アニモカブランズジャパン(Web3領域に大規模な投資を行う香港のアニモカブランズの日本法人)は3月5日、KDDIとの提携し、Web3のマスアダプションに向けて、アニモカブランズの投資先が参加するプロジェクト「モカバース(Mocaverse)」との連携を図ると発表した。
アニモカブランズが投資している企業は現在400社以上。その3分の1はコンシューマー向けサービスを展開するDapps(分散型アプリ)で、合計するとユーザー数は約7億人にのぼる。
DID「Moca ID」でつながる巨大なエコシステム
提携は、KDDIにとっては、既存ユーザーに対して段階的に約150の新しいWeb3サービスを提供するものになる。しかも、それらのWeb3サービスへのログインは、モカバースが提供するDID(分散型ID)の「Moca ID」で可能になる。また今後、新たなサービスを展開するときには、自社ユーザーに加えて、モカバースの7億人もターゲットにできる。
モカバースは、アニモカブランズが展開するメンバーシップNFTプロジェクトとしても知られている。8888のNFTが投資先やパートナー企業などに配布されている。ミント時の価格は0.069イーサリアム(ETH)だったが、今ではフロア価格は4.5ETHと約65倍になっている。
モカバースの目的は、アニモカブランズの400社以上の投資先が生み出すネットワーク効果を接続し、拡張することで最大規模のオンチェーン・カルチュラル・エコノミーを構築すること。また同社はモカバースを「THE WEB3 FREQUENT PLAYER PROGRAM」と呼んでいる。FREQUENT PLAYER、つまり「常連」のためのプログラムがモカバースであり、そのベースとなるのがMoca IDだ。
「Moca IDはApple IDに似ています。Moca IDを使うと、モカバース内のさまざまなゲーム、アプリ、プラットフォームにログインできます。例えば、すでに15万のデイリー・アクティブ・ユーザー(DAU)を持つ、大規模なWeb3ゲームで利用されています。ゲーム内には『モカ・クラブハウス』があり、さまざまな体験を楽しむことができます」
こう説明するのは、アニモカブランズでモカバース事業を統括するケネス・シェク(Kenneth Shek)氏。アニモカブランズが持つ400社以上のポートフォリオは、ユーザーがMoca IDを通じて利用できる「オープンネットワークのようなもの」と説明する。
「モカバースは、デジタルID、レピュテーションシステム、ポイントシステムとして機能します。例えば、ユーザーはモカバース内のすべてのゲームでこのインフラを利用でき、あるゲームで高いレピュテーションを獲得すれば、それを別のゲームに移して、高いレピュテーションに応じた報酬を受け取ることができます」
クローズドな経済圏をオープンかつグローバルに
日本にはすでに似たような仕組みが存在している。代表的なものが、大手通信キャリアなどが構築している「ポイント経済圏」と呼ばれる仕組みだ。各キャリアにとって、その目的は「ユーザーとの長期的なエンゲージメント構築」であり、経済圏の中では確かに便利で、ユーザーにメリットのある仕組みになっている。だが、経済圏を超えた利用はまだ難しい。
ブロックチェーンベースのDID、そしてDIDをベースにしたポイントなどのリワード(報酬)システムは、現状の仕組みをオープンかつ、グローバルな仕組みへと解放するものといえるだろう。
「モカバースの目標は、大きなエコシステムを構築することです。ひとつの町のようなものを考えてください。多くの住民(ユーザー)がいて、町の外にはさまざまなゲームやパートナーが存在しています。町からは橋がかかっていて、橋を渡ることで、さまざまなゲームやプロダクトにアクセスできます。ですが、ユーザーは常に町に戻ってきます。こうしたエコシステムは分散化技術やDAO(分散型自律組織)によって容易になっています。デジタルID、ウォレット、ポイント、レピュテーションなどの基盤インフラなしには実現不可能なものです」
Web3参入のハードルを解消
現在、企業のWeb3参入には、いくつかのパターンが見られる。代表的なものはもちろん、金融面での活用、つまりは暗号資産投資だ。アメリカではビットコインETF(上場投資信託)が承認されたことで、ビットコイン投資がより当たり前のものになりつつある。
もうひとつは、ルフトハンザ、ナイキ、スターバックスなどが進めるブロックチェーンベースのロイヤルティ・プログラム。ポイントやNFT、ゲームなどの要素を組み合わせた顧客エンゲージメント施策を推進している。企業にとってモカバースは、Web3ロイヤルティ・プログラムへの入り口となるものだ。
「多くの企業にとってWeb3は理解が難しく、参入は簡単なものではありません。また仮に自社でコミュニティを構築した場合、コミュニティは孤立して存在するものになってしまい、スケールさせることは難しくなります」
そうした問題を解決するために、DID発行システムを準備し、ゲームなどさまざまなWeb3サービスへのアクセスを可能にしているのがモカバースというわけだ。Web2的な環境からのWeb3への参加を難しい手続きなしに実現する。
さらにもう1つ、日本におけるWeb3マスアダプションを考えるうえで、見逃せないのがゲーム会社の動向だ。今年、複数のブロックチェーンゲームが登場すると期待されているが、ゲーム会社から見れば、モカバースとの連携は、7億人の潜在ユーザーを獲得することを意味する。しかも、すでにWeb3に触れているユーザーだ。Web3ゲームでグローバル市場を狙うとき、モカバースはまさに絶好のインフラとなるだろう。
ライトな連携からスタート
コインチェックでWeb3事業を推進し、現在はAnimoca Brands KKの副社長を務める天羽健介氏は「まずはライトな連携から始めていきたい。Moca IDで、Dapps Aにも、Dapps Bにもアクセスできるようなイメージ。国内では、各キャリアが自社経済圏を作って競争しているが、グローバル視点で捉えると必ずしも競合しない。現状、アジアを中心に1億人規模でのアライアンスの話が急速に進んでいます。日本企業はポイント経済圏が進んでいるし、ポイ活のカルチャーもあり、モカバースと非常に相性が良い」と語る。
まずは、Moca IDでの連携を実現した後、セカンドステップでポイントの交換を実現していきたいという。サードステップはまだ今後の話だが、データビジネスができるようなより深い情報の連携も視野に入れている。
「グローバル版のスターアライアンス(世界最大規模の航空会社ネットワーク)のような仕組みを作りたい。2024年はポイントやIDの連携が進行していくと考えています。国内でも取り組みを進めますが、グローバル規模で連携が進んでいくでしょう」
アニモカブランズでトップ・プライオリティに置かれているモカバース。日本法人であるAnimoca Brands KKの役割は、モカバースと日本企業を連携させることだ。
「ゲームはもちろん重点領域になりますが、マスアダプションのためにはゲーム好きがプレイするゲームだけでなく、無意識のうちに1日10分だけプレイするゲームとか、ステーキングなど、ゲーム性を持ったサービスが重要になると考えています。アニモカがゲームからスタートし、Web3のユーティリティもゲームがリードしていますが、アニモカにとってはフラットにさまざまな業態があり、そのひとつがゲームという位置づけです」
Web3マスアダプションに向けて、個別のアプリ開発は投資で支援し、アプリを連携させる「共通インフラ」を整えていくのがモカバースを展開するアニモカブランズの戦略だ。日本のユーザーの多くがWeb3サービスにアクセスする際に、知らず知らずのうちに「Moca ID」を使っている。そんな日が実現したとき、Web3はマスアダプションのフェーズを終え、当たり前の存在になっているかもしれない。
|文:増田隆幸
|写真:小此木愛里