フェイスブックなどが準備を進める新しい仮想通貨Libra(リブラ)を巡って、アメリカの政府や議会が厳しい視線を注ぐ中、中国政府がデジタル通貨の発行に向けた準備を加速させている。
ロイターは2019年9月6日付で、中国の中央銀行高官が「新しいデジタル通貨は、フェイスブックのリブラに似たものになる」と述べたと報じた。
報道によれば、中国の中央銀行である中国人民銀行の高官が、新デジタル通貨について、WeChat(ウィーチャット)やAlipay(アリペイ)といった主要な決済サービスでも利用できるようになる、と述べたという。
中国側の動きが加速する中で、リブラに厳しい姿勢を示している米議会からは、一定の”軟化”ともとれる発言が出てきた。
基軸通貨を巡るつばぜり合い
基軸通貨をめぐる、米ドルと中国元のつばぜり合いと見る向きもある。
フェイスブックが、リブラ構想のホワイトペーパーを発表したのは、6月18日のことだ。
マスターカード、ビザ、ペイパル、ライドシェアのUber(ウーバー)といったグローバル企業が運営主体にあたる「リブラ協会」のメンバーに名を連ねていたことから、世界的なニュースとなった。
アメリカ議会はすぐに反応した。
アメリカの下院議会金融サービス委員会で、委員長を務めるマキシン・ウォーターズ氏(民主党)は、議会と規制当局による調査が終わるまで、仮想通貨の開発を停止するよう求める声明を出した。
批判飛び交う7月の米議会
7月に開かれた議会の公聴会では、フェイスブック傘下でリブラを管理するアプリにあたる「ウォレット」を開発するカリブラのデビッド・マーカスCEOが証言したが、議員らから厳しい意見が相次いだ。
上院のシェロッド・ブラウン氏は7月16日の公聴会で、「フェイスブックは危険だ」と強く批判した。
「フェイスブックの経歴を見てみよう。人々の銀行口座を使った実験を行い、理解もしていない金融政策のような強力なツールを使う機会を与え、働き者のアメリカ人が家族を養う力を脅かす機会をフェイスブックに与えるのは、ばかげている」
中国が動いた8月
アメリカ議会とフェイスブック側の対立が鮮明になる中で、中国側が動く。8月12日付のブルームバーグは、中国人民銀行の高官がイベントで、中国政府が管理するデジタル通貨について「リリースが近い」と述べた、と報じた。
2017年9月以降、中国政府は国内の仮想通貨取引所を閉鎖し、仮想通貨で資金を集めるICO(Initial Coin Offering)を禁止するなど、仮想通貨を事実上禁止している。一方で、政府が管理するデジタル通貨の研究開発を水面下で進めてきたという。
「2019年秋」との観測報道もあるが、中国人民銀行がいつ、デジタル通貨をリリースするかは現時点で明らかにされていない。一方で、リブラ側は2020年上半期にはサービスを開始する計画だ。
当初、強硬姿勢が目立っていたアメリカの議会だが、一部の議員からは、”軟化”ともとれる発言も出ている。
エマニュエル・クリーバー下院議員は8月27日、フェイスブックやアメリカの規制当局に書簡を送った。
クリーバー氏の公式サイトによれば、書簡は規制当局に対して調査を要請する内容だ。クリーバー氏は書簡で、次のように述べている。
「フェイスブックが暗号通貨の潜在的な欠陥を一掃するため、真剣に取り組んでいるのなら、悪意のある者がフェイスブックのミスにつけ入る前に、予防措置が適切に講じられるよう、金融規制当局と協力するよう呼びかけたい」
氷見野氏のリブラに対する考え
米中の対立が深まる中、両国での動きは、米ドルと中国元の基軸通貨をめぐるつばぜり合いと分析する報道も出てきた。
香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」は9月6日付の記事の中で、「リブラのローンチは、米ドルの支配を強め、中国元の野望を妨害するものだ」と分析している。
同日、東京では日本人で初めて金融安定理事会(FSB)の常設委員会議長に就任した金融庁・金融国際審議官の氷見野良三氏が、リブラに関する意見を述べた。氷見野氏は、リブラ構想が実行可能かどうかは予測できないとしながらも、リブラはアラーム音が鳴り響く「アラームクロック」のような役割を果たすだろうと加えた。
スヌーズボタンを押せば、アラーム音は一時的に止まる。眠れる時間は数分伸びるが、アラームは再び鳴り響く。「リブラの目覚ましは今、規制当局や中央銀行の目を開かせ、遅かれ早かれ直面する問題を正面から見据えさせる」と氷見野氏は話した。
リブラも「デジタル人民元」も、市場に投入されれば、巨大なインパクトを与えるだろう。当面、アメリカの規制当局、議会、中国政府の動きから目が離せない。
文:小島寛明
編集:佐藤茂
写真:Shutterstock