ナディーン・チャカー(Nadine Chakar)氏はしばしば「金融界で最もパワフルな女性の1人」と呼ばれる。年間数兆件という天文学的な数の取引を決済する世界最大級の証券清算・保管機関DTCC(Depository Trust & Clearing Corporation)のデジタル資産部門グローバル責任者として、彼女はテクノロジーが金融をどのように改革していくかを最前列で目撃している。だからこそ、彼女はブロックチェーンベースのイノベーションをこれほど強く支持するようになったのかもしれない。
ナディーン・チャカー氏は、5月29日から31日までテキサス州オースティンで開催された米CoinDesk主催のカンファレンス「Consensus 2024」にも登壇した。
「トークン化によって、企業は資本効率を高め、新たなビジネスモデルを構築し、提供する商品や販売経路をより容易に拡大することができる。企業は新たな効率性を解き放ち、既存のプロセスを合理化する方法を発見しながら、新たな市場や流動性を解き放つ方法を見つけることができる。しかも、それらをより安価、かつスピーディーに実現できる可能性が高い」と、チャカー氏はCoinDeskに寄稿した記事で主張している。
30年以上にわたるグローバル資産運用の経験を持つチャカー氏は、金融の世界で自ら道を切り開いてきたと言っていいだろう。DTCC(同社は2023年にチャカー氏が率いるコンプライアンスに特化したトークン化企業Securrencyを買収)の前、チャカー氏は資産運用会社ステート・ストリート(State Street)のグローバルマーケット担当エグゼクティブ・バイスプレジデントを務めた後に、同社のステート・ストリート・デジタル部門を築き上げた。
2つの世界での経験を組み合わせて
「このような伝統的な世界とスタートアップの世界での経験の組み合わせは、リーダーとして、イノベーションの機敏さと責任の適切なバランスを取る方法をよりよく理解するのに役立った」とチャカー氏はインタビューで語った。
CoinDeskはチャカー氏にインタビューを行い、彼女のキャリアの変遷、デジタルな変容の捉え方、暗号資産に対する責任ある規制とはどのようなものかを聞いた。
──ステート・ストリート・デジタルやBNYメロン(BNY Mellon)などでのキャリアは、DTCCでデジタル資産ビジネスを指揮するのにどの程度役立ちましたか?
私は規制の厳しい金融機関で働いた経験があり、その経験は、最高水準の規制を満たす責任ある透明性の高い方法でイノベーションを起こせるチームを率いるための知見を与えてくれました。
一方で、SecurrencyのCEOを務めた経験から、迅速にイノベーションを起こすフィンテックの力も目の当たりにしてきました。このような伝統的な世界とスタートアップの世界での経験の組み合わせは、リーダーとして、イノベーションの機敏さと責任の適切なバランスを取る方法をよりよく理解するのに役立ちました。
SecurrencyがDTCCデジタル・アセットになった今、私たちは両方の世界の良いとこ取りができていると思います。私たちは、世界最大の資本市場のインフラとしてのDTCCの信頼と経験と、Securrencyのクラス最高のテクノロジー能力を組み合わせています。
今後に向けた提言
──デジタル資産が伝統的な金融市場に影響を与えていると見ていますか?
デジタル資産はおおむね、伝統的な市場とは異なる世界で動いていると思います。しかし、両者が融合し始める転換期にあるとも思います。大きな課題は、イノベーションがサイロの中で起こり続けていることで、金融機関がフィンテック(企業)と組んで試験運用を開始し、プレスリリースでその成果を発表して、その後は下火になっていくというような感じです。
私たちはアプローチの変更を求めています。多くが参加する大規模なパイロットに焦点を当て、実験を段階的に積み重ねることで、デジタル市場に力を与えることができる、より大規模で相互運用可能なデジタル資産のエコシステムを開発し始めるべきです。
──デジタル資産の市場構造には改革が必要だとよく言われます。どのような改革が必要だとお考えですか?
現在の伝統的な資産向けのものに相当する、デジタル資産向けのエコシステムが必要です。何よりもまず、伝統的なシステムとデジタルエコシステムをつなぐインフラが必要であり、既存のサービスと同レベルの安定性と安全性を提供する必要があります。第二に、資産やプロセスが複数のブロックチェーンにまたがって移動できるよう、確実に促進しなければなりません。
第三に、管理と基準を確立するための明確な法と規制のフレームワークが必要です。これは不可欠であり、データの使用と収集、個人データの保護方法、チェーン上で許可されるデータの厳密な定義など、データに関する基準を含むべきです。
もちろん、DTCCは50年以上にわたってこうした専門知識を市場に提供してきました。私たちは伝統的な証券エコシステムを確立しており、それが将来のデジタルインフラを構築するための基盤となるでしょう。私たちはまた、デジタル資産をサポートするために、規制のフレームワークを時間をかけて進化させる手助けをすることもできます。
私たちだけではできません。そのため私たちは、金融市場インフラを手がけるユーロクリア(Euroclear)およびクリアストリーム(Clearstrem)と提携し、このエコシステムを慎重かつ協力的な方法で発展させるための道筋を示した新しいレポートを発行しました。Consensusでこのレポートを発表できることを楽しみにしています。
──Consensusで最も楽しみにしていることは何ですか?
仲間たちとのネットワーキングとつながりです。繰り返しになりますが、デジタルアセットのエコシステム構築への道は、コラボレーションから始まります。各社が独自の優れたアイデアや魅力的なユースケースで競争する余地は常にありますが、協力なくしてトークン化の有意義な進展はありません。強固で相互運用可能なデジタルアセットエコシステムを実現するために、業界が協力し合うことを楽しみにしています。
※インタビューは「Consensus 2024」の前に行われた。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:DTCCのデジタル資産部門グローバル責任者ナディーン・チャカー氏(DTCC)
|原文:‘Innovation Continues to Occur in Siloes’: DTCC Digital Head Nadine Chakar on Responsible Blockchain Building