ペイパルの暗号資産責任者ホセ・フェルナンデス・ダ・ポンテ氏:万人のためのステーブルコイン【最も影響力のある人物 2023】

ペイパル(PayPal)が今年8月、独自のドル連動型ステーブルコインを発行する計画を発表したとき、ひとつの時代を定義する瞬間のように感じた。

ステーブルコインにシリコンバレーからのお墨付き

ステーブルコインはすでに、時価総額約1400億ドル、数千人のデイリーユーザーを抱える暗号資産における本物のサクセスストーリーだった。そこにステーブルコインを新たなレベルに引き上げる洞察力、ネットワーク、規制上の信頼性を持つ企業が現れた。

現在、米ドル連動型ステーブルコインを発行している大規模な企業は複数存在する。その中でも、テザー(Tether)社のUSDTとサークル(Circle)のUSDコイン(USDC)が市場を独占している。

しかしペイパルは、その規模と長年のフィンテック大手としての正当性を考えると一線を画する。

1998年に設立されたペイパルは、eコマースの普及をサポートし、eBayのような企業が有名になった大きな理由のひとつだ。2010年代にフィンテックが本格化する前から、フィンテック企業だった。

ペイパルが今年、ステーブルコインに参入したのは、暗号資産価格の低迷、規制当局の取り締まり、FTXや他の危機の影響を受けている業界にとって、絶好のタイミングだった。

多くの人が信頼性に欠け、使いにくく、無意味でさえあると見なしてきたこのテクノロジーに、シリコンバレーが強いお墨付きを与えた。

ペイパルの顧客数は4億5000万人。200カ国で利用可能。そして企業として、ペイパルは決済分野で深い経験を持っており、実績のあるユーザー中心のテクノロジーと、利用可能なすべての国・地域における法的コンプライアンスを持っている。

イーサリアムブロックチェーンをベースとしたステーブルコイン「PYUSD」により、ペイパルは暗号資産テクノロジーをマス向けにメインストリーム化し、世界中の多くの人々により速く、より便利なインターネットベースの決済をもたらす機会を得た。

この発表の立役者は、12年前にアメリカに移住した、眼鏡をかけた控えめなスペイン系アメリカ人、ホセ・フェルナンデス・ダ・ポンテ(Jose Fernandez da Ponte)氏だ。

CoinDeskとの最近のインタビューで、ダ・ポンテ氏は、ペイパルがステーブルコインに参入することになった経緯について説明し、ステーブルコインが決済の世界をどのように変えるかについて自身の考えを語った。

ダ・ポンテ氏はくつろいだ様子でインタビューに応じ、妻と3人の息子たちとのカリフォルニアでの生活に満足している様子だった。

サークルのCEOであるジェレミー・アレール(Jeremy Allaire)氏のように、リバタリアン社会主義哲学者ノーム・チョムスキーの著作を読んでいるかと尋ねると、ダ・ポンテ氏はむしろ、平等主義的自由主義の哲学者ジョン・ロールズのファンだと答え、「もっと小説を読みたいが、時間が取れない」と語った。

スピード、コスト、コントラクト

ペイパルがステーブルコインに惹かれたのは、優れたコスト、プログラマビリティ、スピードが約束されていたからだとダ・ポンテ氏は述べた。

「私は暗号資産よりも決済の人間だ。銀行送金を使うよりも26倍も低コストで価値を移動できると言われれば、気になる。『市場や普及や規制は、しばらくの間、大きな流れに逆らうこともあり得る』と思ったが、26倍も安価にできるテクノロジーがあるのなら、そこには何かあるはずだ」

コスト以外にも、銀行送金では数日のタイムラグがあることに比べ、ステーブルコインは数分で決済されるとダ・ポンテ氏は言う。さらに、取引では送金以上のことができる。ステーブルコインはスマートコントラクトでプログラムすることができ、決済と同時にビジネス取引を完了(例えば、企業が合意通りに商品を納品)できる。

ペイパルの動きがゆっくりだったことは無理もない。2022年の一連の暗号資産スキャンダルの後、この業界は政策立案者や一般大衆の間で必ずしも評価が良くはなく、規制当局の干渉を受ける可能性が高い。

アメリカには現在、ステーブルコインを対象とする具体的な法律がないため、ペイパルのような企業がルールの範囲内でプレーしているかどうかを、規制当局が独自に判断する権限があるともいえる。ペイパルは11月、米証券取引委員会(SEC)から、ステーブルコインに関する文書を要求する召喚状を受け取っていたことを明らかにした。

PYUSDを使ったペイパルの長期戦

今後の問題は、政策立案者がペイパルのアイデアに賛同するかどうかだ。ペイパルは、フェイスブックがプライベートなネットワークを使ったディエム/リブラ(Diem/Libra)プロジェクトで失敗したことを、パブリックなネットワークであるイーサリアムブロックチェーンでやろうとしている。

どちらのプロジェクトも、ステーブルコインでは新参だ。アメリカは、フェイスブックがステーブルコインを発行することに嫌悪感を抱いていたのに、ペイパルのような企業がステーブルコインを発行することを許すのだろうか?

ダ・ポンテ氏はこの疑問に躊躇していない。ペイパルは長期戦を戦っている、と彼は述べた。2024年には規制環境がより明確になり、強力なコンプライアンスと完全に裏付けられた準備金を持つ企業が最終的に勝ち残ると考えている。

ステーブルコイン市場のリーダーであるテザー社は時価総額900億ドルだが、海外に本拠地を置いており、その会計と準備金管理の透明性欠如について長い間批判されている。

「我々は、長期戦では、強力な規制構造が必要だと考えている。準備金の透明性を確保する必要がある。強力なオンランプとオフランプが必要だ」

「そして、非常に強力なネットワーク効果が必要だ。クリティカルマスに達しないステーブルコインもあれば、普及がS字カーブを描くステーブルコインもある。このようなカーブを描いているステーブルコインはいくつかあると思うが、5年前にはステーブルコインは存在していなかった。大勢はまだまだ決まっていないと思う」

「私の仮説では、今後5年間でステーブルコインの資産規模は10倍に成長するだろう。我々はまだ黎明期にいるため、ポジションやマーケットシェアを確保しているものはいないと思う」

過去20年間におけるフィンテックの革新のほとんどは、より優れたユーザーインターフェースと機能性という形でもたらされたが、基盤となる銀行ベースのインフラはほとんど変わっていないとダ・ポンテ氏は指摘する。

ステーブルコインによって、個人や企業は通常の仲介業者を介さずにインターネット上で直接価値を伝達できるようになる。これは、強固なインフラがなく、コストや決済にかかる時間がアメリカやヨーロッパよりも高い地域にとっては画期的なことだ。

「私はアメリカに来る前、ラテンアメリカで決済の仕事を数多く手がけていたので、欧米では当たり前だと思っていることの難しさを痛感している。アフリカやラテンアメリカ、東南アジアなど、すでに暗号資産の普及が進んでいる地域でまず普及が進むと思う。しかしまた、アメリカとEU、そしてこれらの市場の間で多くの国境を越えたフローも見られると思う」

パブリックブロックチェーンを選んだ理由

ダ・ポンテ氏によると、ペイパルがイーサリアムを選んだ理由は、USDCやUSDTのような他の米ドル連動型ステーブルコインですでに使用されているからだという。

イーサリアムには健全な開発者コミュニティがあり、規制当局もネットワーク上のフローを監視することに慣れている。しかし、ダ・ポンテ氏は、他のブロックチェーンにも可能性を見出している。

「将来的には他のプロトコルでも展開することになるだろう。レイヤー1とレイヤー2が、将来的には組み合わされることになると思う。我々にとって、最も決定的な要因はスケールとスループットだ」

いずれにせよペイパルは、現在の世界の金融取引を担っているクローズドネットワークよりも、パブリックブロックチェーンインフラの理念にコミットしている。

「オープンソースのプロトコルを利用しようと思った理由のひとつは、ペイパルプロトコルが存在すべきではないと考えているからだ」とダ・ポンテ氏は語った。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ホセ・フェルナンデス・ダ・ポンテをモチーフにしたNFT画像(Mason Webb/CoinDesk)
|原文:PayPal’s Jose Fernandez da Ponte: Stablecoins for All