストは、必要な対策を講じる勇気を欠いた政府のもとでは、激しく長引く悲惨な事態を招いただろう。ミレイ氏は勇気を欠いているようには見えない。

そして、この経済実験は、悲惨な社会主義から脱却したいと熱望する、苦境にある他の国々にロードマップを提供することになるかもしれない。

私は希望を抱いている。ミレイ氏が勝ったことをうれしく思う。しかし、これは多くの人が考えているようなビットコインの勝利でも自由の勝利でもない。美しいこの国を待ち受ける痛みに心を留める必要がある。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Argentina’s Election: What Bitcoiners Are Getting Wrong