「規模の経済」を実現する能力は、近代的な豊かさの基盤となっている。デトロイトにあったフォードの工場では、T型モデルの組み立てに必要な時間を12時間から93分へと徐々に短縮していった。
生産スピードを上げるだけでなく、オプションをほとんどつけない、他よりも早く乾く黒色塗料を見つけるなど、終わりなき改良が行われた。
我々は今、新たなディスラプション(創造的破壊)のサイクルの始まりにいるだろう。このサイクルは、パブリック・ブロックチェーンと工業プロセスのトークン化、そしてビジネスの経済性を変える他のいくつかのデジタルプロセスによって促進される。
ブロックチェーンは、トークン化による標準化と、スマートコントラクトによって可能になる柔軟性を利用し、企業がコストを抑えるために従来の規模の経済を必要とすることなく、効率化を推進する。その結果は、業界、地域、サプライチェーンに大きなディスラプションをもたらすだろう。
今繰り広げられているのは規模のゲームだけではない。規模の不経済も存在する。政府の法律は日常的に、大企業により厳しい規則や目標を課す。大企業は官僚主義を発達させる。グローバルに一貫性を保ちながら企業を運営するシステムが、ローカルな裁量を排除することもある。
CIAは1944年、敵を妨害する方法に関する極秘マニュアルを作成した(その後、機密解除)。そこには、「適切なルートを通じてのみ物事を行う」「通信文の正確な表現をめぐって交渉する」といった有益な指針が書かれていた。これは、悲しいことに、多くの大企業で成功するための時代を超えたアドバイスでもある。
「最適」な規模
とてもシンプルに言えば、大きければ良いというわけではない。経済性を生かすには十分大きいが、お役所的な手続きでがんじがらめにされるほど大きくはないという「最適」な規模には幅がある。
この範囲の下限は「最小経済規模」と呼ばれ、小さければ小さいほど、市場においてより多くの企業、より多くの競争を実現できるため重要だ。
伝統的に、この数値が大きく、必要な投資規模が大きくなればなるほど、企業が参入し競争力を維持することは難しくなる。一部の産業は、規模を拡大するために必要な投資と生産能力をますます大きくする方向に向かっている。
現在、最新鋭の半導体施設を新たに建設するには、300億ドル(約4兆4000億円、1ドル145円換算)とも言われる巨額の費用がかかるため、かつては数十社あったこの業界には今では数社しか残っていない。
最先端の半導体製造能力の不足と直接関係しているのは、高度なAIモデルの訓練に使われるチップの不足だ。AIチップの発注の多くは10億ドル以上の規模であり、AIモデル1つあたりのコストは、最先端のものでは5000万ドル以上と見積もられている。
テクノロジーの変化により、競争力を維持するために規模を拡大しなければならなくなり、業界再編が進む業界もあれば、逆の方向に進む業界もある。
3Dプリンティングは、規模を大幅に縮小することで、製造業を徐々に変革しつつある。従来、金属プレスは大量の部品を迅速かつ安価に生産することができたが、固定費が高く、1度に1つの部品しか生産できなかった。
一方、3Dプリンターは膨大な種類の部品を作ることができる。1台1台のプリンターのスピードは遅くても、プリンターを増やせばいい。私がIBMで主導した研究によれば、3Dプリンターによって、一部の産業で必要な規模を90%も縮小できることがわかった。
同じようなことがIT分野でも起こっている。ウェブ上のeコマースによって、どんなに小さな企業でも世界中で販売できるようになった。API対応サービスによって、クレジットカード決済から配送・追跡サービスまで、あらゆるものをプラグインできるようになった。
これまでのところ、APIベースのウェブサービスは、比較的標準化されたシステムやサービスを簡素化する上で素晴らしい仕事をしてきた。次の大きな変化は、トークン化とスマートコントラクトを使用して、企業間のはるかに複雑でカスタマイズ可能なインテグレーションを可能にするブロックチェーンによってもたらされる。
企業間連携をサポートするブロックチェーン
システムインテグレーション、つまり企業間の連携は、急速にビジネスを成熟させ、成長させる鍵になりつつある。自社ですべてを製造・生産している企業はない。ほぼすべてのビジネスは、企業が長いパートナーの連鎖に最もユニークで有用な価値を付加していく「調整ゲーム」だ。
それらすべてのパートナーを調整することは非常に難しい。例えば、ある重要な部品の供給が制限された場合、他の部品を追加注文しても倉庫で使われずに眠ってしまうだけで意味がない。
残念ながら、この複雑なプロセスを解決できるサプライチェーンはほとんどない。企業は日常的に、社内の調整の難しさのために納品できない製品を宣伝・販売しようとしている。
企業がデジタルで緊密に結びつけば結びつくほど、この調整プロセスはうまくいく。すべての製品をデジタルトークンとして表現し、サプライチェーン内の複数の拠点にまたがる可視化を可能にすることは、ほとんどの企業にとって変革的なことだろう。
世界の大企業はすでに、カスタマイズされたシステムと人的管理の融合によって、この種の深い調整を行っている。各大企業が独自のコラボレーションハブを設置しようとしているため、中小企業はコストがかかり、維持するのが困難だと感じている。
ブロックチェーンはこのダイナミズムを一変させる。なぜなら、多くの異なる独自システムを統合する代わりに、企業は製品の標準化されたモデルをデジタルトークンとして作成し、単一の場所、つまりイーサリアムのようなパブリックブロックチェーンにインテグレーションできるからだ。
イーサリアムの上にプライバシーテクノロジーを追加することで、企業はどのパートナーが自社の情報を見るかを管理し、競合他社や仲介業者が自社のデータを悪用することを防ぐことができる。
中小企業の復活
各業界において、最小規模が小さくなれば、市場はより多くの競合をサポートすることができる。前述したように、私がIBMで主導した研究では、3Dプリンティングが成熟するにつれて、一部の製造分野で最大90%の規模縮小が可能になることがわかった。これは、同じ分野で最大10倍の企業が競争力を持てることを意味する。
ブロックチェーンソフトウェアを使って、さまざまな業界で存続できる企業の数が10倍に増えることを想像してみてほしい。市場は一変するだろう。
最小経済規模が大きいと、商品数が少なく、極めて標準化された商品しかない市場になる。逆に最小経済規模がずっと小さくなると、多種多様な商品が出回るようになる。
そのような場合、地域のニーズに合わせたローカルな製品が、グローバルな選択肢よりも勝るようになる。このような環境では、柔軟性と顧客との距離の近さから、中小企業の方が大企業よりも優れた業績を上げる。
最も楽観的な結果は、小規模企業がローカルなサービスを提供していた時代に戻ることだ。そのような時代は、今日では遠い過去のように感じられるが、かつての小規模企業が今日の大企業に取って代わられたのは悪意があったからではない。効率性が向上し、すべての人々の生活水準が大幅に向上した。
ブロックチェーンやその他のテクノロジーが経済の最小規模を引き下げることで、我々は、ローカルに豊かな経済、非常に競争の激しい市場、そしてすべてが高い運営効率で動くという、良いとこ取りができるかもしれない。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:第一次世界大戦中のアメリカの自動車工場(Shutterstock)
|原文:Blockchains Will Upend Economies of Scale