業界を抑え込もうとするSECを抑え込もうとしたコインベースの試み

規制当局が、自ら執行するルールを決めるべきか? 証券取引委員会(SEC)や商品先物取引委員会(CFTC)のような連邦政府の監督機関が、行政権限に基づいて法律を執行し、議員が作成した法律をおおむね忠実に守り、裁判制度によって抑制されている限り、ある程度の自立性が与えられることは妥当だろう。

しかし、潜在的に斬新なテクノロジーやビジネスについては、規制当局による自己決定が新興業界の発展を妨げる可能性がある。

新しい規制作成を拒否するSEC

例えば、暗号資産(仮想通貨)推進派は、分散型自己実行型台帳はそれに合わせた独自ルールを正当化するほどに(良い意味で)ディスラプティブだと考えている。ゲイリー・ゲンスラーSEC委員長がこれに同意していないのは周知の事実だ。

ゲンスラー氏は、暗号資産トークンの99.99999999%は証券であるためにSECの管轄下にあり、ブロックチェーンが「革新」とするものは、古いものの新しいやり方に過ぎないと繰り返し述べてきた。そしてゲンスラー氏は、金融実験だけでなく詐欺の温床となっている業界を抑制するために既存の規則や規制を適用してきた。

今回も同様だ。SECとコインベース(Coinbase)との現在進行中の訴訟における提出書類の中で、SECは「規制課題のタイミングと優先順位を決定する裁量権」を持っているという立場を改めて示した。ゲンスラー氏はプレスリリースの中で、現行法は「暗号資産証券を適切に管理している」と付け加えた。

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この書類は、コインベースが2022年にSECに対して、ブロックチェーンに合わせた新たな「規制策定」を求めたが、SECからの返答がなかったため、2023年にアメリカ最大の取引所コインベースによる訴訟に発展した請願への回答として提出されたものだ。コインベースは裁判所に対し、SECに新たな規則を作らせるか、少なくともコインベースの請願に回答するよう強制することを求めていた。

では、SECの回答は適切なのだろうか? SECはコインベースの請願が「実行不可能」だと述べたが、詳細については述べていない。SECは2ページにわたって、(2007年の最高裁判例、マサチューセッツ対EPAを引用しつつ)SECには行動する「広範な裁量権」があること、「市場参加者との関わりから利益を得る」こと、そして「請願で提起された問題のさらなる検討を行う可能性がある」ことを指摘した。

規制上の明確性はまたしても与えられず

しかしSECは、暗号資産を証券とみなす理由や、コインベースが明確な「暗号資産証券の募集と販売に関する情報開示要件」を設けることを具体的に望んでいることに対して、詳細なことは何も言わなかった。

SECがこのような論点に最も近い話題に触れたのは、暗号資産業界の「参加者」に対する「多数の」規制執行措置に関与しているという事実をあげた部分だ(多くの暗号資産企業が、ゲンスラー氏が言うところの「開かれた扉」は実際に閉ざされていると述べたことを考えると、これらの「関わり」がSECの「利益」になるということなのだろうか?)。

実際、SECは、暗号資産に関する見解が「委員会が現在進めている」法的措置から得られた「データと情報」によってもたらされたものだと、驚くような循環論法で述べている。つまり、暗号資産企業の証券取引法違反を追及しているSECは、そのようなケースを追及しているうちに知り得た情報のために、そのような法的措置を支えるルールの変更を検討することはできない。

しかし、これらの法的措置がそもそも正当化されるものではなかったとしたらどうだろう? SECが法律問題で自己言及的だったのはこれが初めてではないだろう。

クラーケン(Kraken)に対する最近の訴訟でSECは、バイナンス(Binance)とコインベースに対して起こした訴訟においてSECが証券と呼んだトークンをクラーケンが上場していた事実に触れた。しかしこれまでのところ、SECはいかなるトークンについても、それが証券かどうかを絶対的な事実として決定していない。

「ゲイリー(・ゲンスラー氏)がトークンの大部分は証券だと言っていることは知っているが、今のところ、SECが関与しているほとんどの裁判では、そう判断されてはいない」と、コロンビア大学ビジネススクール教授で、パクソス(Paxos)の元ファンドマネージャーのオースティン・キャンベル(Austen Campbell)氏は語った。

キャンベル氏は、SECのリップル(Ripple)に対する訴訟の判決において、トーレス判事が、リップルがエックス・アール・ピー(XRP)の機関投資家と交わした「投資契約」とトークンそのものを明確に区別し、XRPは証券ではないと判断したことに言及した。

さらに、行政手続法(APA)については言うまでもないことで、これは議会の事前の同意なしに行動するSECの「広範な裁量」を制限する可能性がある。

論理よりも直感

では、今回のSECの回答は重要なのだろうか? 正直なところ、同じことの繰り返しのように思える。ある程度の自立性を持つ機関が、自分たちが望むように暗号資産を扱い続けるということだ。

ミームコインがチャートの上位を占め、インフレが指標に現れる以上に体感され、投資判断が直感で下されるこの「バイブス(雰囲気)の時代」に、健全な論理に基づいてではなく、心の底でそう感じているという理由でトークンが証券であるという判断を下すゲンスラー氏は、最もバイブス的な人物だと言える。

コインベースが2022年に新たなルール作りを求めたとき、同社の最高ポリシー責任者ファリヤー・シルザド(Faryar Shirzad)氏は「証券ルールはデジタルネイティブな商品には機能しない」と指摘する詳細なブログを書いた。彼は、トークン化された負債や株式、ユーティリティトークン、NFTなどを例としてあげていた。

暗号資産が投資に使われることは明らかであり、SECが暗号資産業界を監督し、投資家の安全を守るために果たすべき役割があるのは明確だ。コインベースの請願は、いつ、どこで、それが適切かを見極めようとしたものだったが、SECは遺憾ながら、その見極めに関与することを完全に拒否した。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ゲイリー・ゲンスラーSEC委員長(Jesse Hamilton/CoinDesk)
|原文:Coinbase Tried to Rein in a Renegade SEC That’s Trying to Rein in a Renegade Industry