国内金融2社のSBIホールディングスとマネックスグループは、暗号資産(仮想通貨)の事業収益の改善が見込まれる内容の決算報告書を開示した。
ビットコイン現物に連動する上場投資信託(ETF)が米国で初めて上場されたことで、ビットコイン市場での資金の流れは変わり、暗号資産のビジネス環境に影響を与えそうだ。
SBIは7日、第3四半期(2023年4月~12月期)の決算を発表。その中で、暗号資産事業の収益(売上高)は前年同期から26.9%増え、308.9億円となった。SBIは前年同期、同事業において173.2億円の損失(税引前)を計上していたが、20.4億円の利益を確保した。
マネックスは1月31日に決算発表を行ったが、取引サービス「コインチェック」を含む暗号資産事業の第3四半期時点(9カ月)の営業収益(金融費用と売上原価を控除した額)は48.1億円で、前年同期から17%減少した。しかし、同事業の営業収益を4半期ごとに見ると、10~12月期(3Q)は22.1億円で、4~6月期(1Q)の11.8億円から約倍増している。暗号資産市場が四半期毎に回復し、取引量の増加が10~12月期の収益増に貢献した。
ビットコインETFで強まった買い意欲
ビットコイン(BTC)の価格は昨年6月、資産運用最大手のブラックロックがビットコイン現物ETFの上場申請を行った直後に、一時的に上昇。その4カ月後の10月、市場では米証券取引委員会(SEC)が上場申請を承認するとの憶測から、買い注文が急激に膨らんだ。
価格は10月に30,000ドルを下回る水準を推移していたが、年明けにかけて一気に40,000ドルを超え、一時は45,000ドルを突破した。米SECは1月10日(現地時間)、ビットコインETFの上場申請を承認し、ブラックロックやフィデリティ、フランクリン・テンプルトンなどの米資産運用大手が運営するビットコインETFが米国の証券取引所に初めて上場した。
ビットコイン現物ETFの上場は米国市場の話で、日本の個人投資家がこの新たなETFを購入することはできないが、その影響は日本国内の暗号資産市場にも及んだ。日本暗号資産取引業協会(JVCEA)のデータを見ると、暗号資産の現物取引量が昨年1年間で大幅に増加している。現物の取引量は8月に、2018年9月以来で最多を記録したが、12月にはそれをさらに上回った。証拠金取引では12月時点で、買い建玉(未決済の買いポジション)の枚数は約85億枚で、過去最多となり、売り建玉の289万枚を大幅に上回った。
証拠金取引とは:口座に預けた証拠金を担保に、その金額よりも大きな額で売買取引すること。レバレッジ取引とも呼ばれる。
ビットコインETFの誕生によって、米国の一般の投資家は、ビットコインの現物を直接的に購入せずとも、ビットコインに連動する投資信託を購入することができるようになった。
ブラックロックやフランクリン・テンプルトンは、それぞれが運営するビットコインETF(ファンド)の裏付け資産であるビットコイン(現物)の保管・管理を、米暗号資産取引サービス大手のコインベース(Coinbase)に委託している。金融資産を管理・保管する業務は、カストディと呼ばれる。
コインベースは、暗号資産の取引サービスを個人に提供する事業を柱に、カストディなどの企業や機関投資家向けのサービスを展開して、事業の多様化を図ってきた。同社は現在、イーサリアムブロックチェーンを拡張するためのブロックチェーン「ベース(Base)」の開発・運営も行っている。
コインベースと日本の暗号資産交換業者を単純に比較することはできないが、暗号資産取引サービスを軸とするビジネスを中長期的に分析する時、米国市場をリードするコインベースの事業モデルと収益構造はある程度、参考になるだろう。
米コインベースの短期的「買い」要因と、長期的「売り」材料
まずは、コインベースの決算報告書を基に、同社の収益構造を理解する必要がある。コインベースの一番の稼ぎ頭は依然として、個人顧客向けの取引サービスからの手数料収入だ。
同社が計上した7~9月(3Q)期の収益(売上高)は、6.741億ドルで、日本円に換算すると約1,000億円。個人向けサービスの取引手数料収入は2.745億ドルで、全体の41%を占めている。
2番目に多いのは、米ドルに連動するステーブルコイン「USDC」を発行する米サークルとの契約を通じて得られる収入で、1.724億ドル(全体の約26%)。企業・機関投資家向けの取引サービスからの手数料収入は、わずか1,410万ドル(2.1%)で、カストディサービスの収益は1,580万ドル(2.3%)だ。
半年で3倍に膨れ上がったコインベース株
米ナスダックに上場しているコインベース株に対する株式市場の反応はどうか?
ビットコイン価格が辿(たど)った昨年の曲線に似ているが、コインベースの株価は、ブラックロックがETF申請を行った6月にチャート上に1つの山を作り、米SECによる申請承認に対する期待が高まった10月に急上昇している。
6月以前、1株60ドル近辺に張り付いていたコインベース株は、7月に100ドルを超え、12月に180ドルを突破。わずか半年で3倍に膨れ上がった。
コインベースは短期的に、ビットコインETFを運営する米資産運用会社と結んだカストディサービス契約を通じて、相当の手数料を取得する可能性がある。一方、多くの個人投資家は、「コインベースやバイナンスなどの暗号資産取引サービスを利用せず、ETFを購入することでビットコインに間接投資するようになる」という長期的な見方も、株式アナリストやストラテジストなどから聞こえてくる。
米資産運用大手、アライアンス・バーンスタインのアナリストは12月に、「今後5年以内に、ビットコインの総供給量の10%が、ETFによって管理されるようになる」と予想した上で、ビットコインETFは、伝統的金融市場と暗号資産市場をつなぐ、最も太いパイプになると述べている。
SBIのデジタル資産事業と米サークル社との提携
SBIはこれまで、TaoTaoやビットポイントなどの国内の暗号資産交換業者を買収し、個人の顧客基盤を拡大する一方で、ドイツやスイス、シンガポール、米国企業との提携を通じて、ブロックチェーンを基盤技術とする広義のデジタル資産事業を国内外で整備してきた。
SBIの暗号資産・ブロックチェーン関連事業で、短・中期的に注視すべき点の1つは、米サークルと昨年11月に結んだステーブルコインを巡る業務提携だろう。SBI会長の北尾吉孝氏は1月に、米ドルに連動するステーブルコインを2024年に最も注目するテーマの1つにあげている。
米ドルに連動し、ブロックチェーン上で流通するステーブルコインは、今となっては言うまでもなく、世界中の暗号資産取引で利用されてきた。同時に、アフリカや中南米諸国では、不安定な自国通貨と金融システム不全を背景に、個人が米ドル連動のステーブルコインを利用するケースが急増している。
SBIは昨年11月にサークル社と「包括的業務提携に向けた基本合意」を結んだ。計画では、両社はサークルが発行するステーブルコイン「USDC」の日本国内での普及を進めていく。これに関連して、SBI傘下で暗号資産取引サービスを展開するSBI VCトレードは、電子決済手段等取引業の登録を行うことで、USDCの取り扱いが可能となる。
サークルとのステーブルコインを巡る契約は、米コインベースの収益基盤の大きな柱となった。一方、ステーブルコインの法規制が既に整備されている日本で、SBIはどれほどUSDCを流通させ、コア事業の1つに育てあげることができるだろうか?
|文・編集:佐藤 茂、増田隆幸
|画像:SBIホールディングス・北尾吉孝会長/撮影:小此木愛里