皆がウォレットを持ち、ステーブルコインを使う時代が到来──Web3は金融体験をどう変えるのか?【イベントレポート】

2024年に向け、Web3を取り巻く動きが活発化している。「暗号資産の冬」といわれつつも、今年、ビットコインは年初から2倍以上に上昇し、円安もあるが円建てでは史上最高値を更新しそうな勢い。

日本生まれのステーブルコイン発行に向けた取り組みが本格化し、セキュリティ・トークン(デジタル証券)は発行額が前年から2倍以上に伸び、大阪・関西万博を見据えた「EXPO2025デジタルウォレット」の提供も始まっている。

2024年、私たちの金融体験は大きなアップデートの時を迎えるかもしれない──。そんな予感を抱きつつ、11月30日、Web3とデジタル資産の未来を考える国内有数のコミュニティ「btokyo members」とCoinDesk JAPANは、「Web3が拓く新しい金融体験──ステーブルコイン元年の2024年、新時代のウォレットとは?」と題したセミナーをハイブリッド開催した。スポンサーは、暗号資産カストディ大手のFireblocks(ファイアブロックス)。

最初から確固としたアーキテクチャを構築

スティーブン・リチャードソン氏

セミナーは、FireblocksのAPAC & Managing Director of Financial Marketsを務めるスティーブン・リチャードソン(Stephen Richardson)氏のキーノートからスタート。さまざまなWeb3サービス事業者にセキュアなWeb3インフラを提供している同社の取り組みを紹介した。

Fireblocksの直近の時価総額は1兆2000億円、最近1500億円を調達している。世界中にオフィスを構え、顧客は1800社以上。リチャードソン氏は「現在、4兆ドルがFireblocksを経由して取引されており、これはパブリックブロックチェーンの15%に相当する」と述べた。トレーディング、財務管理、ゲームでのNFT発行、ステーブルコイン発行など、広くWeb3業界において、さまざまな用途に活用できるインフラを提供している。

同氏は、Web3ではセキュリティは不可欠であり、「ハッキングを受けてしまうと、プロジェクトの命運は尽きる」と指摘。初めから確固としたアーキテクチャを構築することが必須と続けた。

サイバーセキュリティに3レイヤーで対応

同社のプロダクトは、サイバーセキュリティに3つのレイヤーで対応している。1つ目がインテルSGX(ソフトウェア・ガード・エクステンション)。2つ目がMPC-CMP。3つ目がTAP(トランザクション・オーソリティ・ポリシー)。

インテルSGXは業界標準ともいえるもので、注目すべきは2つ目と3つ目。MPC-CMPは、同社が抱える暗号学者が発表した論文をベースにしたテクノロジー。最新の暗号学を使って高度なセキュリティを実現している。

TAPは、MPC-CMPを活用して、オンチェーン上のアセットに企業統治ルールを導入するという考え方。従来、オンチェーンのアセット管理にはマルチシグが利用されているが、マルチシグは人に依存する部分が生まれる。従来なら属人的に行われていたプロセスをFireblocksに定義することで、人を排除し、安全性と信頼性を確保できると述べた。

最近では、「ウォレット・アズ・ア・サービス」としてノンカストディアル・ウォレットを提供。Fireblocksを使うことで、Web3サービス事業者は、顧客にセキュアなノンカストディアル・ウォレットを提供できると紹介した。

「キャプテン翼 -RIVALS」のインフラを提供

最後に実際の活用例として、決済会社が加盟店に対する精算をステーブルコインで行ったり、企業がNFTをエアドロップしてユーザーのエンゲージメントを高めている事例を紹介。さらにRWA(現実資産)のトークン化が注目トレンドとなっていると述べた。具体的には、ビールブランドのハイネケンがNFTを使ってビール消費をゲーム化している事例や、インド版Amazonと呼ばれるECサイト「Flipkart」がロイヤリティプログラムとしてユーザーにNFTをエアドロップしている事例をあげた。

さらに日本の事例として、人気NFTゲーム「キャプテン翼 -RIVALS-」を紹介。トレジャリー(資産)管理やNFT発行などに活用されていると述べた。

既存金融と暗号資産の融合

日本銀行の鳩貝淳一郎氏

キーノートに続いて行われたパネルディスカッションには、NTT Digitalの下山耕一郎氏、コナミデジタルエンタテインメントの金友健氏、日本銀行の鳩貝淳一郎氏が登壇。モデレーターを務めた日本暗号資産ビジネス協会の白石陽介氏がまず、3氏に2023年の振り返りを求めると、鳩貝氏は「大企業、金融機関の進出が顕著になった感覚がある」と述べた。アメリカでは、ペイパルがステーブルコインを発行。「Web3的な世界はやや玄人的と思いきや、個人消費者にとってUI/UX的に馴染みがある企業が進出してきた」とそのインパクトを指摘。さらに資産運用大手ブラックロックのビットコインETF(上場投資信託)の申請にも触れ、「既存の金融と暗号資産がまったく別物と捉えられていた時代から、お互いに融合している」と述べた。そうした動きがイノベーションの面白さ、希望だが、世界中の金融当局は、金融安定とのバランスをテーマに日夜議論していると続けた。

またステーブルコインとともに注目されている中央銀行デジタル通貨(CBDC)について、白石氏から「CBDCが発行されたら、私たちの生活はどう変わる?」と問われると鳩貝氏が「日本銀行のタイムホライズ(時間軸)はたぶん企業と違っていて、100年、200年のスパンで考えている。安価で安心できる決済手段を提供し続けるという大きな使命がある」と答えたことが印象的だった。

コンテンツの役割

コナミデジタルエンタテインメントの金友健氏

次に白石氏は、ウォレットやステーブルコイン、CBDCなど、いわゆるインフラ部分が変わっても、コンテンツがないと誰も使わないのではないかと金友氏に話を振った。

金友氏は「ゲームは人を集めることが得意。だけど今はその先の体験がない。NFTを使うことで、ゲームの外の世界に出ていくことができ、リアルとデジタルが繋がっていくことが新しい世界観になると思う」と現在の取り組みに触れ、春頃にこうした話をしても、あまり反応がなかったが、RWA(現実資産)がトレンドワードのひとつに浮上し、個人が今、社会の中で利用しているものの価値に注目し、その価値を繋げていくことの重要性が理解されるようになってきたと述べた。

「今まで流動性がなかった価値をRWAとしてトークン化することが広がり、そうしたサービスとゲームが繋がっていくような事例が生まれてくるのではないか」(金友氏)

白石氏は「インターネットは場所を開放した。ブロックチェーンは、アセットとして価値化しにくかった無形のものを価値化し、かつ個人でもP2Pでやりとりできるようにした」と続けた。

大企業は何を狙っているのか?

NTT Digitalの下山耕一郎氏

日本のWeb3は2022年11月、NTTドコモが「Web3に6000億円を投資する」と発表したことが大きな追い風のひとつとなった。NTTドコモは何を狙っているのか? 白石氏が下山氏にそう投げかけると、下山氏は「ブロックチェーンがやっていることは情報の流通、仮に今後、ビットコインだけが残ったとしても、コンピューターと電気と通信は絶対に欠かせない。NTTドコモが取り組むことは必然」と応じ、暗号資産はブロックチェーンというインフラを支えるためのトークンであり、面白いアセットクラスになったと金融業界出身らしい見方を紹介した。

NTTドコモは、まだ公式発表はないものの、Web3ウォレット「scramberry(スクランベリー)」の情報を徐々にオープンにしている。多くの人に使ってもらう、いわゆるマスアダプションに向けて「セキュリティ、使いやすさ、親しみやすさの問題を丁寧に解決していった」と下山氏は述べた。マスアダプションについて金友氏も「できる限り、ブロックチェーンや暗号資産、NFT、ウォレットなどの用語を使わないコミュニケーションがポイントになる」と続けた。

その他、ウォレットやステーブルコイン、国境を超えたゲームの可能性など、議論はさまざまに展開。ウォレットについて鳩貝氏は、高いセキュリティを可能にするデバイスを日本人の多くが保有しているという「かなり分散化したインフラを気づいたら我々は持っていた」と指摘した。

2024年はどうなる?

日本暗号資産ビジネス協会の白石陽介氏

冬と呼ばれていたマーケットも盛り返している今、ビットコインが半減期を迎える2024年はさらなる盛り上がりを期待する声もある。白石氏は、3名に2024年の展望を聞いた。

下山氏は「Web3的なものが次のフェーズに入り始めている。単なるアセットクラスとしての利用から、具体的なユースケース、特にインダストリアル・ユースケースが生まれつつある。その結果、アセットクラスとしてのさらなる価値につながるのでないか」と述べた。さらに「今はブロックチェーンではなくAIなどと言われるが、AIは判断を行うところで、ブロックチェーンは実行するところになる。いわば神経や筋肉を担うもので2つはかけ離れたものではない」と指摘した。

金友氏は「リアルな世界からデジタルな世界へのゲートとしてのウォレットの役割が広がり、ステーブルコインがリアルな世界とデジタルな世界を繋ぐ共通通貨として登場する。Web3的な言い方をすると『世界がひとつになる』と考えている。ウォレットに入るものは、暗号資産やステーブルコインだけでなく、おそらくポイントも入るし、セキュリティ・トークン(デジタル証券)もある。今ある各種のペイサービスも入ってくるはず。そうした姿が見えてくる年になるだろう」と述べた。

鳩貝氏は「中央銀行の人たちは、暗号資産に懐疑的な想定をしつつも、技術面を追いかけている人が多い。言ってみれば、夏でも冬でも、同じ熱量で技術を追い続けて、研究を続けている。個人的には、多くの時間をデジタルな世界で過ごす世の中がやってくると考えており、リアルな世界とデジタルな世界が混じり合ったときの価値交換はどのように行われるのか、新しいお金は新しい世界でどうなるのかを夢想している。2024年か2040年かはわからないが、そういう目線で考えると、いろいろな話が繋がっていって楽しい」と語った。

最後に白石氏はウォレットを皆が持っている時代が実現すれば、そこにどんなサービスや価値を届けていくかという、ようやく本質的なことに集中できる時代が訪れるのではないかとまとめた。

|文・編集:CoinDesk JAPAN編集部
|写真:btokyo members
※編集部より:本文を一部修正して、更新しました。