「ブロックチェーンのトリレンマ」を表現する数式を発見:京都大学の研究グループ

「ブロックチェーンのトリレンマ」とは、2017年にイーサリアムの創設者ヴィタリック・ブテリン氏が提唱したもので、性能(scalability)、安全性(security)、分権性(decentralization)の3つにはトレードオフがあり、同時には2つまでしか成立しないことを表すものだ。ただし、あくまでも経験則であり、これまで数理的に表現されたことはなかった。

(ブロックチェーンのトリレンマ)

京都大学の研究グループは「ブロックチェーンのトリレンマ」を表現する数式を発見したと4日、発表した。具体的には、ビットコインなど、プルーフ・オブ・ワーク(Proof of Work:PoW)型のブロックチェーンにおいて、安全性を下げるフォークという現象が起きる確率の逆数を「安全性の指標」とした場合に、その項と、性能を表す項、分権性を含む項、それら3項の積が一定である、つまり3項がトレードオフであるという数式を得たという。

なお、研究成果は、2024年6月5日に、国際学術誌「IEEE Access」にオンライン掲載された。

研究手法・成果

研究グループは、ブロックチェーンの安全性について研究を進める中で、安全性を表す「フォーク発生確率F」を厳密に算出する数式を見出した。さらに、Fを表す数式をよく観察すると、その中に、安全性だけでなく性能も現れていることに気付き、この数式を適切に変形することで、トリレンマを表す数式を得られるかもしれないと着想した。

変形によって得られたのが、トリレンマを表現する以下の数式だ。

(トリレンマを表現する数式)

性能はトランザクション毎秒で表される。安全性を下げるフォークという現象の発生確率Fの逆数が、この式における安全性の表現であり、第3項が分権性を表す。第3項は、ブロックチェーンを構成するマイナー(コンピュータ)群のハッシュレートと、マイナー間の通信性能を含む。

数式の波及効果

トリレンマを表現した式を観察することで、安全性と分権性を犠牲にせずに性能を向上させるための方針が見えてくると研究グループは述べている。

ブロックそれ自体やトランザクション(BhやBtx)を小さくする方針と、ブロックの送受信(P)を速くする方針だ。また、既存の手法がどういった原理で性能向上を果たしているのかを分析できるという。

また、新手法への示唆も得られるとしている。例えば、第3項の値を効果的に小さくするためには、ハッシュレートの大きいマイナーを対象として重点的に通信性能を向上させればよいという。これは、現実世界では、マイニングプール間の通信を速くすることに相当する。

今回の成果はPoW型ブロックチェーンが対象。研究グループは、今後、イーサリアムが移行したプルーフ・オブ・ステーク(PoS)など、PoW型以外のブロックチェーンについてもトリレンマの数理的表現を探していくとしている。

研究プロジェクトについて

本研究は次の支援を得て、実施された。
・JSPS科研費 JP21H04872、JP24H00691
・JSPS特別研究員奨励費 JP24KJ1517
・JST次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2110

研究者のコメント

2008年にBitcoinが提案されて以来、ブロックチェーンの周辺領域ではイノベーティブな試みが絶えません。理由の1つは、ブロックチェーンが備えるトラストレスという性質でしょう。この性質が、それまで国や大組織にしかできなかったこと、つまりはお金(のようなもの)の発行や金融サービスを個人にまで開放しました。ブロックチェーンと表裏一体である暗号通貨が人々の欲望を刺激するという点も見逃せません。資本主義が人の欲望を燃料に社会を前に(?)進めるのと似たものを感じます。

ものすごいスピードで様々なトライが行われる一方、成果を人類の知識として積み重ねていく営み、つまり研究の方が追いついていない感があります。我々も、新しいトライに直結する工学的な研究とともに、今回の成果のような、裏側にある構造を解明する理学的な研究も一層進めていきます。

論文タイトルと著者

タイトル:A Formulation of the Trilemma in Proof of Work Blockchain(Proof of Work型ブロックチェーンにおけるトリレンマの定式化)
著者:中井大志, 櫻井晶, 廣中詩織, 首藤一幸
掲載誌:IEEE Access DOI:10.1109/ACCESS.2024.3410025

|文:増田隆幸
|画像:リリースより